2015年2月15日日曜日
2014年3月3日月曜日
家族が増えました
待望の息子が、3月1日19時30分に誕生しました!
体重は2884グラム、身長49cmの元気いっぱいハピネスチャージな男の子です!
実際に我が子を見てみると、なんと可愛いんだと思います。
今なら家族のためになんでも出来ると思う。
生後1日以内はほとんど寝ているとは言うけれど、他の子と比してもほとんど起きず、起きてもすぐに寝てしまうという、非常によく寝る子のような希ガス。
といっても、これを書いている現在、生後2日目なんだけど、眠らなくなったという妻からの報告があり、なんとも評価しづらい状況であります。
でも、元気そうな子供で何より。健康が一番。
この子は、これからどんな人生を歩むんだろう?
そう思いを馳せるけれども、その答えの半分以上は、親の責任でもあるので、しっかり導いてあげたい。
名前は「司」。親の願いに合致して、なおかつ画数も非常に良い名前。
司には、小さい頃からいろんなことにチャレンジをさせてあげたい。いろんな経験を積んで、いろんな失敗をさせてあげたい。失敗することは成功への前進だと、前向きに考えるような子になってほしい。
大きくなってから、自分で自分の才能や可能性を狭めさせないように。
2014年2月2日日曜日
宇宙も壮大だけど、地球史も壮大。
冬です。寒いです。
最近毎年、夏になると温暖化がー、冬になるといやどこが温暖化だよー、なんてのが季節の枕詞のように聞こえてきますね。長い目で見ればコントのようです。
しかしながら、過程が正しいかどうかは、結果からしかわかりませんので、自分の周囲や自分で手に入るニュースだけ基にして推論しても何をどうしても答えにはたどり着かないんですが、まあそこは考えることに意味があるというスタンスで。頭働かせないといけないですしおすし。
さて、気象庁には、過去100年間の気温偏差を表すグラフが掲載されています。
確かにこのグラフを見ると、「ああ確かに1世紀前と比べると気温上がってるね」→「温暖化じゃねーか!」という論調になる気持ちもわかるんですが、あまりに近視眼的です。急激な気温変化にこそ警鐘を鳴らしてるのかも知れないですが、はてさてどうなのやら。
地球規模の現象に対しては、少なくとも1万年ぐらいのデータがほしいところです。1万年前って言うと、氷河期が終わった頃と言われている時期なので、そこからの温度推移を元に、今はどうなってるのか判断しないと意味がないと思うんですよね。
インドネシアにあるクラカタウ火山の噴火が世界史に及ぼした影響について書いた本をこないだ読んで、世界史熱が再発しますた。
クラカタウ山の噴火は世界中に灰の雨を降らせ、地球を寒冷化させ、夏に雪を降らすという異常気象まで起こしています。
もちろんそれは一時的な気象異常ですが、副次的な要素として、ペストの蔓延・フン族の大移動による東ローマ帝国衰退・世界中での飢饉多発により人類の3分の1が死んでしまうという世界史的な大事件が発生してます。
そういう、火山の噴火による世界的な気象異常、及びそれに伴う副次的な影響を被ったのは当然上記の1回だけでなく、クラカタウ山だけでもここ1500年の間に2回も噴火してますし、その他の火山なんて計上すれば、それはもうとても多い。世界的に影響を及ぼすほどの噴火は短期的に見れば多くは無いが、長期的に見れば少なくともない。
2chでは最強といわれているイエローストーンですら、インドネシアのトバ湖よりも規模が小さいとかなんとか。ほんとかよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%90%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%95%E7%90%86%E8%AB%96
トバ・カタストロフ理論と言うらしいけれど、ヒトのDNAの多様性が、この噴火を境にかなり失われていることがわかったらしい。DNAの多様性が失われるというのは、それはつまり人類の大半が死滅してしまったことを意味してます。
で、この噴火による地球寒冷化は、約6000年続いたとされてます。
約6000年って、人類最古の文明発祥よりもまだ古いです。
宇宙のことをについて思いを巡らせれば、人間の生のなんたるちっぽけなことか!という思いに駆られますけど、地球を取り巻く環境史についても、調べれば調べるほど「ちょっと夏が暑いぐらいどうってことねえよ」という気になってきます。
としてもまあ、ヒートアイランド現象とかは完全に人間の自業自得だと思うので、地球温暖化説とかのせいにしないで、人間のケツぐらい人間で拭いてほしいもんですけどね。
2014年1月26日日曜日
お久しぶりですこんばんわ。そしてあけましておめでとうございます。
明けましておめでとうございます。ってもう1月も終わりやないかーい!ルネッサーーーーンス!!!(チーン)
社畜してると恐ろしく時間がないし、取れた時間をブログに回すということも難しく、畢竟、こういう放置な事態になるわけです。
それはさておき、今年は水上家に家族が一人増えます!男の子です。
3月1日に誕生日予定です。そのために一眼レフも買いました。PENTAX K-50です。
待望の息子ということで、今から息子が大きくなった時のことを想像したりしてます・・・・。
息子「ねーお父さんーたまには早く帰ってきてよー」
僕「いいか息子よ、早く帰ってくることと、高いお給料をもらうことはね、日本では両立しないんだ」
まあそもそも結構出張が多いので、上記の限りではありませんが・・・いずれにせよ、楽しみであります。
2013年3月31日日曜日
魚を売るより魚の釣り方を教えよう
椅子に座ってケータイ弄ってたら、息を吸った時に右胸(右肋骨の下部あたり)が痛むことを自覚して、それから呼吸が浅くなり、手足の先が痺れ始め、頭がボーッとしてきて、目眩が起きた。
家に着く頃には治っていたが、初めての症状だったので気になって急遽会社を休んで病院へ。
原因は不明だが、右胸が痛むのは肋骨筋が筋肉痛を起こしているからではないかとのこと。筋肉痛を起こす理由がわからねえよ。
手足の先の痺れと目眩は過換気によるものだから別に普通のことだと。成程。
心因性…特にストレスが原因でこういう症状が出ることもあるとネットで書いてたが、それなら十二分に心当たりがある。仕事が大変だからね。4月はあまり休む暇がなさそうってぐらいに。
だからせめてこの3月最後の休日は念の為に療養しておこうという判断に至った。楓、初号機、僕から誘っておいてごめんね。
んで、起きてネット見たらこんな記事が。
大学で学生に本当に教えたいこと。なぜ、竹内研の卒業生が半導体や家電メーカーに就職しないのか。
最近、世の中の風潮が大体この論調になってきているよね。
「学生時代に学ぶべきは、学び方だ」とか、そういうの。
今までの学び方は、魚のうまい売り方であって、ただそれじゃもうみんな買わなくなってるから、魚の釣り方を教えるようにしよう。
と言うような情勢変換に僕には見える。
「これからこの業界は伸びるから、この業界で通用する知識・技術を勉強しよう」と言うような時代から、「伸びる業界を常に追いかけ続けれるような人物になれるような学習法を習得しよう」と言うような時代へ。
変化に強い人物を醸成できるような環境づくりへ、ってことですな。
その方針転換は良いと思うます。これだけ変化の激しい時代だと、確固たるものを持とうにも持てないと思うので。
僕も、今の会社の仕事だけやってちゃダメだと思うので、色々勉強中。
でも勉強の過程ってのは評価されるべきじゃなくて、それが『何を生み出したか』が大事だと思うので、僕もとりあえず形になるものをたくさん作ってみようかと思っている所存。
WEB開発・関数型言語の勉強・電気の勉強・投資の勉強・・・その他娯楽的な諸々。
いくら時間があっても足りないけど、とにかく形にすると言うことを目標に、時間を捻出して頑張りまっしょい。
2013年3月23日土曜日
腕貫探偵
主人公?であるはずの腕貫男、最後まで何もわからず仕舞いであるだけでなく、この1冊を通して一挙手一投足も行なっていない。
それなのに、この存在感…。
キャラクターが全体的に立っているし、世界観が牧歌的なので、個人的にはアニメになったら面白そうだなあと思った。1話完結の物語。
2013年3月20日水曜日
自分のHPを手組で組んでFTPでUPLOADしていたのも今は昔のようだね
個人的に、WEB開発も勉強しとこうと思い、Ruby on Rails+Sinatra+Herokuの環境構築までは行けたが、そこからが非常に敷居が高い。
僕がかつてWEB開発手法を学んだときは、Ajaxが初めて出てきた時で、まだインタラクティブなWEBなんてFLASH以外まともに使い道が無かった時代だ。Ruby on Railsも、あったかな?って感じ。Rubyはあったと思うけど。Pythonなんて普及してなかった。
HTMLはともかくとし、CSSもまだ手組の時代。
それから約6年。
時代は随分変わった。
何を調べようにも初めて聞く単語ばかりで、それが記法を意味しているのか、フレームワークを意味しているのか、それとも方法そのもののことを指すのかがまったくわからない状態。
エラー内容でググっても、「○○の場合だと〜」とか書いてて、その○○がわからない。
で、それを調べるとまたわからない単語のオンパレード。何度も何度も眺めて初めて、「ああ、僕の環境のことじゃないな」と解るレベル。
うーん。いつの間にWEBってこんなに難しくなってたんだ。
やっぱり最新技術のCATCH UPは怠ってちゃいけないな。
そして、これは情報に溺れてしまうパターンだから、ひとまず自分で慣れるのが良さそう。
2013年3月16日土曜日
ツルギの理、ここに有り
この投稿はKindle&BlueToothキーボードを用いて、炬燵に入ったまま記述している。
日常の生活の中で考えると、今やデスクトップPCと言うのは、ゲーム・プログラミング・ドローイング・写真編集等、処理能力を求められるようなことしか用途がない。と言っても過言ではない。
(それすらも、クラウド等の素晴らしい技術のおかげでタブレットやスマホでもできるようになったが)
今まで、PCを使わないと出来なかった日常のことと言えば、専らインターネットだった。
PCでないとネットワークに接続できず、PCがないとチャットもメールもできない。
そんな時代はもう終わりだ。こうしてブログを書くことも、集中力が切れた時にネットをするのも、簡単なゲームをするのも、Kindle&スマホがあればほとんどのことは事足りるようになった。
例えば、僕が昔ハマって夜を徹したこともある「Nanaca Crash!」も、Dolphin Browserがあれば、問題なくプレイできる。(結果、僕はまた夜を徹することになる)
AndroidアプリやiPhoneアプリは、旧来の高価なソフトウェアでしか出来なかったことのほとんどを代用してくれる(もちろん完全ではないが、せいぜい1000円も出せば十分に効果が得られる。)
ノートブックはEvernoteでクラウド上に保存するし、ニュースフィードのまとめ読みは「Feedly」と「Pocket」の連携が最強だし、Amazonで購入した電子コンテンツは、Kindleはもちろんのこと、スマホでも閲覧することができる。つまりAmazonでHisasiさんのエロ本を購入すると・・・おっと、この話はまた後日。
・・・そう考えていくと、なんだか8月に購入したPCが無駄に思えてくるけど、僕にはスタクラをしなければならない義務がある。3月12日に発売した、StarCraft2-Heart of The Swarm-がある。楽しむべきゲームがある!
さて、近況でも。
いつも出張前にはブログの簡易更新でもするんだが、今回は割と急に決まった出張だったので更新しなかった。またもや福島に長い出張に行ってまいりました。23泊24日の出張。1月28日から2月20日まで。長かった。
福島の人が僕に気を使ってくれたおかげで、週末はよくスキーに行けて楽しかった。
3連休を挟んだため、山形県は蔵王温泉まで足を延ばして、樹氷をみながらのスキーを楽しんだ。
とはいえ、福島県と山形県なんて至近距離だから、ほんの3時間ほどで着くのだけれど。
蔵王温泉スキー場はあまりに広すぎて、とてもじゃないが1日で回ることなんてできないし、それくらい広いもんだから人口密度が低すぎて、どんだけ危険な滑走をしてもぶつかる心配なんて皆無だった。
山頂に近いゲレンデはさすがに凍えるような寒さで、気温は確実に氷点下15度はあったと思う。(道中が氷点下8度とかだったから)
樹氷というのを実際にみたが、なんとも不思議なもんだった。
樹氷はその名の通り、樹木が凍り付いている様子をさすのだが、枝葉についている雪が完全に凍っていないにも関わらず、風によって枝がしなる時、雪が落ちずにそのまま枝と一緒にしなる。枝を叩けば雪は落ちた。だが、枝しなる程度の風では落ちない。
wikipediaによると
樹氷(じゅひょう)(soft rime)は、冬山などで、過冷却水滴からなる濃霧が樹木な どの地物に衝突し、その衝撃で凍結・付着した氷層。一般的には、氷層を付着させ た樹木そのものを指して樹氷と呼ぶこともある。
気温-5℃以下の環境で生じる。粒状構造の脆い氷。風上側へ向かって羽毛状に成長 する。風が強いほど風上に成長するが、この様を俗に「海老の尻尾(えびのしっ ぽ)」などと呼ぶ。弱風時には地物の全ての方向に付着する。気泡を多く含むため に不透明で、白色を呈する。樹氷が付着している物体を揺らすと、樹氷は簡単に落 ちてしまう 。
とある。なるほど、わからん。
とにかく、百聞は一見に如かず、僕の見た通りのものだってことだ。
なお、会社の人達に連れて行ってもらったわけだが、僕以外は皆スノボだった。
スノボはスキーに比べて、リフトから降りた後の動作に時間がかかるという難点を持っているため、その間僕のストレッチが捗った。それが原因かどうかはわからないが、一度も足を攣らずに済んだ。
蔵王温泉スキー場は、以外と平面移動の多いスキー場で、いくつものゲレンデが犇めきあってできているため、ゲレンデ間の移動はどうしても平面滑走になる。スキーはクロスカントリーに見られるように、平面滑走でもお手の物、非常に楽に移動できるが、スノボはそうはいかない。諸々あり、やはりスキーはフットワークが軽いし良いなと思った。スノボもスタイリッシュなんだけれどもね。
その次の週、福島県は会津のスキー場まで連れて行ってもらった。
ここで僕は、小さな山でのジャンプにハマった。「ああ、意外と飛べるな」と。
小さなジャンプ台でも練習を何度かして気付いたことは、ジャンプそれ自体を成功させるのは、運動神経でも慣れでもなく、単にジャンプする直前に怯まないかどうかという、単純な度胸にあるということ。ある程度スピードがでてる状態でジャンプすると、高く遠く飛ぶことは誰にだってわかる。スピードを殺すのは技術だが、ジャンプするのは度胸だ。要するに、怯んでしまうと体勢が崩れ、その状態で中空に飛ぶと、当たり前だがちゃんと着地出来ない。ジャンプ時にいかに体勢を安定させるか。つまり如何にジャンプに恐怖心を抱かないかが鍵になる。・・・まあ、御託を並べれる程でもないから、今は練習あるのみなのだけれど。
仕事の話をしよう。
僕の周辺の業務事情は、客観的に見ると破綻寸前だと感じる。
1.ますます増える海外拠点・それに伴うシステム構築対応
2.一括採用による、増えない社員数
誰がどう見ても、一人当たりの仕事量は増加の一途を辿っており、海外出張も増えていく中で、現状のまま未来まで仕事を無事に捌き続けることなど出来ないのは明白である。
社員は増えないが、外注業者は増える。しかし、責任は命令される側にはなく、常に命令する側にある。一時的な鉄火場は越えれるかもしれないが、それはあくまで短期的なことであり、長期的に見ると何をか況や、である。
システムの内製化、と言うのはもう20年前ぐらいから取り上げられている問題だ。経営とビジネスのせめぎあい。
例えば僕の所属している会社は製造業を営んでいるため、いわゆるITは『間接部門』として認識されている。
しかしながら、今のご時世、「会社の存続・反映にはITは不可欠」と言う認識を持たない経営者はいない。
しかし、だからと言ってITに投資するわけではない。むしろ、コストカットの対象の真っ先になりがちなのがIT部門だ。
それは当然、誰の目から見ても、収支や利益が非常にわかりにくいからだと言われる。
10年前は、海外にシステム開発を依頼するオフショアなんてのが流行って、「仕事が中国とかインドに持って行かれる!」なんて騒がれた日々も今は昔だけれど、実際にはそうなっていない。理由は簡単。システムやソフトウェアには、メンテナンスがずっと必要だからだ。ましてや開発元は業務を知らない外国人。いくら日本人社員が仕様をきっちり把握していたとしても、それとソフトウェアの運用はまた別問題だ。
おそらく、何も知らない普通の人から見ると、「ソフトウェア開発」と言うのは、例えばPhotoshopみたいなソフトを創り上げて、一度作ってPCにインストールすればそれでしばらくは動き続けるもの、と想像するだろう。
が、ああいうソフトウェアはパッケージソフトと呼ばれていて、それ自体で収益を生み出し、会社が成り立つような代物であって、あんなのと比べるとIT部門が創り上げるものは小学生が夏休み中に創り上げた工作の宿題に等しい。
だから、と言うわけじゃないが、完全なオフショア開発は無理だ。外注業者への発注でシステムを運用するのは、現実的ではない。
IT部門の人間が業務に精通していることがベストなのは言うまでもない。僕もようやく、製造業務と言うのがどういうものかわかるようになってきたため、システム化の提案もできるようになったし、無理な要求は断ることができるようになった。
だからこそわかるが、これを外部のコンサルティングやオフショアにするのは、食い散らかされることを覚悟しなくてはならないと思う。
昔聞いた話だが、とあるエンジニアは、病院のシステム開発を請け負うにあたり、実際に病院に勤め、医者の仕事を数年間観察したと言う。聞いただけではわからないノウハウが現場にはあるため、そういう判断をしたわけだが、これがコンサルティングだと違う話になる。おそらくは、「○○を使って、こういうふうに仕事をすると楽になりますよー」と言う甘い言葉だけが聞こえてきて、その実は技術の押し売りと言うことになる。
話が逸れた。
誰かの頑張りであるとか、教育とか、そういった個人レベルに対しての問題ではなく、これはもっと構造的な問題だ。今ではどこの会社でも似たりよったりだと思うけど、うちも例に漏れず、だ。大きな組織になり、グローバル化する中で、旧来の仕事のやり方の延長で物事を考えているような節がある。あるいは、それから脱却しようと言う動きもあるけれど、法律の問題とかでドラスティックなことは出来ないようだ。
2013年1月2日水曜日
あ、はっぴいにゅうにゃあ
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
年末は、というか12月は忙しい日々で、それこそ年末という事を感じられないぐらい早く終わった。
出張から帰ってきたのが14日、それから年末に向けて仕事のラストスパートで毎日遅くまで仕事をしてた。
週末は嫁とドイツクリスマスマーケットに行ったり、実家で誕生日パーティやったり。
そんなこんなしてたら、疲れがめちゃ溜まってたみたいで、平日に寝坊して会社に午後から行くことになったり。
忘年会も結構立て続けにあって、水曜日と金曜日はほとんど飲み会だった希ガス。
29日は大掃除。去年は、引っ越してきたばかりであまり物もなかったのでしなかったけれど、今年は隅々までしっかりと掃除をした。
30日。元々高校時代理系組忘年会だったが、急遽1泊2日で福井県に行き、福井にいる友人を訪ねてパーティをすることになり、午後2時半ぐらいに大阪を出発。
午後19時頃に福井に到着して、ソースカツ丼をサッと食べて、スーパーで食料を買い込んで安ホテルにチェックイン。そこから0時過ぎまで飲み騒ぎ。就寝は1時ぐらい。
朝5時半に起床し、スキー場へ。予定していた余呉のスキー場は前日の雨のため(?)、営業していなかった。
仕方ないので、奥伊吹スキー場まで足を運び、そこで13時までスキー。僕にとってはたぶん4年ぶりぐらいのスキー。感覚は忘れてなかったのでよかった。楽しかった。
31日の18時半ぐらいに家に帰ってきて、1時間後に嫁の実家に行って晩飯をごちそうになり、ソファに座っていると23時ぐらいからの記憶がない。寝落ちしてた。
そんなこんなで2013年です。
毎年のように思うけれど、1年を通じての抱負って、僕実は苦手なんですよね、ここだけの話。
考えてれば泥沼にハマって結論を出せなくなる病というか。同じ毎日が続くわけじゃないので、どちらかというと「今年も○○という方針で行くか」って感じの大雑把なことが多くて。特に僕の性格の場合、細かいことを決めても確実に1ヶ月ぐらいで忘れたり出来なくなったりするので、せめて「ちゃんと基礎的な勉強をしていこう」ぐらいの抱負しか抱けなかったりするんですよね。
具体的な目標は、WEBサービスをひとつ立ち上げてみる!なんですけど。
2012年12月23日日曜日
出張から帰還しますた。そしてKindle Fire HD買いますた。
2012年11月26日月曜日
福島中期出張
今日からまた福島に出張行ってきます。家空けてばっかりです。申し訳ない。自分がこんなに出張族になるとは、学生の時は予想だにしてなかった。
前回は2週間予定で1週間延長して、結果的に3週間の出張だったけれど、今回は最初から3週間予定の出張。なげーよ。
出張のための仕事は実はあまり進んでなくて、新幹線の中でもやらなくちゃいけない始末。
というのも、外注業者が納品してきたプログラムの改修がいくつかあって(バグじゃなくて、テレビ会議の結果発生した仕様変更)、それをやってくださいって言ったら、「○○日まではかなり難しいです…どうしても優先すると、△△向けの仕事が遅れてしまいます…」とか、脅しめいたことを言ってきたので、「そうですか、じゃあ僕が直します。ソースコードをください。」と言って仕事を奪った。駆け引き出来る立場にあるとでも思っているのか…僕はプログラム開発の出来る発注者だぞ。でも、「いや、それは水上さんに悪いですし、何よりお請けしてる内容に反する…」と引き下がらなかったので「でも、両方の仕事をうまく回す方法がないんでしょ?僕が出張したときにプログラムがないと、最終的に困るのは出張してユーザーと接する僕なんですし。他にリスクを回避する方法があるなら言ってもらえればいいですよ…」と言うと、上司が、「よし、じゃあ水上、お前がやれ」と言ってくれた。僕らにとっちゃ、外注との契約範囲云々より、如何にしてプロジェクトを進めるかを考えるべきだから、柔軟に対応すべきなんだよな。
まあそんなこんなで、仕方ないとはいえ、自分で自分の仕事を増やした形になったけど、それで結果的に僕が楽になるんだったら良い。
それでソースを見ることになったけど、うーん、酷いね。やっぱり、業務をわかってないと、プログラムもよくわからないものになる。当然だけど。プログラムは、開発者の思考がダイレクトに反映されるものだから、業務に及んでない思考がどんなプログラムになるかは、言わずもがな。
仕様書はあくまで仕様書。仕様変更を加味して作らないと、ライフサイクルの極端に短いプログラムになる。で、「あ、ここは仕様変更起きそうだな」なんてことは、業務を知らないと予測が出来ない。
話はいきなり変わるけど、製造業の一端で働いてる身としては、昨今の日系企業の目を覆うばかりのニュースには他人事とは思えないので、自分なりに何か策を打たないとなと思っている次第でありまして。
まあ日頃から技術を磨いて、どこでも通用する人間になれる努力を怠らないってのは大前提だけど、製造業がこの先生きのこるには、製品のコモディティ化だけじゃなく、プロシューマーを生み出す仕掛けが必要だと思うんだよ。
か
例えば、タイヤって、工場で大量生産されてから全世界に出荷されて小売店で販売されるわけだけど、生活コストが高くなった先進国じゃそのメリットは大量生産による単価の押し下げぐらいで、その比率よりも、間に入る物流・小売・広報などなどが多いと、それにかかるトータルの人件費の上昇比率のほうが高くなって結局賃金上がらず物価が高くなる、なんてデフレなことになるわけで。
だからどうすればいいかっていうと、タイヤを個人で作れるようにすればいい。材料と簡単な設備をキットで売れるようにして、メーカーはノウハウを提供する、と。
どうせ必需品なら、誰がどこで作ろうとも、製品に問題がなければモノの流れに変わりはないよ。
タイヤなんて単純化して見れば、材料を切って貼って焼くだけのもんだから、なんとかなる。有害物質が出るけどな!
さて、新幹線に乗って仕事するか。雨だから富士山見えないかなあ。
2012年11月18日日曜日
幸せは途切れながらも 続くのです
でも、11月12日は、結婚記念日だったので休暇を取って嫁とディナーを食べにいきまんた。
もうあれから一年。早いね、ほんと。結婚式の日のことは今でも先週のことのように鮮明に覚えてる。ハネムーンのことも、1週間ハワイにいたのももう半年前になるけどすごく細かく覚えていて、ディナーを食べながら嫁と思い出話に花を咲かせた。お金がめちゃいるから、もう一生海外旅行を経験できない、なんて考えない。僕はハワイ滞在が楽しかったし、また行きたいから、行ける方法を考える。
僕らの結婚式からちょうど1年後の11月10日、高校時代の友人であるK君が結婚して、僕もその披露宴から二次会まで参加させて頂いた。彼も彼で苦労しているけど、必ず幸せになるぜって言うパワーを感じたから、大丈夫だと思う。末永くお幸せに!
忙しい日々の中、もう少しゆっくりと日々を生きたいと思うけれど、仕事がなかなかそうさせてくれない。
働いて、稼ぐということは大変なこと。家族がいるとつい仕事が義務感になってしまいがちだけど、否、もちろん家族をちゃんと養うことは大黒柱としての義務だけれど、それが今の仕事を無理やり嫌々こなすことと同義だとは思わない。方法はいくつもある。そして不幸は伝染する。不満や文句は不幸を生む。僕が、家族を養うための手段である仕事に不満を抱き、不満のある仕事を続けなきゃいけないことを不幸だと思い始めると、周りも不幸を感じるようになる。だからその悪循環にハマることは絶対にダメだ。方法も選択肢もいくつもある。「これしかない」なんて思っちゃいけない。あくまで目的は幸せで居続けること。そのためには、自分の好きなこと、得意なことを追い求めていくこと。やらされ感は誰の得にもならない。できることは、していこう。
タイトルの言葉は、スピッツの「スピカ」って歌の歌詞なんだけど、響くね。
2012年10月25日木曜日
仕事の人への依存の典型
これは書かずにいられない。今日の仕事は丸投げが酷かった。
僕の社畜自慢とか、そういうのではなくて、単に業務の人への依存、つまり属人性とか、あるいは管理者と平社員での意見での相違、組織内でのジレンマであるとか、そういったことが濃縮された日だった。とにかく色々板挟みで疲れたね。
登場人物は、僕、先輩、後輩、上司、上長、課長、部長、宮崎主任、宮崎部長、外注業者さん。
僕は10月頭から先週まで福島県に仕事で出張していて、久々に本社へ出社したのは一昨日の月曜日の話だ。
昨日の火曜日、上司と打ち合わせして、現在のタスクやスケジュールを確認していた。
その結果、僕は福島県の仕事に全力投球しなきゃならないという結論に至ったわけだ。
後輩はまた別の仕事、先輩も別の仕事。
ここまではいい。
その打ち合わせが終わってから、宮崎に出張させている業者から連絡があり、こう言った。「システムの本番稼働は、明日になりました!」
あっそう、僕はついぞ先週まで福島にいたから、その仕事の進捗は知らないなあ。ま、システムリリース作業は業者さんだけじゃ責任問題になるから、最低でもうちの会社の人間がやらなくちゃならない。僕は全然噛んでないし、宮崎の仕事は上司と先輩がやってたはずだから、なんとかするだろ。
そう思ってたら、上長(上司じゃなくて!)が一言、「水上くん、状況が状況だから、ちょっと明日は全力で宮崎の仕事をやってくれたまえ。先輩君だけじゃ不安だからさ、問題起こしても大変だし」と言った。
あ?じゃあ何か?宮崎の仕事をやってきた先輩や上司がやるより、福島県帰りの、宮崎の仕事をやってない僕がやるほうが問題にならない可能性のほうが低いってか?そりゃあ光栄なことですね。で、問題は、宮崎のことをしてたら僕の福島の仕事は少なくとも2日は止まります。確実です。避けられません。それはどうすんですかね。そりゃ、僕は場数だけは踏んでるんで、土壇場でもなんとかできると思いますけど、計画って大事ですよね。
「とにかく、明日のチャンスを棒に振るわけにはいかないから、頼むよ、先輩君の管理者的ポジションでいいからさ」。はあ…あとのこと知らねーぞ…。
それが昨日の22時の話。
そして今日。
朝から部長が騒々しい。
部長「ちょっと水上、宮崎の部長から電話かかってきたんだが、システムにまだ問題があるから切り替えは出来ないって言われてるぞ、どうなってんだ」
僕「はい、昨日の夜時点で、合計7つの問題があることがわかっています。そのうちで、今日の11時までに直す必要があるのは5つです。2つはただちに影響しないため、後日でOKです。これは支店にも了解を得てます。で、これは危ない橋なんですが、宮崎と上長が決行すると言ってるので、僕と先輩で協力して15時までに切り替えを終わらせます。」
部長「11時までに完了するという目処、根拠は?」
僕「申し訳ないんですが、福島から帰ってきたばかりで、僕は詳細を把握していないというのが実情です」
部長「誰が把握してる?」
僕「上司と、先輩がやっていましたね。」
部長「先輩、11時までに出来るのか?」
先輩「はい、なんとか…」
課長「水上、押し付けるようですまんが、関係者と足並み揃えながらフォローしてやってくれ。」
僕「…なんとか努力してみます。けど、海外とか福島とかの仕事はストップしますよ、確実に。」
課長「そうだな、とりあえず後の話は後で考えよう」
僕「…わかりました…」
そんなこんなで、いきなり宮崎のシステムの切り替えをやらされることになった。
で、見てみると、テストしてないよね?ねえ、テストしてないよね?って内容。大部分の機能はいけそうだけど、明らかにエラーになるデータとかあるんだけど。一回やればわかるよね。
僕の内線が鳴った。
福島の主任「水上くん、ちょっと問題がおきてるんだ、すぐに直さないとまずいからすぐに直してもらえるかな」
僕「申し訳ありません、すぐに調査して、直してまたご連絡します」
福島でトラブルだ。明らかにそっちを先にやらないといけない。
1時間、僕は福島のトラブル対応をした。先輩と後輩と常駐してる業者さんに指示をして、宮崎の仕事が止まらないようにする。
10時。外線電話が僕に繋がれた。
上長「宮崎の対応はどうよ?うまくいってる?」
僕「5つの改修を先輩と後輩に振ってます」イライラしながら言った。
上長「水上は?」
僕「福島で問題が出たので対応してました。まもなく終わるので宮崎のフォローに入ります」
上長「すまんけど、よろしく頼むよ。なんとしてでも宮崎は切り替えたい。これを逃すと次の機会があんまりないんだ」
僕「そうですね、わかりました」
すぐに宮崎から内線。
宮崎の主任「改修はどう?終わったらすぐ言ってね!あと、13時から切り替えの話でこっちは進んでるから。こっちの部長とそっちの部長は色々気を揉んでるみたいだけど、僕としても今日のチャンスは逃したくないんで、よろしくね!」
僕「終わったらすぐに連絡しますね」
先輩と後輩のフォローをしながら、13時からの作業の確認。ぶっつけ本番かよ、クソ…やりたくねえ…。
10時30分。
課長「状況は?」
僕「福島の対応をしてたんで、僕は今からやります。改修は先輩と後輩にお願いしてます。」
課長「大変だと思うけど、急いで直したものがバグを呼び、それがまた焦りを生み、負のスパイラルになることはよくある。水上、先輩が出来たらお前がテストしてやってくれ。それから宮崎に連絡だ。」
僕「…え!僕がですか…………?はあ…わかりました……なるべく見ます。」
この時の僕のどうしようもない苦笑いは人生のトップ3に入ると思う。仕事には、お願いしても物理的になんともならないこともあるってわかってる?まあ、平社員の僕に出来ることは最大限の善処だけなんだけどさ。つまり意見は出来るけど拒否権はない。そして今は意見してる時間がない。
10時50分。おいおい、あと10分で約束の時間だぞ。
僕「先輩、どうですか?3つの改修の進捗は?」
先輩「今一つ目が終わったよ。今、ほかの部分に影響がないことを確認してる。」
僕「…了解です、ほかのは?」
先輩「…まだ。でも原因は、わかった。これが原因だった。」
僕「…これは、時間かかるんじゃないですか?」
先輩「うん…そうなんだ…」
僕「……とりあえず今取りかかってるやつを完璧に仕上げてください。あと、それが終わったら宮崎に連絡…あー、いや、いいです、終わったら僕に見せてください。確認しろって言われてるんで。」
11時。
課長「水上、約束の時間だが、終わったのか?」
水上「いや、間に合いませんでした。」
課長「どうするんだ?」
水上「とりあえず僕は切り替えの準備を進めます。ギリギリまで先輩には改修をしてもらいます。」
喋ってたら外線。上長だ。
上長「終わった?」
僕「間に合いませんでした。切り替えは続行なんですよね?」
上長「やれるだけやってくれ。水上が改修したほうが早いんじゃないか?」
僕「僕が改修してたら誰が準備するんですか!」
上長「先輩にやらせたら?」
僕「それがリスキーだから僕がやってるんですよ…ところで、課長とか部長は危ない橋は渡るなと言ってますが」
上長「失敗したら諦めろ。それまでは頑張ってくれ。」
電話を置いた。
部長「水上、終わったんか?」
僕「まだです。まだあと90分かかる見込みです。最悪、切り替え作業と並行してやります。宮崎にも話はつけています。」
部長「今日を逃すと全体にどんな影響が出るんだ?」
僕「明日に切り替えることになりますが、そうすると明日切り替え予定だった別のシステムの稼働日が来週になります。」
部長「それでもいいんじゃないの?リスクを取って危ない橋を渡っても、トラブルが起こったらそれを始末して体制立て直すほうが大変だぜ」
僕「僕もそう思うんですが、宮崎主任と上長がやれと言うんで、僕はやるしかありません…」
課長「ここにいない上長のことはほっとけ!ちょっと宮崎主任に連絡する」
課長と宮崎主任が話をした結果…
課長「とりあえずやるだけやって、無理なら切り替え日を変更しよう。無理だった場合の対策はとっておくようにな。」
なんも変わらんかった。これを俗に時間の無駄という。
昼休み返上で仕事をする僕ら。先輩の改修はなんとか13時に間に合った。
13時になったので、切り替え開始。
僕の作業は幸いスムーズに進んだ。
けど、先輩がこのまま切り替え作業をしないってのも癪だ…
僕「先輩、僕の作業が終わったんで、システムのチェックをお願いしていいですか?僕は止めてる中国の仕事があるんで」
先輩「わかった、チェックします」
部長がまた来た。
部長「結局どうなった?」
僕「システムの切り替え自体は完了しました。今は先輩に最終チェックをお願いしてます。」
部長「おっ、終わったんか!そーかそーか」
課長が来た。なんで同時に来ないの、あんたら
課長「どない?うまくいった?」
僕「先輩に最終チェックしてもらってます。」
課長「宮崎に連絡して、完了したら連絡をしてくれ」
先輩は14時40分にチェック完了。
なんとか時間内にシステム切り替えは出来たけれど、体制に問題があるのが浮き彫りに。
僕としては、先輩の能力への疑問を、上の人が持ってくれたのが幸いかなと。生産に直結するシステムを扱うには、先輩は性格と能力が違う気がする。
会社は、社員教育だOJTだなんだというけど、向上心も危機感もないような社員に対する教育は奏功しないし、コスパが悪すぎる。
人それぞれ、合ってる仕事合ってない仕事があるんだから、それを見極めて会社側も採用活動をしないと、組織としての新陳代謝が悪くなると思うんだよな。まあ、似たような人ばっかり集めるのも良くないけど。そこはバランス。
2012年9月22日土曜日
練習と反復と慣習と
画像はこないだ家で作ったたこ焼き。
エビングハウスの忘却曲線を出すまでもなく、人間というのは忘れてしまう生き物だ。忘れることで、健全な自我を保つことが出来ているということでもある。
今はググればなんでもわかる時代だ。会社の名前さえわかっていれば、ググって電話番号すら出せる。
スマートフォンに友人の情報は全て入っているため、その友人の電話番号を覚えておく必要もないし、友人の誕生日が近づけば、SNSが知らせてくれるから常に記憶している必要はない(寂しいけどね)。
僕はそんな状況の現代に対し、2つほど主張がある。
それは「『ググれ』の世界は危険」というものと、「記憶は検索に勝る」というもの。
前者については、今は書かない。今は後者だけ。
「調べればすぐにわかることだから覚えておく必要はない」というのは一理あるけれど、調べることがネットに接続できるというのを前提にしている以上、覚えておく必要はなくはない。
「ただし、ネットがある場合に限る」という但し書きが必要な主張だろう。
ネットがなかった時代、僕らは気になることをどうやって調べていたんだろうと思う。思い出そうとするけれど、思い出せない。たぶん、所持している本をいくつかパラパラをめくって、アテになるものがなければ調べることを諦めていたんだろう。
今は、気になることがあれば、すぐに調べる。ググる。結果、目に見えるのは情報の海、頭に入るのは知識の波だ。
心配いらない。読んだものを全て覚えていられるほど、普通の人間の脳は高性能じゃない。
「あー、そういえばあれ気になるなー」→「よし、調べてみよう」を何度繰り返しても、忘れるものは忘れる。興味があるのを調べるのだから覚えていられる確率は高いけど、3年後まで覚えているかというと疑問符がつく。いや、たぶん覚えてないだろう。
だから無駄だという極論に着地する気はない。すぐに知識欲を満たせる今は素晴らしい時代だと思う。
だけど、「それだけだ」という認識は持つべきだ。
本当に覚えていたいなら、反復しかない。
反復。反復。反復。練習。練習。練習。
大人になったら、反復や練習の凄さってやつを理解出来るようになる反面、忙しさにかまけて全くしなくなる。
誰しも子供の頃、ひたすら反復させられたことはあると思う。
それはピアノの練習だったかもしれないし、野球の素振りだったかもしれない。
僕の場合は、少林寺拳法の型だった。14年も同じような型を練習していたから、今でも身体が覚えているし、条件反射で動作出来る。しかも、少林寺拳法の教義もまだ暗誦出来る。
10年もする必要はないけど、1年間の反復で身につくこともかなり多い。僕ら大人はもう一度それを思い出すべきだ。目まぐるしい時代で、常に新しいことを学び続けないといけないけれど、基本は変わらないから、基本を反復する練習をするべきだ。
どんなに難しいことでも、繰り返し繰り返しやっていればパターンが見えてくる。理解出来るようになってくる。
練習しないと何もうまくならない。はじめからうまく出来る人間なんていないし、そんな物事もない。練習は必要。どんなに小さなことでも練習が大事。
苦しめば苦しむほどスキルや知識はよく身につくという研究結果
2012年9月17日月曜日
閾値
僕が前に中国に出張に行った時、たまたま歴史問題とかのちょっと避けたい話題の話になったことがあって、駐在の人が「やっぱり中国の人って南京事件とか根に持ってたりするん?」とか聞いてた。その返答は、「年寄りと、昔ながらの考え方の人と、考え方の過激な人はそういうこともあるかもしれないけど、普通のたいていの若い人は全然きにしてないとおもいますよ。」だった。
まあそうだろうなあと思うと同時に、やっぱり過去に対する考え方って国・人種によって、というよりは育ってきた環境にあるんだろうなあと思う。
ところで今回みたいな大規模デモ。
昔読んだ本で、心理学か社会学の本だったけど、自分の行動は周囲の人によって制御されている、というような主張があって、それが何かというと、とある感情を持つ人たちが周囲に何人いるかで自分の感情が決まる、という「閾値」に関するもの。そして、この閾値には個人差がある。
例えば、僕の怒りの閾値が「5人」だったとする。
僕の周囲には今10人いるとして、そのうち4人が、「政府を倒せー!」なんて怒りの声を上げている。
僕はその時、傍観者になれる。
しかし、それが5人になったとき、僕も同じように「政府を倒せー!」と声を上げるようになっている、というもの。
デモには煽動者が必要不可欠だ。
煽動者が煽るのは一般大衆ではなく、怒りの閾値が非常に低い人だ。
怒りの閾値が1人の人は、煽動者の怒りを受けてすぐに怒り出す。閾値が低いからだ。
煽動者+怒りの閾値1人の人がいれば、怒りの閾値2人の人も怒り出す。
そうしてデモ隊は増えていく。だから煽動者はなるべく多くの人が集まるところで演説を行う。
人の感情には、周囲に対する閾値があり、皆が集まるところでないと効果的でないからだ。
とまあ、そういう感じの主張があるわけだが、なるほど面白い。実際、結構真理だと思う。
周囲を無視して自分の考えだけを最優先できる社会人なんてそうはいない。人は社会的な生き物だからだ。
これをもって、中国人は怒りの閾値が低い、なんて結論付けることなんてしない。
むしろ僕が面白く思うのは、尖閣諸島に対してあまり感情を出さない日本人の方だ。
それとも、僕の周囲が騒ぎ立ててないだけで、実際はマスコミの報道以上に盛り上がっているんだろうか?わからない。
2012年9月16日日曜日
sing sing sing
前に結構有名になったけど、動画はコレ。
第二のスーザン・ボイルだ!って触れ込みがあったけど、それをいうなら第三のポール・ポッツかな。
スーザン・ボイルについては、皆ご存知の通り、"Britain's Got Talent"って番組でいきなり出てきて、世界中を驚かせたわけだ。こんな具合に。
でも僕の記憶だと、このスーザン・ボイルが出てきたとき、「こんなにすげえのはポールポッツ以来だ!」って言われてたような気がするんだよね。
ポール・ポッツはオペラ畑の人で、上記の2人とはちょっと毛色が違うけど、そのサクセス・ストーリーが"世界まる見え"かなんかでやってて僕も感動した覚えがある。
みんな人を感動させる声を持ってて、驚嘆の一言に尽きるし、人類の宝だとも思う。
ミクさんは現在進行形で世界を沸かせているバーチャルアイドルだけど、「声だけで人を感動させる」という1点においては絶対に人間を超えられないな。
2012年9月15日土曜日
試行 of Cygwin
$ /cygdrive/c/Ruby187/bin/rspecってエラーが出てくるもんだから、一体なんだよクソって思ってたら、単純にC:\Ruby187\bin\gemの中に、
C:\Ruby187\bin\ruby.exe: No such file or directory -- /cygdrive/c/Ruby187/bin/rspec (LoadError)
#!C:/Ruby187/bin/ruby.exeって宣言されてるから、それがcygwinで認識されてなかったってだけの話だったwそりゃそうだわな。CygwinとネイティブWindowsじゃ違うパス体系なのだから。
面倒くさいのでCygwinでもっかいgemやらrspecやらをインストール。
これでCygwinから開発できる。
Windowsのコマンドプロンプトとか、ショボすぎて使えやしねえ・・・。
同期!
確か、随分前に読んだこの本だったと思うけど、この本の中で、とある物理学者がまったくの偶然から、同期するメトロノームを発見したことが書いてあった。
それの現代版の動画がこちら。
こうしてみると圧巻だね。
なぜこんなことが起きるのかは、僕は詳しくは知らないが、確か振動を保つための動力学が云々とかいう話だったような希ガス。