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2007年2月15日木曜日

『 「箱庭を騙る檻の中で 禁断の海馬に手を加えて 驕れる無能な創造神にでも成った心算なの…」か…』

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キシリトール(アップルミント)を噛んだ直後に熱いお茶を飲むと、
しょうゆラーメンの味がする。

2007年2月10日土曜日

『あと何回くらい繰り返せば辿り着けるの?』

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「青春18きっぷ」特別価格8千円で JR20周年記念

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!!!
おし、計画立てるか。
何処行こうかなあ。うーん…宮城か…長崎…かな。海辺の旅館探してそこで2~3日間過ごす。
あーでもそれだと5日間使える切符が余りそうだから、一つの所に留まるのは勿体無いか。まあ余ったら余ったで誰かに譲るとか、またどっか行くとかしたらいいんだけど。
…先ずは行ってみたいところをピックアップだな。
あ、なんだったか、香川かどっかに大きな昔の硬貨の形をしたオブジェ?なるものがあるとか。桃鉄で知った。まあ香川は距離的にも通過点にすることしか出来ないけど…。
前に九州一回りした(とは言っても全県行ったわけじゃないけど)ときに思ったんだけど、九州って18切符使うと勿体無いんよな。コストパフォーマンスが悪いっつーか。距離を稼ぐって意味では意義のある使い方なんだけど、地理的な問題で小回りが利きにくすぎる。「どこでも降りれる」ってのが18切符の強みなんだが、それが発揮しにくい。つまり、一度降りたら絶望的な状況になること請け合い、と言うわけだ。深い霧に覆われた阿蘇山を途中から歩いて降るとかアホなことしなきゃよかったと真剣に後悔したよあんときは。耳元でスピッツが歌ってなきゃ死んでたね。ああ、ゾンビの誕生さ。
北海道は、帯広から釧路までで、大阪東京間ぐらいの距離があるから、そう考えると一日で札幌釧路間を横断出来る18切符ってすげえって思うんだけど、九州はなんかものすごい微妙なんだよな。いや、旅するって意味でね。絶対特急バス使ったほうが効率いいだろ、って思うし。
まあでもその辺含めて考えてみるべきかな。そのまんま東率いる宮崎も行ってみたい気がするけど…居れても2日だな。僕は柳田國男じゃないんだから。
旅するときの持ち物は財布と携帯とスピッツと古典文学、あと最低限の衣類。強行軍でない限り時刻表はそこまで重要ではない。地図も要らない。僕の歩いたところが地図になるんだ!

2007年2月9日金曜日

積読リスト消化

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最近、積んでいた本をひたすら読んでいる。残すところあと2冊…



Kに借りていたもの。
世界観は好き。でも、意図された読みにくさが、本当に読みにくい自体になっていて魅力半減。雰囲気出すのはいいんだが、別に文体とか文字は普通でいいのに。





皇国の守護者の小説。Dに借りてたやつだけど。
これほんま面白い。血が滾るな。生々しいし。でもやっぱヤンと新城はちょっとかぶるわ。性質的には逆なんだけど、常に疑い続けるアナーキストってあたりの本質的なところが。




クソおもろい。この人はある種のムーブメントを引き起こす才能あるんじゃねーの?って思った。展開が、『読ませる』展開なんだよな。




西尾維新もそろそろ終わりか……『化物語』は最高に面白かったんだけどな……。こんなのが12ヶ月も続くと思うとちょっと買う気が失せてくるかも知れない…。


で、残った2冊はこれ。



合計1000P超だから1週間とちょっとはかかりそうだな…。
積読リストはこれで全部消化したことになるけど、読みたい本が積んでた間に多く溜まっていたので、少しずつ買いながらまた読破していこう。
いやあ、本っていいなあ。


つか、なんか妙にリアルな夢を見て変な気分だ……。

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今日みたいな冬らしい空の低い曇り空は好きだ。
僕の記憶には色がないので、こういう灰色の景色を見ると昔のことを思い出す。

2007年2月4日日曜日

『神が完全無欠にして全知全能であるのなら、悪魔は荒唐無稽にして人知無能の現象である』

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何をするにも切り替えってやつは大事で、その切り替え方法が人によって色々あるのだと思うのだけど、概ね誰もに共通するのが散歩するってことのようで。
散歩をすると、よくわからないけど頭がスッキリするようだ。それは理解出来る話。気分転換として最も良い方法じゃないのかって思うぐらい。
あとシャワー浴びるのも良い。皮膚が一新された感じがする。
目を休めるためには遠くを見るのが良いって言うジンクスのように、やっぱそういう普遍的なジンクスはあるもんで。
そこで僕がお勧めしたいのは、まったく普遍的ではないのだけど、入れ込める作品(ゲームでも小説でも映画でも音楽でも何でもいい)に触れる、と言うこと。(現代人でそういう文化的作品に触れたことがない、あるいはまったく関心がないと言う人っているのだろうか?)
いつもどおり主観丸出しの論で行くけど、気分が沈滞しているときはちょっと違う世界を体験してみるのが良い。幸い人間には想像力ってやつが豊富で、僕なんかは『ボーン・スプレマシー』とか『24』とか『SuperNatural』とか見ると、もうなんかその作品の世界に入り込んでしまう。ああいうタイプの作品がすごく好きなのだ。
要するに重要なのは、その個人の好みの問題だ。その好みの対象に短時間でも触れることによって、息抜きにはならないかも知れないけど、精神状態になんらかの影響は及ぼされる。

2007年2月3日土曜日

『太陽系よりも果てしなく コンビニよりも身近な』

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これは大事。何に大事かって、こういう表があるって言う事実を受けて、案件を投げてくる人たちがどう変わってくるかと言う見極めになるから。
開発サイクルが恐ろしく早くなってるっぽいし。従来の開発プロセスでやったおかげで、仕様変更に対応し切れなくてデスマーチを余儀なくされるという話はよくブログで見たりする。いやあブログって便利だな。
と言うか、YOUTUBEにしてもYOUOSにしても、ほんの少人数での開発が、そんじょそこらの企業開発よりも効果的で、なおかつスピードが速いって言うのは、案外そういうプロセスにあるんじゃないかって思ってきたり。
逆に、少人数で開発が行える技術要素は整ってきたのだから、あとは環境構築の問題ってわけだ。
ホイ。言語の壁にぶち当たって糸冬了。
今の時代、プログラムに関わることで飯を食っていこうとする人が英語を勉強しないというのは、タクシーの運ちゃんになりたい人が車の免許を取るのに躊躇しているというのと同じだ。

『繰り返す日々に何故見失う?幼い日描いた夢の続きを』

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うーん、GTDの活用の感想とか聞いてると、ほぼ100%に近い人が「これはすごい」って言ってるんだけど、実際ToDoリストとかってそんなに頻繁に更新するようなもんじゃないってのが僕の意見なんだけど。
僕にもそりゃあいくつか習慣があるけど、それは別に思い出さなくても勝手に気が向くものでもあるし、ていうか忘れるような習慣なんてないw
たとえば情報収集で良いなと思ったものでも、改めてみるまでもなく、一度見れば概要ぐらいは覚えるし、詳細に見たかったらその都度ググったりすればいいし。その手間すら惜しいと言うならば、そういうツールを活用する手間こそが無駄だ。
ブログとかでお勧めの本として挙がっているものも、別にクリップしてメールを見ながら確かめなくても、もう本屋に行くって言う習慣がそもそも僕は確立されているので、そのときに「あ、そういやあんなんあったな」って思い出してかつ気が向いたら立ち読みしに行くし。タイトルとか覚えて無くても分野さえわかればウロついてたら大体わかるでそ。まあそのためのクリップなのかも知れないけど。むしろ、うろついているときにたまたま発見する本のほうが、実は自分的には価値としては高かったりする。あと人伝とかね。実際僕が買った本って、4割ぐらいは人からの推薦であったりするよ。自主的に買った本なんて、それこそけったいなものしかない。
ていうか、買いたいと思った本とか物ならそもそも忘れないし。忘れるってことはそれだけどうでもいいってことだ。

そんな僕でも、一応メモ書きを走らせておこうとする習慣はつける努力をしているんだけど、そういうのってホント忘れないんよな…。「あ、これは大事そうだな。忘れちゃいけないからメモっとこう」って思っても、メモを参照するまでもなく、忘れた試しがほとんどないから、どうにも他の人が言うところのメモの重要性ってやつを実感出来ずにいる。メモが大事なのはわかってるんだけどね。大きな用件なら忘れないけど、その仔細に関しては忘れてしまうことは結構あるから。ていうか、どうでもいいことをメモったとしても、そのメモしたこと自体を忘れるよな。じゃあそこにメモを見るって言う習慣を生まなきゃいけないわけだな。うーん。。。

とか何とか言っても、たぶんToDoリストとかの重要性を理解出来ないのは、僕がそんなに忙しくないからだろうな。やることが限られているし予定とかが入っても覚えておける範囲内で留まっていると。実際手におえないレベルになってくれば、理解出来るようになるさ、きっと。

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現在、思いつきをブログなりSNSなりにアップするためには、その都度サイトに接続しないといけない。
WEB上でのToDoもそうだ。
が、デスクトップに常駐するブログウィジェットみたいなものがあったら、より更新が楽になるんじゃないかと思う。
ていうか、Vistaでそういうのやりそうだな。時代の流れはウィジェットだし。
#開発はされ始めているらしい

あと、なんとなくだけど日本のWEBサービスは日本人しか使えない割りに数が多すぎるんじゃないかな、って思った。

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最近自分が時間に正確すぎるって思ってきた。

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いつの間にかグーグルガジェットがバージョンアップされてて、前は微妙に使い勝手が悪かったのだけれど、新しいやつはなんか良い。
ヤフーウィジェットは速攻でアンインストールした。
スクラップ記事とかメモを複数PCで共有出来るのってなんか便利だなあ。申し訳程度につけてるカレンダーの予定もガジェットに表示されるし。
RememberTheMilkとか見てても思うけど、短いスパンで送られてくるリマインダーって鬱陶しいだけだと思うんだが…仕事の管理ぐらい自分でしろよ…って。GTDの発達と敷衍は能率を上げるのには役立つのかも知れないけど、それに依存してしまうと逆に自己管理能力が衰えてしまうような気がするね。木がするだけですか、そうですか。

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人間は、一日数十万の想念が頭の中に浮かんでは消えるんだそうだ。意識下か無意識下かどうかはさておいて。
それらの、経験と記憶と知識がごちゃ混ぜになったカオス状態の想念を人間が判別できるレベルまで落としこめたとき、「良いアイデア」は生まれるって言う考え方があるんだけど、んな「みんな実はすごい能力を持ってるんですよ」みたいなこと言われても、「実はお前らの脳みそは実力の数%しか使っていない」って言われてるのと同じように実感沸かないしどうでもいい。潜在能力は顕在化しないとしゃーないんですよ。秘密兵器は最後まで秘密でいなきゃいけないんですよ。
でもまああれだな、僕もネタ帖一応持ち歩いてるけど、上記に書いたように、ネタ帖に書くようなことはそもそも忘れないし。あーなんか僕何処か間違ってるなorz

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LeafのVocalCollection Vol.1は名盤。心が洗われる。
特に『それぞれの未来へ』とか、さりげなく名曲。

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何度かパチスロに誘われたことがあるのだが全部断っているのは、今までパチスロは良いものだと言って来る人間にロクな人間がいなかったという僕の偏見による。僕からすればあんな機械的な(ていうか機械だけど)ものがギャンブルなんていうのがおこがましいし、「自分の世界に入れるのがいいねん」ってことも言われたけど、だから嫌なんだよ!wって思った。意味わかんね。高校のやつらとトランプ一つで飽きずに高度な心理戦を繰り広げてた僕から言わせると、あんなパチスロみたいなプログラムに一喜一憂するのがつまらん!プログラム作る側の人間だから余計だ。ていうかパチスロって言う仕組み自体が、完全に客が負けるように出来てる。それで生計立ててる人もいるよ、って言う人は頭が悪いか古いかのどちらかだ。僕の以前の知り合いにもパチスロで生計立ててる人がいたが、2年でその生活は終わってた。よく持ったとは思うけど。大体、客が勝つような仕組みだったら、店の存続自体が危うくなるわけだし、そんな危ない橋を渡り続けてる経営なわけがないだろう、と。客から一定以上の金を巻き上げる仕組みがあるから、あんだけ繁栄もしているし社会問題にもなるんだ。

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それで思い出したけど、こないだ本屋で立ち読みした、アメリカの貧困層の事情を書いた『ワーキングプア』を読んでて思ったんだけど、日本でもワーキングプアがどうのこうの言われてるけど、アメリカでのワーキングプアと日本のワーキングプアって意味合いが結構違うよなって思った。アメリカのワーキングプアの意味合いで捉えれば、日本でそれに該当するのは、いわゆる「搾取されてる外国人労働者」であって、コンビニ店員を続けている純日本人じゃない。あーでもどうなんだろう。微妙なところだけど。微妙ってかセンチメンタルってかデリケートなところだけど。
これはもう通説ですらあるけれど、日本ほど努力が結実する社会と言うのも他に類を見ない。まあ外国知らないからネットとか本とかで得た受け売りでしかないんだけどね。(それを言うなら8割の人の主張が受け売りだが)
その過程と、変化はすごい微妙な話になるから割愛するけど、日本でのワーキングプアってのは内面的に問題を抱えている以上に単なる努力不足であると言う意味合いが強いように思う。その『ワーキングプア』って本に書いてた事例は、いわゆる人種的な問題であったり、あるいは極端に思われるほど不遇な幼少時代をすごした結果であったり、と、日本じゃそうそうねえだろって言う事例ばっかりだった。結果としての貧富の差って面で見れば同じだけどね。だからと言って内容や過程を無視して語れるもんじゃないと思うけど。
でも少なくとも、日本の場合は、それこそ政治家とか目指さない限りは相当公平に職業の自由もあるし、努力は何らかの形で結実する社会であることは(たぶん)疑いない。まあでも、仕組みがあるだけで誰もそれを利用しないんじゃ形骸だけど。民生と政治が乖離している証拠でしかないけど。
あれだ、社会が悪い制度が悪いと言うのは努力してからにしよう、ってことだ。

2007年2月1日木曜日

『声を涸らし、駆け抜ける』

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そういや昨日、仕事帰りに日本橋に寄ってWindowsVistaを触ってきますたよ。
うん、目玉である『エアロ』がどれだけ要らん機能かってのがわかった。
いや、もしかしたら隠れて高機能なのかも知れないけど、もしそうだとすると初見でわからないって意味で失敗気味w
インターフェイス的には、エフェクトが豪華になったってだけしかわからなかったなあ。ウィジェットの拡張性は高そうだったけど。
あと、ローカルサーチが検索バーとしてエクスプローラに標準搭載になってた。主にWEBに対してとセキュリティ面で大幅に強化(ていうか互換性を失くしただけのようなイメージがあるけど)されたらしいから、見た目ではわからないのかなあ。

まあ、別にコケたってわけじゃないけど、スタートダッシュとしてはかなり遅い部類に入るし、次第にVistaに移行はしていくんだろうけど、MSの主力製品がOSだって言う時代はもう確かに終わったような気がするね。

ていうか昨日情報収集していて改めて思ったけど、この業界、技術の勃興早すぎるわ。フラット化する世界ってのはすごいね、マジで。

2007年1月30日火曜日

ぐちぐち

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あーもう畜生め。
僕の管理責任だとか言われそうだが、やる気のない人間のやる気をコントロールするのはマネジメントじゃない。それはカウンセリングって言うんだ。
無気力だとか無能だとかは個人の問題であって周囲の問題ではない。もちろん、環境にある程度依存することは認める。一つの窓のない部屋の中で黙々と作業し続けることが良い環境かといえば決してそうは言わない。
だが、その反面自由は与えられている。それは、与えられた自由を行使出来ない僕らが悪いのであって、環境の所為にするのはお門違いと言うものであって、責任のなすりつけも成り立たない。
大体それなら、その自称「劣悪」な環境下でもまだやる気がある僕はどう説明するんだ。
『特別』か?都合の良い言葉だな。
それに、些かの報酬すら貰っていず、むしろ社員さんからは形とは言え労いの言葉すら貰っているのだから、諾々と受け入れる他ないのだ。
「金を貰っていないから」なんてのは遁辞に過ぎないし、大体そんなこと言うやつは金を貰っても意欲が沸く以前に義務感に疲弊してたいした仕事はしない。したとしても良い仕事では決してない。
それはとどのつまり『自主性』ってものに尽きるのだが、それを磨くのがインターンシップってやつだろう。
チームで行ってるからってリーダー責任を暗黙のうちに了解されても困る。
だから今日、僕は突然やる気を失くした風を装ってみた。すると、「急に無責任になられても困る」みたいな表情をされたが別に批判も糾弾もなく、むしろ「それならオレも何もしない」みたいな態度でキーボードを打つ音すら聞こえなくなるほどだった。
偉そうなことを言いつつも、僕自身、自分に欠点が多いとわかってもいるし、一番自分に腹が立つのは、そういう愚痴を吐くことは出来ても、学校の体面、会社に対しての面目等を考えてしまって、本人たちに何も言うことが出来ないことだ。それに、無能だの無気力だの罵っているが、そんなのは主観的なものであり、自分を基準に据えたものなので、特に僕なんかが言う資格なんてないとも思う。僕だって別の人から見たら無能かつ無気力だと捉えられるかも知れないし、逆に彼らの立場からしても、僕を基準に一般論を語って欲しくないとも思っているかも知れない。良い意味でも悪い意味でも捉えられるから、慎重に行くべきだとはわかっているのだが、それでも、なんとなく近々キツく言ってしまいそうな気がする。僕だって人間だ。我慢の限界ってやつもある。だが一応自制せねば…。言葉の暴力は誰よりわかってる。人と接するときは言葉は選ばねばならないことも。

2007年1月29日月曜日

『傷つくことが怖いかね?失うことが怖いかね?信じることが怖いかね?だからこそ私は、そんな君の、話し相手になりたい』

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何処ぞのサイトで目にしたのだが、オープンソース化が進み、各種ライブラリが豊富にある現在、わざわざ自分で一から組む労よりも、活用することに力を注ぐことのほうが生産的であり効率的であり建設的だと言う論は確かに正しいが、それではプログラムに対する根本的な理解をしたことにはならないから注意が必要である、みたいなことを言っていたが、まさにその通りだと思った。
高確率でプログラマからスタートし、まあ少なくともプログラムとは長い付き合いになるであろう僕からも言うと、既存のものを一から作ってみる価値と言うのは、実質的にそこに尽きる。HPを持ちたいならHTMLを覚えなくても今じゃ様々なツールやブログなんてのがあるし、ソフトウェアも簡易的に作るものであればウィザード形式のものがゴロゴロ転がっている。
だが、だからと言ってHTMLを覚えるのが無駄なのかといえばそんなわけはない。卑近な例で言うと自分風にHPをカスタマイズしてみたいだとか言う願望を持つかも知れないし。
それは昨今の教育批判の風潮にも相似するものがあるのだけど、と言うより普遍的な問題である「勉強がいったいなんの役に立つんだ?」と言う問いに対する答えの一つでもある。「因数分解が社会の役に立つのか?」と言う問いは、「PCがあるのに算数なんて要らないんじゃないか」って言う極端な例とほぼ同レベルであると言うことだ。これを子供に説明するときには、もっと簡単な例を持ち出すべきだが。
結果は手段を正当化する。
成人して尚、学校教育の批判以前に、勉強に対する無意味さを説いているやつは論外だが、義務が義務として成立してしまう理由を考えれば勉強が何故子供に対する義務になっているのかは考えるまでもなく自明だろう。んで、「勉強なんていらねえよ」って言ってる人の大半は、消費税を払うことに何の異議も唱えないのだろう。
「PCがあるのに算数なんて要らないんじゃないか」って言う極論は、すなわち、算数その他の学問が昇華して出来たPCと言う産物を肯定しながらも否定していることになる。原理的に見るとある種のパラドックスだな。人に伝えるのに最も適した言葉を選ぶならば、「僕らが便利だと思って当たり前のように使っているものは全て誰かの勉強の賜物なんだ」ってことだ。結局のところそれに尽きるし、これほど説得力のある言葉もないと僕は思っている。
「便利だなあ」と思って使っているものは、そうあるべくしてあるわけじゃなく、誰かが、使う人が便利だと思うように配慮して作られたものに他ならない。こういう論理はあらゆるところで通用すると同時に、この視点を失くしてしまうと本当に非生産的な人間になりおおせてしまう。

話は戻って、最終的にはプログラムを極めるよりかは情報そのものを扱う仕事をしたいと考えている僕からすれば、大事なのはどのライブラリが最も有用で、どのライブラリが最も汎用性が高く、等々と言ったことであり、どういう理屈で動いていて、だとか、どう使えばいいか、だとか言う問題は僕にとって全て瑣末なものだ。要するに、そのライブラリがあることで誰がどういう影響を受けて、何がどう変化するか、と言うことに僕の主眼は置かれるわけで、つまりはそうした視点を活用する仕事を切り開きたいと思うわけだけれど、そういう比較考察の対象に入るライブラリが全て外国のものであったりと、技術的鎖国を元気に突っ走ってる雰囲気のある祖国日本にはそういう余裕はあるのかなあと思う次第でした。

2007年1月28日日曜日

Here at last!!

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ええと、いつだっけ、もう忘れたけど5月だか6月だか7月だかに始めてコツコツ進めていたヲタななじみのP嬢との桃鉄西日本編99年が、ようやく終焉を迎えた。
なんか妙に達成感があるぜよ…!!

昼食を挟んでマリカーとかピクロスとかハルヒ鑑賞とかして、14時半ぐらいに萌え単3片手にこたつでぬくぬくと桃鉄の続きを開始。
そっから23時前までぶっ通しでやって終わらせたwwwゲーヲタ乙。



17時頃の悲劇。「?」マークに止まったら、僕の秘書が地域住民に全財産を寄付してしまった。独断で!!許可取れよ!!悪意がない分ある意味銀次よりタチが悪い!!
せっかく膠着状態だったのに、これでP嬢にかなりの差をつけられてプギャーされて、これ巻き返し不可能じゃないのか…と思って不貞腐れているところに、銀次と言う名の、神が舞い降りた。
P嬢は2兆ほど失い、これで先程の差と合わせて僕が数千億有利な立場に立ち返った。

しかしこのゲーム、持ち金が1兆を超えだすと、数千億の差が小さくも見えるのだがどうにも出来なくなる。物件を買いあさっても、どんな臨時収入を得ようとも、せいぜい一年間で巻き返せるのは1千億が限度。キングボンビーの攻撃をモロに食らっても、被害が3千億に届くかどうかと言うところなのだ。畢竟、勝敗を左右するのは銀次と言うことになる。あと「?」マーク駅。
カレーを食べながら苺ましまろを鑑賞し、バトル再開。茉莉たんは何でこんなに可愛いんだろうか。
最初は今日中に全部終わらせる予定だったのだが、なんか思ったより進むのに時間がかかって、今日中に終わらすの無理じゃね?的な雰囲気だったが、90年を超えたあたりから、むしろ終わらせないと中途半端だった。

銀次やらなにやら色々な不遇が重なり、さらに僕の持ち金が2倍になったところで戦意を喪失していたP嬢に、僕ももう少しスリルを味わいたい気分だったので、入手した『たいらのまさカード』を献上した。



P嬢の秘書は何を言ってるんだ。ぶっ転がすぞ。

『たいらのまさカード』を使用して、全員の持ち金が一律4兆円になったのが、98年の秋。総資産額では僕が3000億ほど優勢だった。
つまり、あと1年ちょい、僕は逃げ切らないといけないわけで、それは結構シビアな戦いになるんじゃないのかとUKIUKIしていたが、その3000億ほどの差を埋めるのが如何に難しいかと言うことがわかったwwありゃ無理だ。僕が銀次にでもスラれない限りは。


カクカクシカジカでエンディングを迎えた。

勝った…!(ノリス風に)

下が最終的な総資産グラフ。画像は98年だけど。



『たいらのまさカード』を使ったときのジェバンアナ(CPU)の伸び率が面白いことになっていた。ほとんど直角伸び杉ワロタwww


P嬢のスリの銀次回数が半端じゃない!!エンディングで、なんか起こったことをダイジェストで流してくれるのがあったんだけど、そこに登場する「ぬ~ん夫人、スリの銀次に○○億円スラれる」みたいな表記が年数を追うごとに額が巨大になっていって最終的に2兆スラれるとか言う憂き目にw
年の初めに、「今年は銀次の年です!社長の皆さん注意してください!」って言われたときに、
僕:「おいおい、これは注意せにゃならんよな」
P嬢:「そうよな。確か銀次が出るのって赤か青か黄のマスだけじゃまいか?」
僕:「だったかな。まあ今年は基本駅に止まるようにしないと…」
P嬢:「うむ。あ、カード売り場でぶっ飛びカード買っておくお」
(銀次中)
P嬢:「orz」
伝説的な流れだ。

ジェバンアナは、まあ1年目から99年目まで、つまり徹頭徹尾してキングぼんびーをほぼ一手に引き受けていたわけだから、当然ぶっちぎりである。
ぶっちぎりって言うかこれカンストしてるっぽくね?99でとどまるはずがないんだが…。でもその上の方は3桁ちゃんと行ってるしなあ。どういうことだ。まあジェバンニだしどうでもいいけど。

ってわけで、次は全国編を始めることにした。今回はCPU弱いのが1人だけだったのだが、今度はCPUを強くして2人に増やし、それでやってみようという話になった。戦略が必要になってくるぜ…!!
とにかくあれだ、ブックマークカードは便利が良すぎるってことだ。

2007年1月26日金曜日

『だからどうだというのだ。莫迦と勇者は命の値段が違う。君の値段は?僕のはどうだ?孤立し、今も戦闘を続けている者のは?救える負傷者を捨てていく者のは?その程度の勘定は誰にでも出来るはずだ。違うか?』

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こりゃ駄目だ僕は無能だ死んだほうがマシだorz

と思っていた某会社の筆記試験に何故か合格しておった。いくら採用枠が多いとは言え、ちょっと驚きだ。僕で受かってんだったら全員合格になってんじゃねーの?って感じ。
まあ、お次は面接。いつになるんかなあ。早いほうがいいよな。迅速に越したことはないし。
グループディスカッションとかありそうだけど、そういうの結構自信あるしな…w
一番問題だと思っていた筆記試験に合格出来ていて、なんか自信ついたかも知れない。
いいのかなあ。業界老舗で6000人超の大企業なのに。

『許しは請わない。だが、後悔だけはさせない』

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ゆとり教育見直しに異論続出=「知識より人間力向上を」-与党

もう僕がいうまでもないことだけれど、人間力なんていう抽象的で定義すらあやふやなものを高めることが知識を得ることより大事だなんて、それって精神論に近いよなって思う。たまたまそういうモラルのない人が増えてきたと感じる人が多くなって、それの煽りを受けて、さらに従来の教育を見直すって言う二兎を得るような発言をするとこうなっちゃう。
実際問題、想像や創造が0からの産物ではなくて既存のものからのインスピレーションが9割以上を占めるということを考えても、ていうか別にそこだけに頓着しなくても、「先ず知識ありき」ってのはちょっと頭の良い人だったらわかると思う。ニワトリとタマゴの話じゃないけど、好奇心が知識を喚起するのか、知識が好奇心を刺激するのかといえば、幼少の頃は前者で通るが、理性の芽生える小学校高学年以上になると完全に後者だ。そして現況の教育批判は幼少を対象にしていない。
と言うか詰め込み教育→知識偏重主義の弊害→じゃあ知識じゃなくせ、って言う腐った三段論法が非常に気に入らない。そういう問題じゃないだろと。制度の問題じゃなくて構造や風潮の問題だと思うわけだよ。時代が違う、といえば話が早いのかな。横並びの教育は先進国に求められるものじゃないってこと。
少し前に読解力が落ちてきているだとか言うデータがあったけど、あれは別に知識偏重教育の所為ではなくて、単なる習慣の問題だ。「はじめは人が習慣を作るが、後になれば習慣が人を作る」だよ。
それにしても、雑誌に書いてたがどうやら小学校での英語教育の義務化が本格化してきたそうだな。
今度の選挙の争点は「教育」と「労働」にあるのかな(教育基本法はこないだ改正されたけど)。おやおや、こいつは憲法で定められた国民の三大義務のうち二つに関することじゃないか。まったく激動を感じさせてくれるね。


たとえばこいつはシビアな問題なのだけれど、「平等な教育」と言うのは、万人に一律の教育を施すことなのだろうか?
あるいは、能力の差を慮って、その能力に見合った教育を個別に施すことなのだろうか?

2007年1月24日水曜日

『戦争と平和にどんな違いがあると言うの?違うのは一つじゃなくって?』『確かに。しかし普段ならば傷つけただけで罪に問われるような高級品が特化大廉売されるというのは、よほどの大違いである、と僕はそう判断いたします』

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PS3システムソフトウェアVer.1.50にアップデート――「Edy」での入金に対応

くるとこまで来たなあって感じ。
しかしそれはまだ始まりに過ぎなかったのである…(謎


SII、ダウンロードした英語小説や辞書などを利用できる電子辞書を発表

なんでUSB1.1なんだろう


エンジニアのやる気は報酬だけじゃ維持できない

非常にわかりやすい構造的問題。悪者がいないのに憂き目を見る人がいるという好例。
1つの解は、前述の「多くのエンジニアは、ほかに技術的興味や、メンバーとの親愛の情、あるいは顧客や仲間の評価などをモチベーションの源泉にしている場合が多いようです」ではないかと考えています。

ここで少しゲンナリ。結局精神論かよ、と。それが思いつく唯一の解であり、この構造的な問題が「仕方のないこと」であるなら、時間と金銭を引き換えに仕事をしている人を半分以上否定していることになる。やる気は大事だが、結局それを盾にされると「見合わない報酬」が正当化されることになる。よく言われることだけど、日本には正当な評価システムが存在しない。今まで年功序列だったから。欧米の評価システムは取り入れられないそうだ。文化の違いがとても大きいから。
てわけで、しばらくは迷走確定ってわけだ。


教員免許「国家試験」化を検討課題に

大変だな。でも質の高い教員が出来ると良いね。
質と量のバランスを慮ってのことだろうけど、実際に導入されるとなると『虻蜂取らず』って叫ばれるんだろうな。
教育改革の折り返し地点となるか、はたまた対症療法的な改悪に終わる結果になるか…。


電通とエンターブレイン、「オンラインゲームに関する意識調査」結果を発表

一番上の記事とちょっぴり関係してるけど。もう何事につけオンライン化は避けて通れないな。

電子政府がなんだの叫ばれて五月蝿いが、自治体レベルから導入してみたらいいのに。ていうか、電子マネーが何かの理由で爆発的に普及するようになれば、実質的に電子的に人間を囲うことも不可能じゃなくなるな。

Firefoxの時代だ

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zoteroを導入してみた。
これは…良いな。見ているページのスナップショットや、ブックマークとは似て非なるタグ付けによる参考URL管理が最高だ。
ブックマークはいわゆる『お気に入りURL』を保存するものだが、これは一時的な情報参考場としてのURLを保存するものなので、似ているようで意味合いが大きく違う。
物品、例えばCDやDVD、書籍やテレビ放送等々、様々なカテゴリに分かれたアイテムをアイテムとして参考程度にとどめておくことが出来る。
また、amazonとも連携していて、何かを参考しているときにアドレスバーに出るアイコンをクリックすると、その品物に対する情報がアイテムとしてクリップされる。

便利だなあ。でもノートPCにも同じ情報をクリップしておきたいんだけど、その辺はさすがに無理なのかな。WEB上で共有できれば便利なんだけど。
ていうかもうIEもスレイプニルも使わないな。FirefoxのExtensionが最高すぎる。動作が軽快だし。

2007年1月23日火曜日

この携帯使い始めて何気にもう2年以上経つんだよな

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聞けば聞くほど、ヤバイぐらいのスルメアルバムだということがわかる。
特に、Tr.1の『朝の夜の物語』のソロ前のフランス語の部分は脳汁が垂れる。涙がでひゃううぅぅぅぅぅぅ。
あと、Tr.6の『緋色の風車』の世界観が一番好きかも知れない。
廻る回る《緋色の風車》(Moulin Rouge)綺麗な花を咲かせて
躍る踊る《血色の風車》(Moulin Rouge)綺麗な花を散らせて

小さな掌に乗せた硝子(ガラス)細工
其の宝石を『幸福』(しあわせ)と謳うならば
其の夜の蛮行は時代にどんな爪痕を遺し
彼等にはどんな傷痕を残したのか
運命に翻弄される弱者の立場に嘆いた少年は
やがて『力』を欲するだろう
其れは強大な力から身を守る為の『楯』か?
其れとも より強大な力でそれをも平らげる『剣』か?

何が起こったのか 良く解らなかった
泣き叫ぶ狂乱(Lune)の和音(Harmonie) 灼けた屍肉(にく)の風味(Saveur)
何が襲ったのか 良く解らなかったけど
唯ひとつ 此処に居ては 危ないと判った
僕は一番大切な《宝物》(もの)を
持って逃げようと → 君の手を掴んだ

嗚呼…訳も解らず息を切らせて走っていた二人
欲望が溢れだすままに暴れて奴等は追い掛けてくる

( 「はっ」 「はっ」 )

星屑を辿るように森へ至る
闇に潜んだままで訳も解らず息を殺して震えていた二人
絶望が溢れだすことを怖れて強く抱き合っていた――

不意に君の肢体(からだ)が宙に浮かんだ

(「あああ…」)

怯え縋るような瞳(め)が ← 逃げ出した僕の背中に灼きついた

(「にげて、あ…」)

狂おしい《季節》(とき)を経て…少年の《時》は流転する
廻る回る《緋色の風車》(Moulin Rouge)灼けつく《刻》(とき)を送って
躍る踊る《血色の風車》(Moulin Rouge)凍える《瞬間》(とき)を迎えて

嗚呼…もし生まれ変わったら 小さな花を咲かせよう
ごめんね…次は逃げずに 君の傍で共に散ろう

(Moulin Rouge)

(其処にロマンは在るのかしら?)

『次は逃げずに 君の傍で共に散ろう』
こういう言い回し大好きだ。
なんかオレンジレンジの『花』でも似たような歌詞があったが、あれは確か『君の傍で咲きたい』とかそんな肯定的な歌詞だった。
しかし、これは『君の傍で共に散ろう』だ。もうこの微妙なニュアンスがたまらんね。
草野さんがこういうニュアンス出すのすごい得意なんだけど、それに通じるものがある。一筋縄じゃないような、そんなちょっとひねくれた歌詞が僕は好きなのだ。

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携帯の電池が段々持たなくなってきたので、そろそろ機種変更をしようと考えている。
でも、今使っているPreminiⅡは僕の中で最高傑作に分類されるほど洗練されたデザインを誇る携帯なので、そう簡単に手放したくはなかった。
少なくとも、これに勝るとも劣らない程度のデザインを持つ携帯に買い換えることは必須だと思えた。
そして、先程アホみたいな顔面をして何気なくDoCoMoのサイトを見ていたら、2月発売のD703iが僕の心にクリーンヒットした。
見事にスティックタイプ。飾らず、小さく、そして最も薄い。
機能的に少し問題がありそうだが、そんなことはどうでもいい。モバイルはデザインが大事なのだ。
よって、3ヶ月以内に機種変をするときには絶対にこの携帯にする。
現在のPreminiⅡは生産台数が少ない上にかなり人気だったために何処でも品薄状態で、姉と一緒に7~8店舗回った記憶があるので、今度もしっかりと店を回って在庫状況を確認しておくことにしよう。
出来るならば、フルブラウザがついていたほうが嬉しいのだが、まあDoCoMoだしあんまり望めない。
スケジュールとかToDoとかって、もう全部リマインダ付きのWEBサービスとかウィジェットを使って共有したりしてるから、携帯のメモ機能とか全然使わんのよな。まあメールと電話さえ出来ればいいんですけど。あと、メールは最大文字数がたっぷりあってほしい。500文字ごとに切れる仕様はもうやめてほしい。

2007年1月22日月曜日

圧倒的じゃないか我が軍は、とか言いたい

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スタクラとか戦国ランスとかしてて思うんだけど、僕は対人戦には結構ギリギリのキワドイ戦いを好むにも関わらず、それがこと対CPU戦になるとそんなギリギリの戦いをすることは恥だと考えるようになる。
昨晩Eとスタクラをしたのだが、島マップで、それはもう通常の地上戦に比べると相当難しい。
島は地上とは違って、ハッキリと領土ってのがあるから、守るにしてもそのわかりやすい境界線を守ればいいだけだし、逆にだからこそ攻める側はやりにくい。「そこを突破しないと」って言う考えしか抱けなくなるから。また、島が篭城戦に向いてるのは周知の通り。島である以上、そこに攻めうる方策は自然、3つほどに絞られる。

1:遠距離対岸攻撃
2:輸送上陸攻撃
3:空爆

1のメリットは、こちらが一方的に攻撃出来るということである。デメリットは、それだけでは勝利をもぎ取れない。つまり、その後の攻撃への「つなぎ」と言う位置づけに他ならないというところだろう。
2のメリットは、生きる前提があり、それはつまり、我軍の兵力が彼軍の兵力より上回らねばならない、ということだ。その前提があれば、輸送さえ成功すれば勝利に直結するという単純な結論に至る。が、2はデメリットやリスクがべらぼーに高い。先ず、輸送が成功するかどうかと言うところである。対輸送の策を練られていれば、その作戦は惨事を迎える結果以外を導けるわけがなくなる。スターリングランド戦線の被害を見れば一目瞭然である。次に、輸送はある単位に分けて通常行われるものであるため、輸送直後の兵力と言うのは、通常行動する隊と比べて少ない可能性が高い。現象的に見れば輸送と言うのは逐次投入に他ならない。大量の輸送を同時に完了できることが難解を極める以上、上陸したと同時に狙い撃ちにされることはほぼ覚悟せねばならず、それ故に我軍の兵力は彼軍の兵力を質量共に圧倒しておかなくてはならないという結論になる。
3のメリットは、少ない被害で最大の戦果を挙げられるというところだろうか。空には境界がない。あるのは地からの迎撃だけである。それを超えることが出来れば、それこそ本陣の重要陣地を好きなだけ蹂躙することが出来る。スタクラでは、固定砲台と言うものがあり、それがいわば対空砲台となるわけだが、これを超えられるとたまったものではない。

諸々の条件を全て互いに把握しているものだとすれば、勝利を左右する唯一の要因と言うのは「読み」に尽きる。相手がどの条件をどう生かして、どのリスクを負って行動するのか。それを裏付ける行為が偵察である。相手の行動が読める以上に、勝利により近いものは存在しない。だから対CPU戦は面白くないのだ。こっちの動きに合わせて行動を変えてくるのがわかっている、つまりこちらが一方的に条件を与えたり奪ったり出来るためだ。所詮はプログラムと言うべきか。スタクラだけでなくても、CPUの動きはほぼ全て読めるので対CPUに対しては圧倒的に勝って当然、と言う頭があるのだ。

だから僕は読み合いに頭を使う対人戦が好きだ。

『其処に浪漫はあるのかしら』

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茶汰君からこの漫画の概要を聞いて興味が沸いたので購入。
舞台は、謎の魔物が突然発生し、人類が窮地に瀕しているというガンパレっぽいもの。
人類の対魔物兵器として開発された特殊能力を持った人が、主人公の少年と少女なのだが、少女は笑顔を向けることで能力が発動し、対象を破壊する。逆に言うと、笑顔を向けた相手は有機物であろうと無機物であろうと破壊してしまうので、魔物以外には基本的には笑顔を向けることが出来ない。
と言う設定で、特殊能力を持った二人は世界を救うことが出来るのか!?みたいな話なのだが、読み終わってから、短編にしておくのが勿体無いと思った。この設定だったら6~7巻ぐらいはマンネリせずにいけそうなのに…。実に惜しい。まあ短編と言うこともあって普通にサックリ読めて面白いのでお勧め。

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学費納入すてきた。おかげで預金は空っぽさ。ハハハ。
しかし、これで学費と言う大きな肩の荷が下りたわけだ。せいせいした。実際のところ、こうしてみるとなんか金の管理に関して自信が出てきたなあ。さて、次の目標は……

2007年1月15日月曜日

『人は過誤から決して逃れられない。過てば義務の不履行を糾弾され、名誉にもとると非難される。』

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ポータル各社、「口コミ型」へ変身急ぐ――ミクシィに対抗

大手は大変だなあ。でもmixiが急成長と言うのは僕としては違和感。むしろもう頭打ちの段階に入ってきていると思うんだけどね。
一方向型情報提供から双方向情報提供・双方向交流へとほんの5年ぐらいの間にWEB2.0って言う言葉が台頭するほどの進化を遂げたわけだが、じゃあ次は何なのかって言うと、僕はリアルへの介入じゃないかと思っている。ああ、いや、この言い方には語弊があるな。ネットとリアルの境目を意識させない、と言うところかな。現在はまだまだ厳として『世界』としての違いがある。ネットを、リアルへ繋ぐ道具とするのか、リアルを扱う道具とするのか、はっきりしないことには境目はくっきり残るままだ。
インターネットユーザが、それもネットリテラシーのそこまで高くない人ほどリアルでの付き合いを求めることに貪欲と言うところ(こういうのは何だが、ネットトラブルの大半は不可抗力以上に自己責任で終わることの出来るものが多い。慢心。勘違い。)に付け込む企業は、次に『場』を提供し始める。双方向交流がここまで当たり前となってるのを安々と見逃す手もない。むしろもっと安全な形での交流を提供しようと言うのはある種必然。先ず現状を鑑みると、交流が始まってしまえばそこからは完全にユーザ任せ。オフで会おうが会うまいがユーザの自由。それがメリットになる場合ももちろんあるし、それを悪用したものがあるのもまた事実。じゃあ、そのデメリットが大きいからと言う理由が交流の妨げになっているという面もあると言うならば、そこに安全性を提供しようとする企業が現れても不思議じゃない。『社会貢献』と言う意味合いからしても、例えばとある地域、とある地方、そういう地理レベルでの結びつきを促進することは決して外聞は悪くない。しかし現状ではそれは完全にユーザ任せなので常に危険が付き纏う。『公式オフ』のような形にするしか今は道はない、と言うのもネットユーザ同士のコミュニケートが基本的にネットである以上は、それしかないのだ。…具体案もあるにはあるが、僕の中でまだ熟成されていないので言うに憚る。ぶっちゃけ言うと、出会い系サイトとの違いをはっきりさせないといけないということが問題だ。極言すると、出会い系サイトから非合法性を除去して理論武装すれば、それに勝る普遍的ビジネスなんてねーよなって思う。風俗ってのは現在じゃほとんどの人のモラルに反するけど、あれほど歴史ある必要不可欠な職業も珍しいからな。風俗を完全に取り締まって滅びた国もあったような気がするし。必要悪と言うならあれこそ必要悪だ。まあ別に悪じゃないけど。
話逸れそう。要するに、WEB3.0なんてものがあるとしたら、それこそネットワークとリアルの境界を限りなく薄くするインターフェイスじゃないのかと思う。行っちゃいけない過ちは、現状のビジネスをネットに置き換えれば、それが新ビジネスだと思うことだ。そんなことはもうインターネット黎明期に終わったんだ。
でもあれだな、WEB系エンジニアと言う道を選んだのは間違いではなかったと思える。5年ほど前まで、静的コンテンツ時代のWEBエンジニアと言うのはそれこそHPを作るだけの存在だったけど、今は違う。HPを作る以上に『仕組み』を作ることが出来る。それも、社会現象を巻き起こせるだけの仕組みをだ。これほど想像力を掻き立てられることもない。

2007年1月14日日曜日

『ほう、表現の自由は、思想の自由よりもテリトリーが狭いというわけですな。さて、自由民主同盟の自由とはどちらに由来するのですかな』

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大河ラノベ第一巻、『刀語 絶刀・鉋』読了。ボリュームが230P程度だったので2時間くらいでサクッと読めた。
相変わらず設定が魅力的だなあと思いつつも、時間がないのかどうかはわからないけど非常にラノベラノベしてるところがちょっと勿体無いと思ったり。まあ西尾維新はあの人自体そういう人だから、惜しむところでもないけど。
ていうか竹さんのイラストが非常に微妙になってきたんですが…『ネコソギラジカル』あたりからおかしくなってきたぞ。

『敗北の結果として到来する平和より、勝利の結果として掴み取る平和の方が、自分の希望がより多く叶えられるだろうと”期待”出来るからであった。つまりは、人間とは即物的であると同時に功利性を重んじる動物に他ならない』

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iPhoneが日本で発売されない理由 -閉鎖的携帯電話市場「日本」とGSM

この大変面白い記事を読んで、僕は真っ先に『鎖国』を連想した。技術的鎖国とでも言おうか。各携帯キャリアが意識しているしていないに関わらず、シェアと利益を確保することだけに捉われて、技術的・機能的には成熟したものが生まれたには違いないが、こと『拡張性』『汎用性』と言うことになると非常に薄っぺらい感じがする。市場調査をして、イニシャルコスト・ランニングコストを算出、最終的な利益が見込めるかどうかで新技術導入に踏み切ってるようなイメージがある。DoCoMoが二番煎じだといわれているのは単に『後の先』を取り、シェア的にもまだトップでい続けられる自信があるからなのだろうか。僕は、日本国内の携帯会社の現在の勢力図には、本当に鎖国的なものを感じる。

関連して、僕と同様に鎖国イメージを持った人のとあるブログに以下のような面白いリストがあったので紹介しておく。

  1. 宣教師ゲイツ来訪

  2. 鎖国強化(MSのCodecを使わないなど)

  3. 産業革命を知らずに過ごす

  4. 黒船来航(1回目 iPOD)

  5. 黒船来航(2回目 iPhone) ←いまここ

  6. 開国調印

  7. 大政奉還

  8. 武士失業


ここでは、鎖国をぶち壊す黒船としてAppleを槍玉に挙げている。
が、Appleはただ再開発を行うだけ。ただ、そのインパクトがとてつもないと言うことだ。
同日別地で開かれていたCESでの数々の次世代家電商品が、iPhone・iTVと言うたった二つの商品に話題を軒並攫われていることからも、この二つの商品が如何に桁外れなものかわかると思う。とある人は10日のことをこう言う。『世界の家電メーカーが力を合わせても、Apple一社に勝てなかった日』と。

iPhoneが日本で発売されるまで相当な時間がかかると読んでる人は多いが、その理由が通信規格の問題である、とそういうわけだが、単純に考えて道は二つある。
1:iPhoneが日本の通信規格に対応させた状態で上陸してくる
2:1の前に、日本のキャリアがiPhoneを模した携帯を発表する

2はなんか結構ありそうな話、と言うか実際にiPhoneが普及しだしたら、確実に各携帯会社は便乗しなくちゃいけない状況になるとは思うが、どうせならiPhoneが上陸する前にやっておいたほうが戦略的には上々だと僕は思うが、問題がある。OSだ。
iPhoneには、MacOSXが乗っている。これが、Appleのうまいところだと思う。MSとはまったく違うところでOSのシェアを奪還しようとしている。
日本の携帯会社はこの点をどう見るのか?国内で独自OSを400億程度で開発しようと言う国家プロジェクトがあったが、あんなのはシグマプロジェクト同様頓挫するに決まってる。大体オフラインOSを今さら開発したところでどうなるんだ。本当に何もわかってない。
Appleと提携して、既存の携帯にMacOSを載せるならばまだ賢明だと思う。が、なんとなく今の風潮からして、国内携帯企業が協賛して、『モバイルOS』なんて作らないとも限らない。Appleと対抗しようと言う意思表示に他ならないが、それに載せるのがLinuxならまだ良いが、これまた独自規格で作るなら、それはもう見限ったほうがよろしいな。