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2008年9月10日水曜日

『問題なのは、われわれが無知であることではなく、間違った知識を持っているということなのである』

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人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)
トーマス ギロビッチ
新曜社
売り上げランキング: 3861
おすすめ度の平均: 4.5
3 唯物論的立場からの考察
5 湾岸戦争の水鳥が教える物--誰がカルト教団の信者を笑えるか?
5 迷信・誤信はなぜ排除できないのかがわかります
4 日常での知性の働きを説く良書
5 人の解釈は千差万別


まだ50Pほどしか読んでないけど、目からウロコが落ちっぱなし。
一つ一つの事例・証明が示唆に富みすぎ。
ほんのちょっとしか読んでないのに間違いなく良書だと言えるこの凄さ。

迷信や誤信の発生源を、統計学的かつ心理学的に推察している。
で、もちろん統計学なんて露ほども知らない僕にとってみれば非常に新鮮なわけだ。解りやすいしね。

『スポーツ・イラストレイテッド・ジンクス』という迷信について。
この迷信は、スポーツ雑誌の表紙を飾ったものはしばらくの間不運に見舞われやすいというもの。
これを紐解いて見ると、統計学で言うところの回帰効果と言うものらしい。
回帰効果と言うのは、「二つの変量が相関関係にあり、その相関が完全でないときに、一方の変量の両端部分の値は、もう一方の変量ではより平均値に近い値と対応する傾向がある」ということらしいのだが、なんのことやらサッパリだな。
例えば非常に背の高いジョースター家の血統そのものみたいな男が10人いたとする。
その男たちにそれぞれ子供が出来れば、当然血統的に血が高い子供が生まれやすくなるのだが、その父親(一方の変量の両端部分の値)よりは、全人類の男性の身長の平均に近くなる(もう一方の変量ではより平均値に近い値と対応する)のだそうだ。
極端ないくつかの例があっても、その他の例はそれを越えることは統計的にほぼ無く、むしろ全ての平均値に近い値を取ることが多いのだ、と。
大数の法則と何が違うのか僕には明確にはわからないが、たぶん確率的なことか相関的なことかという違いなんだろう。

で、この回帰効果で何故迷信が起きるのかというと、という話だ。僕は説明がうまくないので引用で誤魔化す。
「スポーツ・イラストレイテッド・ジンクス」への誤信が、回帰効果によるものにすぎないことは、難しい統計学の理論を持ち出すまでもなく、説明できる。種種の大会ごとの、あるいは試合ごとの、スポーツ選手の成績は、不完全な相関関係を持つ。そこで、回帰効果からだけでも、特別によい成績を残した後には、平均して、いくぶんか成績が悪くなることが予想されるのは当然である。『スポーツ・イラストレイテッド』誌の表紙にスポーツ選手が登場するのは、そのときの成績が特別によかったなどの理由により、ファンの注目を集めているからである。そこで、特別な好成績を残したがために表紙に取り上げられたスポーツ選手のその後の数週間の成績が、いくぶんか悪くなりがちなのは、十分考えられることである。このジンクスを信じている人々は、「波に乗る」現象を誤信している人々と同様に、事実の観察が正しく出来なかったと言うよりも、観察された事実をどう解釈するかというところで誤ってしまったのである。多くのスポーツ選手が、『スポーツ・イラストレイテッド』誌の表紙を飾った後、成績の落ち込みを経験するのは事実でらう。しかし、そうした現象は決してジンクスによるものではなく、回帰効果に過ぎない。
と。素晴らしい!
また、回帰効果の身近な例としてもう一つ紹介しよう。
ほめることが心理学的に推奨されているにも関わらず、親たちは何故叱るのを止めないのだろうか?これも、回帰効果で説明できる。(中略)ほめられるのは、多くの場合、子供が特別に良いことをした後である。ところが、ここでも回帰効果があり、そうした特別に良い行為の後には、平均して、それほど良い行為が続かないと予想できる。それがゆえ、ほめたことは効果がないように見えたり、反対に、むしろ逆効果のように見えてしまうのである。それに対し、同じ回帰効果により、元々悪い成績の後にはいくぶんかの向上が見られる傾向があるため、悪い成績の後に与えられた罰は効果があったように感じられてしまうのである。

なるほど!ウロコ!
当たり前のことでもこうやって推察してみると、ちゃんと筋が通ってるもんだなあと思う。

もう一つ。
子供たちは、イエスと答えてもらうのだけが良い答えだ、という考えを頑固に持ち続けている。そこで、子供たちが『その数は5000から10000の間にありますか?』と質問してきたときに、『イエス』と答えてやると大喜びをし、『ノー』と答えるとガッカリする。しかし、「1から10000までの数の数当て遊び」では、どちらの答えでも、まったく同じだけの情報が得られているのである。
すげえ!
これは僕が今読み進めている「肯定と否定に対する解釈の違いによる誤信」の中で紹介されてるものだけど、確かにそうだよなあと思う。
肯定的な質問・返答は、否定的な質問・返答に比べて非常に人の理解を促すらしい。これは心理学的なものだそうだ。
それを証明する実験の一つがこれだ。
ある人物が外交的性格の人であるかどうかを判断するときによく使われる質問は、「パーティを盛り上げたい場合、あなたはどんなことをすればいいと思いますか?」というものであるという。しかし、この質問に対して否定的な答えが返ってくるはずがない。(中略)事実、この研究でも、「面接者」役を務めた被験者が選択した質問は、面接者自身が検証しようとしている仮説に合う回答が得られやすいものだった。実際にこうした質問がなされたときの回答を別の被験者に聞かせて、回答者の性格特性を判定してもらうと、質問によって判定が影響を受けることが確認された。対象となる人物が内向的性格であることを検証しようとしていた面接者が選んだ質問への回答は、内向的であることを検証しようとしていた面接者が選んだ質問への回答よりも、外交的な印象を与えると判定されることが多かったのである。つまり、面接者役を務めた被験者たちは、自分が検証しようとしている仮説を肯定するような回答が得られやすい質問をしがちであったということである。
ハッとするような実験結果だな。
そして、以前僕が誰かに言ったように、実際こういうことは現実問題結構起こっている。
特にネットで。
「痛いニュース+」を必要以上に見ていると世の中に対して厭世的な気分になるのは、まあこれに近いものがある。
それに、たとえば「自民党 腐敗」と言うキーワードで検索して、世の中の頽廃を喧伝するのも同じだ。そんなキーワードで検索したら、当然自民党の腐敗に対して否定的な主張を見ることなんて出来ないのだ。
ネットでは、検索という素晴らしいシステムを用いて、自分の知りたいことを即座に知ることが出来るけど、それはこの引用で言うところの「自分が検証しようとしている仮説を肯定するような回答」を素早く探しているだけで、その補強しようとしている仮説の正誤についてはまったく問い質されていないわけだ。そこが誤信の入り口になる、と本書は言っている。ような気がする。

まあとにかくこの本かなり面白いからとっとと読んでしまうー。

2008年9月9日火曜日

ネットブックの時代

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昨日の話になるけど、会社帰りにヨドバシに寄ったんだ。
じゃあ、随分とレイアウトが変わっていて、とても新鮮だった。

でも僕が驚いたのは、ネットブックの数の多さ。雨後のタケノコさながらだった。
EeePCから始まる一連のこの流行は、確実に新しい時代を予感させるものだ。
ノートPCがいくら小さくなったとは言え、屋外で気軽に出して扱えるほどではない。
ケータイでは通話やメールとかなら問題ないがネットをするには貧弱すぎる。

その隙間を縫った形になるのがネットブックで、これは「どこでも気軽にネット」をするには好都合だ。それに無線LANのインフラも徐々にではあるが整備されつつある。
ネットブックのスペックは貧弱だが、ネットをしたり簡単なオフィスアプリケーションをするぐらいなら問題がないらしい。むしろ、そういうライトな感じに作られている。

ヨドバシの地下をあれほど賑わせていたネットブックがこれからどれだけ世間を席巻するのか見物だ。
…元々は、途上国に対する教育目的で作られたミニPCなんだけどなあ。

2008年9月6日土曜日

『しかし考えても見てください、阿良々木さん。”世の中金が全てだ!”というお金持ちAさんと、”世の中お金じゃないんだよ”というお金持ちBさん、どちらかと言えばAさんのほうが高感度高くないですか?』

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著作権とかその他諸々の利権の関係上、ニコニコとかの動画共有サイトに上げられたTV番組が削除されるのは理屈としてはわかるんだけど、なんかなあって思う。
というのは、結論から言って「何か見たけりゃリアルタイムで見ろよ」ってことを強いられてるような感じがひしひしとするから。こちとら予定というものがあるの。
視聴者の観点から考えて、HDDとかに録画して後で見て、「これは面白い!」と思った番組をDVDとかに焼いて保存するのと、動画ストリーミングで後で見ることの違いがよくわからない。要するにそこにあるのは「リアルタイムで見れなかったものを後で見る」と「面白いものは暇なときに何度だって見る」という二つの行為でしかないからだ。だから、録画そのものが規制されたり、動画サイトの動画が削除されたりするのって、リアルタイムでしか見ちゃ駄目って言ってるようなもんじゃないのかと。
アニメなんかは、DVDの売り上げを無視して利益を上げようなんてほとんど不可能だと判っているから(だからあんな値段になる)、削除する気持ちもわからないではないんだけど、まあ後手に回ってしまっているよなという感は否めない。
コンテンツ産業はどこまで行っても広告収益と関連商品の販売でしか売り上げを伸ばせない、逆に言うと『コンテンツそのもの』には支出はしても収入はない。コンテンツ視聴のために課金をしない限りは。
アニメ・漫画・ゲーム・映画・テレビ…と、まあおよそコンテンツのほとんどは収益モデルに限界が来ているようだから、あえてここで脳が人の半分しかない僕がこれからのことを予想すると、単純に金を落としてもらおうと思うとWEB2.0的アプローチが欠かせない。ネット界隈ではWEB2.0はもう終わった的な感じがあるけど、いやいやまだまだ。
ギャルゲーのほとんどは主人公の選択肢によって展開が変わる。それをヒントに、視聴者の行動によって旧来のコンテンツの中身が変わるような仕組みにすれば面白い。
って言うのは、なんか電波少年のプロデューサーが試みてたな。視聴者がブログに書き込むコメントによってドラマの展開が変わるって言うの。あれは面白い試みだった。どうなったのかは知らない。でも慧眼だと思う。
ここで大事なアプローチは二つだ。一つは、コンテンツをリアルに近づけるか、あるいはリアルをコンテンツに近づけるか。ドラマを主人公の選択によって変化させるっていうのは、まあ平たく言って人間関係での変化に相似させれるから前者だ。後者の場合は恐らく『体験型』になるんじゃないかなと。自分のリアルがそのままコンテンツになる。電脳コイルみたいに、実際の視界に他の映像が映し出されるのは良いヒントになる。例えばお化け屋敷って今はカラクリ人形とか、ちょっと凝ったところだと本物の人間を使って驚かすって言うのが主流だけど、網膜に直接何らかの映像が投影されることになれば、自宅でもお化け屋敷的なことを楽しめるわけだ。イヤホンをつけると目の前で自分の好きなアーティストがライブをしてくれる映像を流したり。うわあ未来的。


1週間に3度飲み会があった。財布がああああああああああ!!!
1度目は会社の全部署をひっくるめた若手のみの飲み会であり、2度目は所属部署の若手のみの飲み会で、3度目は以前僕が9ヶ月ほどしていたバイトの飲み会だ。3つ目はまあ定例会とも言えるかな。
会社の先輩に「飲み会ってこんなに頻繁にあるもんなんですか?」と尋ねたところ、「少なくとも去年はこんなになかった」と言う返答。一体何があったんだ。
元々は、1度目と2度目は恐らく一緒のものだった。
しかし、仕事の都合で1度目の飲み会に参加出来なかった某Y女史の腹いせなのか、2度目を企画なされた、と言うわけだ…。
そこで会社の確執に関するいろいろな話を聞いたんだけど、うん、やっぱり社内は政治だなwと思った。
その2度目の飲み会メンバーで冬に旅行に行こうと言う話にいつの間にかなっていたわけだが…なんかまるで活動的な大学のサークルに入ったような感じがするぞ?!IT系なのに!


土曜日はP嬢とお出掛け。もとい帰省。
僕が常連になっている某坦々麺屋で昼食を取り、そのまま日本橋をウロウロ。
途中、某メイド喫茶の前で激しい呼び込みがあった。僕とP嬢の前を、いかにもオタクという感じの二人の男が歩いていて、その二人がメイドに声をかけられていたんだが、そのかけ方が問題。まさに『立ちはだかる』という感じで二人の前に身を出し、「どこに行くんですかー?」みたいな感じで詰問し、そしてそのままそのメイドの店に連れて行っていた…。
歩行を妨害して前に進めなくして店に連れていくってのは、もうメイドによる宣伝じゃなくてあれはキャッチだ。しかも道頓堀にいるホストよりもタチが悪い。ったく、いつからああいう勘違いが蔓延るようになってしまったんだ…。
と、メイドビジネスの堕落した惨状を嘆きながらゲーマーズ→とらのあな→アニメイトといつものコースで英気を養う。ゾンビ漫画が出ていたので購入した。感想は後ほど。
アニメイトではもやしもんグッズを買い漁った。メタルチャームが売っていたので2つ購入し、店を出てしばらくしてから開けると中身はB・ナットウとL・ヨグルティだった。僕の中ではB・ナットウの株が急騰中なのでそれは僕が携帯につけ、L・ヨグルティ(ゴザルティ)はP嬢の携帯につけた。ハッキリ言ってもう僕らの携帯は菌だらけである。醸されまくり。
しかしまだ醸されたりない!というワケで、K-BOOKSで発見したC・ボツリナムのぬいぐるみを購入。一個しかなかった…手の早いP嬢に取られて悔しい…ビクンビクン

日本橋を16時に辞去し、ゲーセンでグレッグル(ポケモンのキャラクター)のパペットを1500円ぐらい出してゲットして、別のゲーセンでマリカー対戦。今日は負けてしまった…ずっと優勢だったのに最後の最後でタツマキを食らってしまい、巻き返そうと思うもアイテムを取れなかったために逆転ならずだった 。・゚・(ノД`)・゚・。これで9勝10敗かー。

それからローソンへ。現在、ローソンではTheWorldOfGoldenEggsのタイアップ商品が売っているとの情報をP嬢が自供したので早速買占めに!
色々売っててワロタ。ワケのわからないセリフを吐きながら商品をまじまじと見ている様は店員含むほかの人には大変奇異に映ったことだろう…
DSCN1804
購入したのは4種類。
・ターキーレンジャーのレンジャーヌードル(左上)
・バナナシェイク(キャラの名前は忘れた)(右上)
・ローズ&マリーのアップルパイ(左下)
・コーチ、ステファン、七面鳥コンビのチロルチョコ(右下)

その後難波のSHIDAXで2時間ほどカラオケ。僕らはもう最近の歌には全然ついていけない非ヤングなので、ハイパーMOSAIC.WAVタイムを開始。
DSCN1802
キュン(゚∀゚≡゚∀゚)キュン
スキ ⊂⌒~⊃。Д。)⊃ップ
(;゚Д゚)パラレル
ポ━━━━||Φ|(|゚|∀|゚|)|Φ||━━━━ップ!!!

あ、あとエアーマンを倒せた!4/5ぐらい!一番最後のサビの「タイム連打も試してみたけど」だけ出なかったけど、他はいけた!
やっぱりずっと歌い続けてたら喉が強化されていくもんなんだなあとひしひしと感じた。それにたぶん昨日は喉の調子が良かったんだ。うん。
まあ僕の身をもって「継続は力なり」を示したので、同様にP嬢になんとか「Ark」を歌わせることを企図するも、あらまりさんはマジでパネェのですぐには無理かなああああああ

そんなこんなで晩御飯の時間になったので『卵と私』に移動して心臓に優しいオムレツを食べた。
心臓に優しいオムレツを食べながら、このあとに取るプリクラの仕込みを行った。まあ仕込みと言ってもポージングと落書きの内容と撮影の段取りを決めるだけなんだけど。
漠然とプリクラを撮るんではそこらのJKと変わりないから、やはり何かテーマに沿ってプリクラは撮るべきだというのが僕らの持論である。
テーマは主に時事ネタ(と言っても日常的なレベルで。プリクラに『あなたとは違うんです!』とか書いてもたぶん後々空しくなる)なので、
・TheWorldOfGoldenEggsネタ
・プライズゲームでゲットしたグレッグルと、K-BOOKSで購入したC・ボツリナムネタ
・よつばと!8巻発売記念ネタ
で各2枚ずつ撮ることを計画。
TWGEでは、ステファンの「はぁ…これはブラじゃなーい…大胸筋矯正サポーターだよ…」で一枚、スタントつきのレンジャーヌードルで一枚。
グレッグルとボツリナムはそれぞれぬいぐるみをドアップで撮影。そこかしこに菌をちりばめる。
よつばと!は1巻?の裏表紙の奇妙な踊りみたいなポーズで一枚、しまうーに激突するよつばで一枚。
と、入念な仕込みを済ませプリクラを撮影したところ………
歴代最カオスなものが撮れたwwwちょっとカオスすぎるこれはwwwww
プリクラに仕込みは欠かせない…そういう結論に至った。

P嬢の家に戻り、アニメイトで購入したもやしもんのパズルを作った。
組み立てているP嬢そっちのけでもやしもん単行本を読んでいると不平が飛んできたので僕も手伝うことに。やりだすとムキになってくるんだよなあ…
DSCN1811
約2時間で組み立て終了。オリゼーが敷き詰められて、模様があるようでないようなパズルだったので少し難易度が高い感じだった。まあ300ピースだから全然マシか。


6th Story CD「Moira」(初回限定版)
Sound Horizon
King Records =music= (2008-09-03)
売り上げランキング: 6
おすすめ度の平均: 4.5
5 運命は残酷だ。されど彼女を恐れるな
5 運命よ・・・これが、あなたの望んだアルバムなのか!
4 確かに凄く良いのだが
5 ハラショー!
3 聞き取れないし分からない

満を持して遂に6thCDが発売された。
9月・10月はこのCDだけで過ごすことになるだろう…!
今はまだ5周ぐらいしか聞いてないから(しかも流し)コンセプトとか世界観とかまったく把握出来てないけど、サンホラの曲はほぼ全てスルメであることがわかっているので聞いて聞いて聞きまくる!
しかし、なんかやけに色々混ざってきて複雑になってきたなあという印象。
あらまりさんの声1本でシンプルにやっていた頃に比べると、だけど。Romanに比べてもあまりに重厚になりすぎている。
つまり何が言いたいのかというと、「聞き取れない」ってことだw色んなものが混ざりすぎてる。
なんというか、「素材の全てを生かしたいが故にプライオリティを等しくせざるを得なかった」という邪推をせずにいられないな。こうなると、歌姫とバックコーラスとセリフ部隊はもっとハッキリ分けたほうがいいと思うんだ。
と、まあ批判してしまってますけど、サンホラには外れはスピッツの半分ぐらいしかないと思ってるので、なんだかんだで後々になると「Moira最高」って意見になるだろう。
ハラショー!


ゾンビの定石であるところの『ショッピング・センター』が出てきた。なんでゾンビとショッピングセンターってこんなに相性が良いのかというと、ショッピングセンターが『何でも揃っているところ』のため、外にいるゾンビを締め出してしまえば楽園の一丁上がりだから。ショッピングセンターにあるものを独占してそこで好きなだけ暮らせるという妄想は、周囲が地獄であればこそ輝くものである。死と生の対比を極めて現実的なレベルで対照させる。だから、ゾンビとショッピングセンターは相性が良いのだ。
しかしながらショッピングセンターは広いながらも有限な空間である。もっと言えば上記のような状況では閉鎖空間である。物理的な制約からは逃れられない。
食料はいつか底を尽き、尽く前に腐敗もし、娯楽にも飽きが来、電力や水道などのインフラも地獄から供給されている以上はいつ止まるかわからない。
その時点から見れば極楽に見えても、それは一寸先は闇の状況でのスポットライトの当たった舞台でしかない。
「なあユリアン。物事ってやつは最初のうちはなかなかうまく運ばないものでな。」
「時間がたつと・・・?」
「だいたいは、もっとひどくなる。」
と言うやつだ。時間の経過が事態の収束を生むのか、状況の悲惨を加速させるのか。
この漫画では後者でしかない。一応、超絶望的な世界を描いているから。
ゾンビ映画のセオリー通りに展開しているため、ゾンビ通の僕からするとこの先が非常に心配なところではあるが…さてどうなるか。

2008年9月1日月曜日

生物毎に違う時間の尺度

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「ハエたたきが当たらない」その理由が判明
僕が9歳ぐらいの頃、近所に住む4歳上の友達Hと遊んでいたときに言われたことがある。

H「直也、お前がいくら速くハエを掴もうとしても絶対に無理なんだ。何故かわかるか?」
僕「…ハエの動きが早いからだろ?」
H「違う。いいか、オレたちは1秒,2秒,3秒…と言う風に時間を数えるけど、それは人間の時間から数えた数え方なんだ。あいつらはオレたち人間とは生きてる時間が違う。だからスピードが速い生き物は寿命が短いだろ?その分、オレたちよりスピードの速い世界に生きてるんだ」
僕「へえー!だから人間じゃ追いつけないんだ」
H「その通り」

ってな感じの話をした記憶があって、そのことが異常に僕の記憶に残っているんだけど、この記事はそれに近いことを言ってるね。

生物にはそれぞれ寿命があって、例えば犬なんかは大体平均15~6年で生をまっとうしてしまうけど、僕たち人間にとってはそれは15~6年って言う、成人に満たない年齢なんだけど、それは僕たち人間って言う生き物の時間の尺度から測ったものであって、犬たちからしたら15~6年って言うのはそれこそ一生だ。人間の4分の一しか価値がないのではなくて、どれだけ寿命が短くても生まれてから死ぬまでは等価だ。
犬たちは、僕たち人間が一体何年生きるのかと言うことを知る由もない。

2008年8月31日日曜日

ハイパー賢者タイム時における睡眠欲抑制の困難さと全身を包む虚無感と倦怠感について

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デオキシリボ・ニュークリエイク・アシッド的ミクロな観点において約1億人の大虐殺を行った後に平然としていられるほど人間は図太くは出来ていないのである。いくら自分を正当化してもその事実は変わらないのであり、しかしだからこそ「ふぅ…これでリフレッシュした」などと言う、まるでどこぞのベジータのように「さっきまでのオレと今のオレは違う」と言わんばかりに暴力的な気分転換にすら利用するのである。
虚無感はそれに付随したものであり、日常から犯罪心理学にまで幅広く見られるいわゆる「後悔」と言うものである。何を悔いるのかはよくわからないが、オレンジ☆レンジで言うところの「セイシをかけたまさに決闘(笑)」だろう。
2歩下がって3歩進むのが人類の歴史であり、だからこそ偉人は死してから名を馳せる。進み続けるのが歴史ならば開花させられない才能などないのだ。
それは常に政争と嫉妬の繰り返しである。そして今巷で流行になっている「鈍感力」に始まる「○○力」というやつが普遍的にも核心に存在してきた証拠にもなってきた。
幕末という短い激動の時代に偉人が犇いていたのは、黒船の到来によってハイパー賢者タイムの機会がダントツに増えたおかげで怜悧な思考能力を時代にぶつけることが出来た人が多かったと言えよう。
翻って現代、情報化の波に晒された僕たちゆとらーはハイパー賢者タイムの力をどれほど借りても処理しきれない情報量に常日頃悩まされており、むしろその処理による疲労感と倦怠感が相乗されたことで、余計に効率が悪くなっていると言う有様である。これではいくら怜悧な思考能力を有していようとも、人間一人が出来ることには限りがあるということをまざまざと見せ付けられるだけである。
民族的に曖昧なものを好む僕たち日本人は、0か1かと言ういかにも情報処理的な判断を嫌い厭う。だからこそアルビン・トフラーの言う「第三の波」にいくら揉まれても、世界の先進国の中ではダントツの生産性の低さを誇るのだ。しかし、民族性というのはどうしようもないものだ。はいそうですか、じゃあ明日から0か1の判断をしますと言ってすぐに人格を変えられるようならば、全ての精神科医は今すぐ廃業だ。
ではどうすれば良いか。
先ず問題を分析する。
差し当たっての問題は「先進国なのにどうしてぶっちぎりで生産性が低いのよ!」というものだが、この表層的な原因は「ITに対する産業構造改革の失敗」と言う一言で表すことが出来る。
しかし、この原因を掘り下げていくと非常にComplecatedだ。国民の問題、企業の問題、マスコミの問題、政治家の問題、外交の問題…構造的な問題だけに、掘り下げて議論するのは容易ではないし、試みたところで無益なものになるのは連日報道されている空回りの空論を見てもらえればお分かりだろう。
そして、トップダウンの改革が先ず誰も期待していないことは日本の政治構造を見れば一目瞭然なので、残すところはボトムアップの改革というわけだが、これがまたトップダウンより難しい。なにしろ皆でやっていかなきゃいけないわけだから、いくらまだ少しは国民側に近そうな橋本知事が「マジ大阪維新ッスよ。地方分権勧めまウィッシュ」と煽ったところで、ハイパー賢者タイムと情報処理のダブルパンチで疲労している会社員たちは「そんなことしてる暇ない。忙しい」とワケのわからないことを言い出して終了だ。かくして夢物語は綴られ、出版物が残るだけの結果となる。
だから先ず改造すべき核心はその「そんなことしてる暇ないぐらい忙しい部分」である。最も、逆に、提起された問題であるところの「生産性」が上がれば忙しさは若干或いは飛躍的に軽減されるのだから、これはタマゴとニワトリの問題に相似するものなのだが、現実的に考えると会社員のほうをどうにかするほうが先だと言うことは解る。
北欧諸国が軒並み高い水準で成功していると言うのは別に政策が成功しているわけじゃなくて、単に時代に即した教育が奏功したと言うだけの話であるので、それを見習うならば余計に何とかするのは教育構造の方だということが解る。だけど政府の高官たちは「そんな北欧諸国を見習いましょうよ」とは言えない。個人に任せる部分が多いからだ。トップがボトムアップを期待するのはアリだとは思うが世論は許さないだろう。ゆえに僕たちゆとらーが空気を読んで勉強したりして少しでも地盤から固めて行くような努力をせねばならないんだけど、日本ほどの縦社会になると、年功序列のクセが抜けきらない年配の方々が「若者は黙って10年ぐらいは泥のように(笑)仕事してろ」と言う風になって政治的に撲殺してくるので、若者は持ち前の頭脳の柔らかさだとか時代に即した価値観に基づいた発想をしにくいわけだ。という理屈なわけで、僕たちは自分たちの裁量権の無さに愕然としながら、『秒速5センチメートル』で言うところの「日々弾力を失っていく生活」を余儀なくされるのだから世の中は理不尽なもんだ。

さて、前置き終わり。

今週号(先週号?)?のヤングジャンプのGANTZ読んだ!ぬらりひょん編の採点が遂に始まったね。道頓堀がえらいことになったけど、あの辺の人は商い魂がすごいからあんなになっても翌日から営業すると思う。「マスコミが来るから人もようさん来るわー!」みたいな。
まあ各人の点数は予想通りだけど、パンダが風より高い点数だったのが面白かったwwww僕は個人的にはいつの間にかスーツを着用してしっかり皆についてきてたパンダをひそかに応援してたけど、あんな点数を稼げるほど敵を倒してるとは思わなかった。一体どうなってんだ…。
んで、西君の点数からするとやはり、天狗のトドメをさしたのは西君っぽいな。いいとこ持っていきそうだもんなあ、あの子。西君が100点取ってGANTZの住人じゃなくなると女性読者が激減しそうな悪寒。まあ西君のタイプ的には強い武器を選ぶだろうけど。

ホストさむらいは非常に好きなキャラなので、今後も成り行き上の味方として活躍してもらいたいな。
何故好きなのかというとあの回避率の高さだ。何しても当たらねえwwwwタバコも咥えたままだし、超クール。
そしてなんと言っても、ホストさむらいの繰り出す斬撃は、ほぼ「切った後」だけが描かれているところがカッコイイ。振りかぶり、振り下ろすシーンがまったく描かれないのだ。僕もGANTZに送られたらソードを使いたい。
キルビルはどうでもいい。


昨日は両親が小旅行に行ってしまっていたのでP嬢に飯の世話をしてもろた。大雑把が服を着て歩いているような僕は一人だとジャンク・フードに走ってしまう。
ちょうど昨年も挑戦したハンバーグ。今回は僕は一切料理に手出ししなかった。買出しぐらい。P嬢も2年半ぐらい前にHANDSで一緒に購入したメイドの格好になって形から必殺料理人になりきっていた。当時はニーソを探すのも随分店を探し回ったものだが、今やどこでも見られるようになってけしからん。
昨年のハンバーグはやけにドデカイものが出来てしまっていたんだけど、今回はその反省も踏まえて少し小さめのハンバーグを2つ。表面はコンガリ焼けていたし、中にも火が通っていたんだけど、何故か妙に柔らかかったwだけど美味しかった。タマネギのみじん切りをボールに入れたものにバターを少し加えてレンジでチンするのって最高の味付けだとおもた。



よつばと! 8 (8) (電撃コミックス)
あずま きよひこ
アスキー・メディアワークス
おすすめ度の平均: 5.0
5 とーちゃーーん!
5 気がつくと本棚にない
5 しあわせな気持ちになれるマンガ
5 「よつば」という目線で繊細に描かれた日常。
5 こどもとおとな

P嬢が購入したので読ませてもろた。今回も雰囲気が神漫画。
化粧してるみうら可愛いよ化粧みうら
恵那様>>>>みうらたん>>>>しまうーちゃん>>ジャンボ殿>(越えられない壁)>>>あさぎ>>やんだ>>風香>>以下同順

変身 (講談社文庫)
変身 (講談社文庫)
posted with amazlet at 08.08.30
東野 圭吾
講談社
売り上げランキング: 5210
おすすめ度の平均: 4.0
2 東野圭吾にしては凡作
5 切なかった
4 初めて読んだ東野作品(ネタバレあり)
5 初めての感覚
4 ぞくぞくしました


スピッツの歌詞で言うところの
美人じゃない 魔法もない 馬鹿な君が好きさ
途中から変わっても 全て許してやろう
『脳』の部分移植によって徐々に人格や意識が変化していく様を描ききった名作。
元の人格が失われることを恐れながらも、「こんなことは今までの自分ならありえなかった」程度にしか認識できないために止められない。
自分の記憶すら他人の経験を聞いているだけのような感覚になり、実感がなくなる。鏡を見ても自分のことを認識出来なくなる。
切ないのはやはり主人公との恋人とのことであり、その恋人が綴る手記がまた良い。雰囲気も趣味も趣向も、そして描く絵すら変わっていくのを見ていくのはとても辛い様だ。
しかし彼の変身を止めることは出来ない。自我崩壊に陥る前に主人公はある決断をし、非常に切ないラストを迎える。

鳥肌が立つようなセリフや展開と言うのは小説を読んでいると時々あるが、グッとくるのはそうそうない。
最後の展開でグッときたが、久しぶりの感覚だった。展開としてはまあこのテの内容にはありきたりなものなんだが、何故かグッとくるのは淡白ながら感情移入の容易な文体のおかげだろう。

2008年8月24日日曜日

まだ怒りに燃える闘志があるなら 巨大な敵を討てよ 討てよ 討てよ

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なんぞこれwwwwwwwwwwwwwwガンダムはガンダムでもアクション的にGガンの域wwwwwwwwww
やべえ面白すぎるwwwwどこのデパートの屋上でやってるんですかwwww生で見たいwwwww


そんなことより、すごいことに気付いてしまった。
ナポリたんと言えば、イタリアのナポリの擬人化なのかそれともパスタのほうの擬人化なのかわからない。

宇宙を平和にするためには、帝国と無益な 戦いをつづけるより、まずその種の悪質な寄生虫を駆除することから 始めるべきではありませんか」 「寄生虫とは我々のことかね」 「それ以外のものに聞こえましたか」

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先日の血液検査の結果、正式にスギ・イネの花粉症だと言うことが発覚。冬以外は鼻が辛い人生の幕開けとなった…orz
そして、2ヶ月程前から時々起きていためまいは恐らく眼精疲労から来るものだ。調べてもらった結果、レンズの調整力が弱まっているとのことだから、たぶんその関係でめまいが起きるんだろう。生まれてたぶん初めて(もしかしたら幼少時に1度行ったかも知れないが…)眼科に行ったわけだが、いくつかの検査で結構色々解ったりするんだなあ。視力は若干落ちてるとは言え、視力検査で読む文字は上から下まで全部読めた。左目で一番下のひらがなを読むときにぼやけていたからたぶん間違えていて、たぶんその所為で左目視力が1.25判定されたけど。
僕は元々遠視気味らしくて、近くのものを見るときは目に負担をかけているらしかった。逆に言うと、だから視力検査なんかはお手の物なんだけど。その負担が視力低下を自覚すると言う形で顕在化したのは単に職業的なことと年齢的なことらしい。しかも、それらいくつかの要因が重なって、涙の成分のバランスが若干崩れてしまっているらしかった。涙は3種類ほどの分泌物で構成されているらしい。

レンズの調整力を回復する目薬と、涙の分泌量を正常に戻す目薬を処方してもらったおかげで、そのおかげでなんとなく目が楽になった気がする。意識的に遠くを見るようにもしているし。まあ最悪本読んだり仕事するときはメガネを装備してメガネ男子ならぬメガネ紳士(年齢的に、こう言っても許される歳だろう?)としての道を歩むことになるが、それはまた後々の話…


知識は本とかで補えるけど、技術はやらなきゃ身につかない。
でも、仕事で身につく技術ってのはやっぱり偏りがある。それが専門性と呼ばれるものなのは承知してるけど、個人的にはもっと色んな技術を身につけたい。
機会の損失だなんて大袈裟なことを言うわけじゃないけど、やっぱり会社に入ると自分のやりたいことが出来なくなると言うのは真理の一面をついてる。
でも僕が思ってるやりたいことってのは何かに限った話じゃなくて、要するに「どんなものにでもすぐに飛びつける機動性と柔軟性」ってやつで、つまりは学生のような気軽にチャレンジ出来る環境と心を持ち続けたいって言うことだ。でもそんなもので金儲けをしている企業なんてどこにもないし、チャレンジングなスピリッツはむしろ研究行為と言う形で注ぐべきもののあるようにも思う。
コンピュータ・サイエンスはこれから益々重要になってくる科目であると思うから、通勤時間を上手く使って勉強とかしていきたいんだけど、社会人になって思うのは、広範な知識を学ぶには時間がなさすぎると言うこと。何かにターゲットを絞っていかなきゃいけない。
学生時代は「これからはデータベースとネットワークの時代だ!」と漠然と思ってたけど、今はあんまりそうは思わない。DBとネットワークがインフラになるから必然的に重要度が増すのは今でもわかるのだが、今はどちらかと言うと「そのインフラに何を乗せるべきか」ということに興味が強い。
んで、大抵の場合、インフラの上に乗せて「イノベーションだ!」と騒がれるのは異色の組み合わせであることが多い。
そういうことを考えるだけでも楽しい。

そういえばこないだ、なんかのコラムで、日本社会のIT化は遅れてるってことを遠まわしに揶揄する形で、
あなたは今月、会社でオフィスソフトとメール以外のITソフトウェアを使用しましたか?
ってのがあったwなるほど、と思ったねw
確かに書類をオフィスソフトで作成してメールで添付して、って言う「取引の電子化」は進んだけど、IT化が進んだとはまだいえない。むしろ電子化が進んで手間ばかり増えていくってのが現状らしい。
何故そうなるかというと、せっかくPCなんて言う素晴らしいものが普及したにも関わらず、業務自体に何の変革も見られないからというのが総論。既存の業務を電子化してるだけで、業務自体を変えてるわけではないからだと。
まあそれは思うけどね。
でもここまで来ると、後は使う側の問題と僕は考える。リテラシーに全てを落ち着けるわけじゃないけど、道具の使い方ぐらいは知っておくべきだと思う。
10年前ならいざ知らず、今「コンピュータには弱くって」なんて面接で言ってたらどこも通らない。もうそういう段階じゃない。


グラスホッパー (角川文庫 い 59-1)
伊坂 幸太郎
角川書店
売り上げランキング: 4458
おすすめ度の平均: 4.0
5 ファンになりました
2 主人公に思う
5 読みやすく、不思議なキャラ達だった。
3 追いかけっこ 
1 それでも・・・

2人の殺し屋と1人の復讐者の3つの視点から描かれた一人称小説。
これまた伊坂さんの小説を短期間で4冊ほど読んだせいで食傷気味なのか、同じような疾走感を持つ『ゴールデンスランバー』ほどの面白さは感じられなかった。
ただ、『ゴールデンスランバー』の前にこれを読んでいたならばきっと、感想は逆転していたに違いないと思う。要するに前後の問題だ。

この小説で一番心に残る台詞というと、まあ間違いなく何度も主人公が繰り返していた
僕は君のために、結構頑張ってるんじゃないかな?
やるしかないじゃない。君の言う通り。

だろう。何と言うか、何の変哲もない台詞の癖して妙に元気の出る言葉だと思う。

『押し屋』という正体不明の殺し屋を巡って交錯する3人の物語を描いた小説だが、登場人物のキャラが立ちすぎて伊坂さんらしい。
殺し屋の一人は『罪と罰』を常に携帯して事あるごとにラスコーリニコフが投影されるし、殺し屋のマネージャーである男は『ジャック・クリスピン』という歌手の言葉を借りないと喋れないし、もう一人の殺し屋は何よりしじみの砂抜きが好きだし、とにかく誰も彼もが個性的すぎて読んでいて楽しい。
でもキャラクターが立ってる度合いで言えば『ゴールデンスランバー』が一番だと思うから二番だなこれは。

それにしても、伊坂さんの小説を4冊ばかし読破したわけだが、『死神の精度』は異色だと思う。今から思うと伊坂さんらしくない。でも好きだけど(゜∀゜)

分身 (集英社文庫)
分身 (集英社文庫)
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東野 圭吾
集英社
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おすすめ度の平均: 4.0
4 怖かった
5 面白かった
4 何が二人を結ぶ?
2 単純、あっさりミステリー
5 面白かった

テーマが面白い。クローニング。しかもそのクローンの作られ方まで無学者にも解り易く書いてあるので、サクサク読める。
こういう医療による倫理への背徳に関するテーマは、何度目にしても人情的に切なくなる部分が多々ある。
二人のヒロインは年が1歳違うがまったく同じ姿形をしている。生きてきた人生がまったく違うため、お互いの存在を知ることはなかったが、ひょんなことから謎の包まれた自分の出生を調べることをほぼ同時に決意する。
北海道と東京を舞台にした小説だが、それぞれのヒロインの視点で秘密が次々に明かされていく展開は技巧的と言わざるを得ない。展開には無駄がなく、これ以上推敲したところで1ページも増えないんじゃないかと思えるほどに隙がない。そのあたりはさすが東野圭吾と言ったところ。

2008年8月18日月曜日

『ビッテンフェルトは確かに強い。戦いが始まったとき、優勢なのは奴の方だろう。だが、最後に立っているのはおれさ』

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忙しかった盆も終了。また仕事の日々が始まると思うと憂鬱になるけど、この盆みたいな日々が毎日続いても体力と資金が持たないだろうと思うので、バランスを取るために仕事もしなきゃいけないのが現実というもの。

さてさて13日。世間では既に盆休みに入っているところが多いが、僕の会社は出勤日だった。とは言っても別段休日が絶対的に少ないわけじゃなくて、年間休日は122日とそれなりなのだ。まあ今年はたまたまなのかも知れない。よくわからないけど。
とは言え「今日を乗り越えれば盆連休!」という気概で持ってテンションを上げることが出来たので、乗り切ることは苦ではなかった。あっという間に定時になり、退社。

そして待ちに待った理系組の飲み会。

難波に着いたのは19時だった。先に着いて一杯やってる彼らに連絡を取り、道順を教えてもらう。20番出口を出れば近いらしい…ふむ。駅地下の地図で20番出口を発見し、言われた通り進んでもそれらしき店が何も見えない。どういうことだと思ってまた電話してみると、見当違いの方向だったらしい。ジーザス!僕が道を間違えただと!?
再度電話。やっぱり道は合ってた。だが何故…。ひとまず20番出口まで迎えに来てくれることになり、20番出口へ。
電話。お互い着いている。なのに姿が見えない。となると……もう一度地図をよく見る。なんと20番出口が2つ存在していた。正確には、市営地下鉄としての20番出口と、難波WALKとしての20番出口だ。
もう一方の20番出口に早歩きで向かい、店に着いた時には19時半だった。
子持ちが一人またもや不参加で残念。全員揃うのはいつになるだろう。

僕らの席の周りには、学生ばかりが集まっていた。合コンなのか何なのかはよくわからないが、とにかく僕らはショッピングセンターを歩くターミネーターぐらい目立っていたように思う(年齢的な意味で)。
しかし、僕らは四捨五入さえしなければまだまだ20台。
だからデザートにこんなものまで食べちゃう。
スイーツ(笑)
6人で食べるように設計されたタワー・オブ・スイーツ。これもコースの一環だった。てかこれも含めて、あれだけ料理があって3000円ポッキリは相当安い。良い店を教えて頂いた。最も、僕が来たのは開始1時間後だが… 。・゚・(ノД`)・゚・。

話は馬鹿話が8割強を占めているものの、皆ほぼ順風満帆な人生を過ごしているようだったというのは感じられた。そこまで悲壮感に見舞われているような奴はいない。それなりの目標を持ち、それなりの生活をしていた。「そう、あの時が来るまでは…」と言う但し書きがいつか付くときが来るかも知れないが、せっかくの穏やかな人生に逆接の接続詞をつけることはないと思うのでこれからも長い目で物事を熟慮してその都度判断していきたいところ。

1件目の店の清算を済ませて、2件目へ向う。楓は風邪を引いていて高熱が出ていたので帰った。そのほうが賢明だ。というよりは、そんな高熱でも来ると言う気合に敬意を表したいところでもある。
2件目は空目のお勧めの店である。名実共に立派なマッドサイエンティスト学者である空目の高尚な繋がりの中で知った店らしかった。地下にあるその店の中には小さな川が流れていて、小さく作られた橋を渡って席へ向うという小洒落た作りになっていた。客は僕らのほかにはいなかった。貸切状態うめえwwwwwww日本酒もうめえwwwwww店員さんもかわええwwwww
新潟の日本酒って全部甘いと思ってたんだが、そういうわけではないんだな。やっぱり作り方に依存するもののようで、少なくとも空目の飲んでいた富山のやつはめちゃくちゃ甘かった。
鯵の造りを注文すると、活け作りがきた。まさにおろしたてって感じで、口をパクパクさせて生きてた。活け造りを食べるのも久しぶりだけど、なんかこの年になって見ると結構残酷なもんだな、と思ったりもするけど、そう自覚しながら食をするのがある意味正しい姿勢なんだろうな。何かを殺して食って生きていく。だから海の『幸』、山の『幸』という言い方がある。『魚は食べるもの』と思っていればありえない発想だ。魚も同じように生きてんだから。
日本酒を飲みながらの2件目の宴はあっという間に終わった。いつものことだが、楽しい時間は速く過ぎる。アインシュタインも、相対性理論についてこう嘯いていた。
綺麗な女性と一緒に座っていると1時間が1分のような感じだ。
でも、ストーブの上に座ったら、1分が何時間にも感じられる。これが、相対性理論だ。
残念ながら僕が一緒に座っていたのは綺麗な女性ではなかったけれど、相対性理論のニュアンスはしっかりと体験できたように思う。
駅に向う途中でひっかけ橋を通ったときに僕が掠に「おい、お前ならGANTZ読んでるよな?」と聞くと、それが聞こえた初号機が「ギョーン!ギョーン!」とXガンを打ってきたので、Hガンで応酬した。そしてそのまま他の皆置いてけぼりでGANTZ話。きんにくらいだー!!
そうして駅に着いたのでさよならバイバイ元気でいてね。また会おうと言った道の上。次の定例会は年末だ。

帰宅すると0時だった。
僕同様、他の皆もそれぞれに予定と言うものがあるようで、リア充してた。

朝は7時に起床した。それが習慣なのか、あるいは時間を気にしていたからなのかはわからない。とにかく、予定していた時間より1時間早く目覚めたのでゆっくりコーヒーを啜れた。
そして午前10時に近所のトヨタレンタリースに行き、NOAHを借りた。
レンタカー(NOAH)
昨年、僕がP嬢と一緒に自動車教習所に通い始めたのは9月中旬の事だった。それから3ヶ月かけて免許を取ったので、僕はまだ免許取得から8ヶ月しか経っていないと言うペーペーである。一応週末は少しでも運転しようと心がけているのでペーパードライバーではないがペーペードライバーではある。全然うまくねえよ畜生。それにしてもそんなペーペー具合でレンタカー、しかもNOAHを借りるのは中学1年生が数Aのチャート式を解くような飛び級具合だった。だから当然助手席に座るDの気持ちは解らないでもない。
しかも最新式の車に乗るのも初めてだったため、最初はフットブレーキの位置すらよくわからなかった。進んでるなあ最近。

それから2時間半ほどたっぷりかけて、大阪は堺市から奈良は斑鳩まで移動しながら、E→空目→楓→戯言遣いと順番に拾っていった。
楓の荒っぽい運転をしてEが評したところ

E「楓にとって、カーブは曲がるものじゃなく攻めるもののようだな」
E「また、サイドブレーキは駐停車のためではなく車を滑らすためにあるようだ」

と名言を吐かれた。なるほど、言いえて妙だ。他にも、色々な名言が車中で飛び交った。
文系組の会話はこういう言葉遊びが非常に多くて楽しいから困る。
最後に戯言遣いを拾った時点で12時半を越えていたので、飯にすることにした。近くのマクドへイン!
マクドで昼食を取ったあと、コンビニで道中に車中で食べるお菓子を購入することに。
ジャンケンで負けたやつが1000円を出すことにして、合計3000円分購入しようと言うことになった。つまり、6人中からジャンケンで3人、不幸な奴を出せ、というわけだ。
ジャンケンという時点で僕は心底嫌だと思った…何故なら僕はジャンケンがありえないほど弱いからだ。学生時代、掃除グループをジャンケンで決める時にグループメンバーから批難を受ける結果に終わったことは5度や6度ではない。
で、案の定僕は敗者グループに…仕方なく1000円出した。計3000円が集まった。
しかしながら、レジで支払った金額は4000円だった。買いすぎワロタwwwwジュースとお菓子だけで4000円とか一体何買ったんだよ…と思わなくもなかったが、まあ別にどうでも良かった。

車で走ること2時間。遂に琵琶湖大橋を渡った。
琵琶湖大橋を車上から臨む
そして、僕らがこれから宿泊するコテージに到着すると、もう風呂に入るチャンスはないように思われたため、先に入っていくことにした。駐車場で、クラウンアスリートに乗っていたおっちゃんが駐車しては走り出してそしてまた戻ってきて駐車して、と言う奇行を繰り返していた。ガソリンを無駄に減らして誰に何の得があるのかご教授願いたかった。
比良トピア
新しい感じの店で、非常に良かった。恐らくキャンプ帰りの客だろう、家族連れが多かった。しかし、小さい女の子を男湯に連れ込む父親というのはどうなんだろうと憂慮せざるを得ない。一部の人が喜ぶではないのかと言う危惧がすごくある。

風呂を出ると、すごい豪雨だった。雨が降るとは耳にしていたが、これは天気予報の言う雨ではなくて完全に最近流行りのゲリラ雷雨じゃないか…。
立ち往生してても仕方がないので、車に乗り込んでキャンプ場へ。ここからだと3~40分程度で着く。地図で言うとこんなもん。

大きな地図で見る
道はほぼ一本道だったため楽だった。途中、平野の向こう側の山に、数本の稲光がハッキリと視認することが出来た。ライチュウ怖いよライチュウ100万ボルトピカーッ!
しかし、キャンプ場に着く頃には雨はほとんど止んでいた。小雨程度だったので良かった。
管理事務所で手続きをして、コテージへ……
コテージというのもおこがましく思えてきた。格安だから仕方ないとはいえ、これはコテージというより小屋だ。写真は残念ながらない。
小屋に荷物を運び、駅前まで車で行って買出しを行うことにした。夜を共にするお菓子・酒のアテ各種と、ジュース・お酒類だ。あと蚊取り線香も購入。
道中、こんな自販機があった。
自己顕示欲の強い自動販売機
うむ、そんなこと書かれなくても見れば解る。誰かが設置するときに「これ裏から見たら何かわからんのちゃうか?!」とか馬鹿なことを言ったんだろうか。だとしたら喉の渇きを訴えている消費者を馬鹿にしている。
必要な物資を買い込み、小屋へ戻り、晩飯の支度にかかる。いつでも主夫になれそうな戯言遣いがいたため、料理は非常にスムーズだった。ちなみに僕は家事一般はほとんど出来ない。

BBQ+アルコールをしっかりと楽しんだ後、小屋に戻って、本日集まったメインイベントを開催することにした。

メインイベントとはもちろんトランプのことで、僕らはもうなんだかんだで約6年ほどこうして続けている。もはやライフワークだ。
トランプをするためにスキー場まで行ったり、今回みたいにキャンプに来たり、あるいは長野県に避暑に行ったり、行動的であることには変わりは無いのだがやってることが非常にインドアなのは無論突っ込むべきところではない。そんなことはもう6年も前から解っている。

けれどもこうして飽きずにトランプをし続けることが出来ると言うのは、まあ年2回と言う稀有なイベントであるのと、トランプゲームが究極のゲームバランスを持つゲームだというところに起因する。
僕らが行うのは主に『大富豪』『ポーカー』『ブラックジャック』『インディアンポーカー』の4つだが、いずれを取っても何時間やっても飽きることがない。ここに集まったのは皆稀代の負けず嫌いばかりだし、トランプでは頭を使わないと負けてしまう。だから必死で頭を使うわけだが、それでも必勝法の存在しないトランプゲームに時には裏をかかれ、時には思い通りに行くため、まるで麻薬のように僕らを魅了するばかりなのだ。

それぞれのゲームについての説明は省略するが、とにかく午後9時から午前3時半までみっちり6時間半ほどトランプで夜を過ごした。
特筆すべきは大富豪のルールを少し改訂したところだろうか。
大富豪は期待値だけで見るとローリスクローリターンのゲームだ。いくら都落ちが存在するとは言え、6人ゲームで3枚カードを交換する超富豪が負けることは大富豪がよっぽど強いか、何かの間違いで革命が起きたときのみだ。年季の入った僕らにかけては、超富豪に登りつめて自滅することなどほぼありえない。しかし一番安泰なのは実は大富豪で、都落ちもなければカードも2枚交換出来るし、妙な野心さえ抱かなければ余裕で2位の位置を維持できるポジションなのだ。
翻って、悲惨なのは貧民以下で、革命でも起きない限りそうそう勝つことは出来ない。
手持ちのカードがどうしても弱くなるために、「大富豪が上がった段階で呼んでくれ」と不貞寝に走ることも珍しい光景ではない。
であるので、ゲームとしては割かし偏りがちになってしまうのが問題であった。超富豪にとってはローリスクハイリターン、超貧民にとってはハイリスクローリターン、総合バランスを鑑みると結果としてローリスクローリターン、それが僕らの大富豪だった。
その点、ポーカーやブラックジャックは基本的にはカードの『引き』に全てが左右されているため、どれだけやっても極めつけて運が悪くない限りはそこそこ良いバランスに帰着するのだが、大富豪だけは勝ち負けがハッキリする。少なくとも、経験的には大富豪と富豪は最も維持率の高いポジションだ。つまりそれだけリターンがゲフンゲフン!

というような理由で、僕が「大富豪をもっとローリスクハイリターンなゲームにしよう」と提案し、それについて戯言遣いやEが率先して案を出してきたので、それを実行することにした。
(僕らの長所は、どんな馬鹿げた提案でも真面目に考え、それを実現することだ。この能力をもっと別の方向に向けていたら…と思うのも6年前から皆が思っていることだ。もちろん、それは理系組にも共通する。)

結果から言うと、それは『縛り』だ。
先ず、従来では僕らは以下のルールで大富豪を行っていた。

1:8切りあり(8が出されるとカードを流せる)
2:都落ちあり(超富豪が1位になれないと超貧民になる)
3:階段なし(出せるのは単体かペアのみ)
4:JOKERは3のカード3枚で返せる(JOKERで確実にカードを流せなくなった)
5:JOKERで上がるのは禁止(単体が出ると確実に上がれるようになるため)

この5つのルールでは、超富豪を抑えることはどうしても難しいと判断した。
はじめは、回る順番等を固定する方法も考えた。しかし、それでは結局同じことだという結論になった。
いくら最初に超貧民がカードを出せたところで、弱いカードには違いがないため、どの道超富豪の順番になったときにハイパージンバブエタイムが訪れることには変わりがないからだ。順番だけでは番狂わせは起こせない。
そこで出た案が『マーク縛り』だ。あの空目も手を打って「マーク縛りは究極の番狂わせだ」と言った。
僕はマーク縛りについて知らなかったので教えてもらう立場になったが、聞けば聞くほどなるほどと唸ってしまうルールだった。
そして実際にやってみたが、現実に超富豪を2回以上維持出来ることは不可能だった。
かくして、

6:マーク縛り

のルールが追加されたのだった。
マーク縛りの要領は簡単。
例えばハート3→ハート4と言う風に出すと、それ以降はハート以外のマークを持つカードは出せない、という縛りだ。これはかなり有効に作用する。
一度でも縛りを発動し、そのマークを超富豪が持っていない場合、どれほど強い数字のカードを持っていたところで超富豪が出すことは敵わなくなるからだ。しかも、出せない時点で弱点が発覚する。上がらせないためにはそのマークで縛れば良いのだ。
畢竟、大富豪が超富豪の位置を狙いやすくなり、都落ちが起きやすくなり、地位が変動しやすくなる。

そのルールが追加されたのが約午前3時。番狂わせが頻発してゲームバランスが非常に取れたことに喜びを覚えたものの、睡魔が優しく囁いてくる現実に変化はない。
しかも、翌日は超体力を使うラフティングと帰宅が控えているため、仮眠を取ることにした。
しかし仮眠を取るために布団を敷く作業で目が覚めてしまい、電気を消してもなかなか寝付けなかったので、「おいお前ら、どうせ眠くないならしりとりしようぜ。動物しりとり」と言ってカオスな時間になった。動物しりとりと言って『狛犬』が通るのはたぶん僕らぐらいのものだろうと思う。
そうしてる間にいつの間にか寝てしまっていて気付けば朝だった。外では既に幼女が琵琶湖で泳いでいた。僕も泳ぎたいが、5時間後には嫌というほど泳ぐことになるので我慢した。
空調も何もないところで過ごしたためか、じっとりとした体が気持ち悪かった。
そのため、小屋を出る準備は非常に段取り良く進み、非常にスムーズにスーパー銭湯まで辿り着いた。
近江にあるスーパー銭湯で朝風呂に入り、洗顔をしたりしてサッパリした後、通り道にあった食堂で昼食を食べ、瀬田川まで行った。これからここでラフティングだ。

ラフティングはご存知の通り『激流くだり』だ。まあ瀬田川は決して激流ではないが、ボートに乗って川を下るのが楽しいから良いのだ。しかも、ボートに乗れるのは大体6~7人。十中八九僕らは一つのボートに搭乗することになる…呉越同舟、ではないが、惨劇が予想された。むしろ、一緒に搭乗するインストラクターの人が気の毒に思えた。こんなクセの強いやつらの御守をせねばならないなんて…。
そんな不幸なインストラクターはウエンツ似の男性で、なかなかノリの良い人だったが、時々ついていけなくなっていた。

E「おい…お前ら一度泳いだぐらいで……ぜえぜえ…息が切れてんじゃねーのか…!?!??…ぜえぜえ…」
僕「いや…ぜえぜえ…まだカラオケで最初の1曲歌ったぐらいのレベル…ぜえぜえ…だから問題ない…ぜえぜえ…」
E「いつもお前は…一曲目で死んでるじゃねえか…ぜえぜえ…」
ウエンツ似「…カラオケで何歌うんですか?」
僕「スピッツです」
ウエンツ似「スピッツかよ!!!」

非常に良い突っ込みだった。でもね、スピッツは絶叫しなきゃ歌えないんだ。

色々しながら川を下った。小高い岩の上から川へ飛び込むのは久しぶりだったので面白かった。最初は横回転で行こうとしたんだけど、それはどうやら僕の運動神経では無理だったので大人しく前回転で飛び込んだ。戯言遣いは後回転に失敗して背中から飛び込んでいたwwwwあれは面白かった。後回転は結構難しいと思う。今度機会があったらやってみよう。

そんなこんなで瀬田川下りも終わり、起点となった温泉旅館でひとっ風呂浴びて再度サッパリさせ、なんだかんだで16時になっていたので帰路に着くことにした。
帰りは非常に眠くてたまらなかった。奈良で回転寿司を食べてから、往路で拾ったのとは逆順で降ろしていき、最後は僕がレンタカーを近くの駐車場に止めて、無事帰宅した。

出来ることならば、こんな強行軍にはしたくなかった。何より理系組の定例会が短くなってしまったことが残念でならない。けど、言い訳でも僕がいえるなら、各々リア充で忙しい予定の中、全国各地から集まってもらったのだから日程が詰まってしまうことは仕方がなかった…w恐らく1日ずらしただけでも不参加率が高くなっていただろうことは恐らく間違いない。2~3ヶ月前から調整していた甲斐があった。
次は恐らくまた年末年始に両グループとも集まることになると思うが、今度はちゃんとゆとりのあるスケジューリングにしたいところだ。

「社会人になると遊ぶ時間がなくなる」なんて言ったのは誰だ?僕らは今まで通りだぞ!
時間はあるとかないとかじゃない。作るもんだ。