2009年6月6日土曜日
『名も知らぬ君に気に入られようと 底のない谷を飛び越え』
それは昨日のこと。
僕が休日出勤の申請を出すと、呼び出しを受けた。どうせまたスケジュールが云々とか言う話だろうと思っていると、なんと休日出勤は禁止とのお告げだった。聞けば、どうも上の方で面倒くさいごたごたがあったらしい。
というわけで、僕は今こうして優雅にコーヒーを飲んで朝を満喫しているわけだが、その分昨日は(というより昨日「も」?まあ水曜日だけは会社を定時に出て、P嬢とハンバーグを食べてたんだけど。)遅くまで仕事をせねばならなかった。
夜、誰もいなくなったフロアで仕事をしていると、外線電話が鳴った。こんな時間に、ありえない、と思いつつも仕方ないので出る。先輩だった。「まだ会社いんの?何時に終わる?直也が来るまで飲んでるから出るとき電話しろよー」って言う飲み会のお誘いだった。仕事のおかげでいけなくなった飲み会なんだが、わざわざ待っててくれてることに嬉しさを感じた。
22時過ぎに仕事を切り上げて、そのまま繁華街へ足を運び、終電まで飲んだ。楽しかった。
会社で仲の良いグループなりが出来ると、オンオフのメリハリができるのでとても良いと思う今日この頃。
仕事に関しては、休日出勤を取り消したことが愚行だと思うぐらい大変な状況。
リーマンショック以来の世界的な不況や、新型インフルエンザなどが色々な業務を阻み、その皺寄せが今になって押し寄せている。CSRの関係もあり、社会情勢を会社活動に反映させる行動というのは、実のところ従業員からすれば負担以外の何者でもない。まあ、原因が僕の仕事が遅いという可能性もなきにしもあらずだが、これらの理由で上の人の仕事が随分手間取ったと言うのが真相だと僕は見ている。
昨日の呼び出しのついでに、僕がメインとなってやっている開発に助っ人をプレゼントしてくれると言う話になり、部署全体で人員調整を図るなどという大事になっていた。まさに恐縮の極み。だけど僕の胃を痛くした一言は、人員調整を依頼された役職つきの方の「ちょっとこっちで調整かけるわ。誰か見つかったら報告する。作業の指示は水上でいいな?」。
今でも上の人に指示して胃に穴の存在を感じてるのに、さらに指示対象を増やしたら僕の胃は決壊する。
それに、誰かに作業指示を行うということは、僕の管理する時間が増えるということであり、開発の時間が少なくなるということなので、出来れば作業支持は他の人にやってもらいたい所存。
僕のこういう買いかぶられすぎな役回りは昔からのこととは言え、社会人になってもこうだと、責任とストレスでいつか体を壊しそうだ。僕が部署の皆から「多忙だね!水上君」と声をかけられるほど多忙なことが周知になっていて、それが原因で皆が気を遣ってくださり、結果、庶務や雑用が全部先輩のほうに回っていってしまっているので、それもまたすごく申し訳なくて胃の内容物がファイナルディステネーションになるところけど、実際僕はそんなに繊細な神経してないことも歴史が証明している。
ああ嫌だ嫌だと思う割に、こういうときにポジションシンキングで自己分析とかするから精神的な疲労が見えないんだよなあ僕は。マイナスに考えてたら動きが鈍くなるから、ってのは言い訳だけど、苦境ほど悲観的にならないほうが案外うまくいくもんだというのが僕の経験則だ。なんとかなるなるななおなる。
2009年5月24日日曜日
『答案真っ白でも、未来がばら色ならよくね?』
当時は今よりさらに浅い思索しか持ち合わせしかなかった僕なので、当然そんな難しいことの意味が100%解るはずもなく、ただただ「なるほど、言い得て妙だな」なんて納得をしてみたかっただけだった。
ふとその主張を思い出し、よく考えてみると、人の想像力の源は案外そこにあるんじゃないかと思いはじめてきた。
文法に従って言葉を並べて意味を「作る」ことで、荒唐無稽だが想像出来てしまう文章が出来ることがある。
例えば以下のような文章だ。
「街中で人々が足元を指差しAwesome!と叫んでいるものだから、慌てて日本アルプスを眺めてみると、干からびた吐息が斜め上からワルツを解禁していた」
文法的に違反はしていないが、常識的な文章としてはやや不適切だ。
思い付いた言葉を適当に繋いでみただけの上記の文章だが、前半は容易に想像出来る。問題は後半で、これは比喩と理解しなければ想像が出来ない。というのも吐息は干からびないし、ワルツを解禁もしないからだ。
でも、ここで想像力の出番がやってくる。「干からびた吐息」はおじいさんを示しているんじゃあないのか?そうだとすると、上空が舞台であることを考えれば、対象は神々や天使、それに類するものだ。
…なんていう無理矢理なこじつけが可能になってしまい、それがこじれて「寓話」が産まれる。
単なる、意味のない言葉遊びから、連想や比喩という想像力が介入して意味が生まれて、さらに論理や常識が横槍を入れてきて脈絡のある筋書になる。
言葉を繋げるには語彙力が不可欠だし、文法を並べるには論理力が必要だ。連想には経験が必要だし、意味に脈絡を持たせるには知性がいる。
今や力ある言葉として認知度の高い諺や、昔話の数々。それが単なる子供たちに語られる童話や、地域に根差した民話ではなく、人々の言葉遊びから生まれたものだと考えるのは荒唐無稽だろうか?しかし、荒唐無稽なものに対する意味付けを行えることを自覚した人は、果たしてそんな妄想を一笑に付すことが出来るだろうか?
歴史が勝者の日記であり、民話が言葉遊びの産物なら、僕らが思いを馳せる過去とは何なのだろうか?
2009年5月23日土曜日
『コーヒー飲んで立ち上がった妙に明るい"さよなら"』
やっぱこういう曲調の方が、この人の歌声は映える。
タイトル通り、カフェで流れてるようなジャズっぽさ。ファゴットを始めとして、管楽器の音色が心地良い。サックスとベースの調和も素晴らしく、それにバッキングギターも最高のスパイスとなっている。
歌詞の内容は、大沢誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」のような感じ。切ない。
2009年5月16日土曜日
Get No Satisfaction!
もちろん、豚フルの症状だとか、そんなことはない。僕は健康だ。
とにかくGWが明けてからの仕事が忙しすぎて、気づいたらもう一週間という有様。
ちなみにGWは、年末年始より長い8連休と言う長さ。P嬢と高松にうどん旅行に行ったり、戯言遣いとテニスしたり理系組との飲み会に行ったり、となかなか充実したGWですた。
写真は下記URLにうp済み
dogsexplorer
今朝、神戸で豚フル感染濃厚の高校生がいたらしい。うはwww会社休みwwwwとかなるんかなあ、ならないだろうなあ。まあ休んでる場合じゃあないんだが。
感染疑いが見つかるたびにニュースが騒々しく取り上げるわけだけど、それに対して「日本のマスコミは騒ぎすぎだろ」と言う声もあるけど、僕はそれでいいと思う。普通のインフルエンザと症状は変わらないとは言え、一応新種には変わりはないわけだし、そうやって疑いのある人を一人一人でも丁寧に検査していくことで、国内のパンデミックが抑えられているというのが現状なんじゃないかな、と。
国内でパンデミックになってないのは、ひとえに厳重な水際検査のおかげでもあるので(まあ検査段階で感染者は見つからなかったわけだが)、「何も起こってないんだから騒ぐのはよせ」って言うのは筋違いだな、と思う今日この頃。軽視していたらとっくにパンデミックになってると思うよ。何もしないよりはマシかと。少なくとも情報があることで危機意識を高めることが出来た人は自衛策をとることだって出来るしね。
ちなみに日本の会社はパンデミックに対する危機管理が出来ていないんだとか言うことを会社で聞いた。
情報技術の発達したこの現代で、IT企業ですら、パンデミックが起こってしまって出社を禁止されたら、何も仕事が出来ない状況だとか。
極端だとは言え、確かにそうだなと思う。自宅でも仕事が出来る環境って、構築出来ると思うんだよな。それをしないのは、日本のITに対する投資が少ない良い例だと思う。
まあ、家で仕事をしないといけないのは、一長一短あるとは言えども、なんとなく避けたいけどな…!
さて、マルチスレッドの勉強でもするか…仕事でいつかやるとは思っていたが、まさか2年目の最初にしてこんな小難しいことをやることになるとは学生時には思ってもいなかった。
しかもマルチスレッドアプリケーションとか、部内には開発経験者がいないので、僕は孤独に勉強しながら開発しないといけない…。そのために5000円もする参考書を買ったよチクショウ。なんで技術書ってこんなに高いんだ!
どうでもいいけど、「パンデミック」って言うと真っ先にゾンビの大量発生を思い浮かべる。DAY OF THE DEADのリメイクは最高のゾンビ映画だったよー
2009年4月26日日曜日
フェルマーの最終定理
新潮社
売り上げランキング: 685
これはとても凄い本だ。科学史の読み物として超一級品。
a^n + b^n = c^n
n>=3の時、この方程式に解はない
という、ただこれだけの簡単な方程式の証明を巡る物語。
この方程式は、ピタゴラスの定理(あらゆる直角三角形において、斜辺の長さをcとするとき、a^2+b^2=c^2が成り立つ)を拡張した、フェルマーの最終定理と呼ばれるもの。
定理は証明されて始めて使用されるものだが、このフェルマーの最終定理は、350年間、どんな数学者にも証明することが出来なかった。350年間も!長すぎ。
どんな頭脳を持ってしても証明出来なかった、その難解すぎる方程式の証明を巡っての壮大なドラマがこの本にはあった。
これだけ聞いて少しでも興味が沸いたという人は、読んでみるべきだと思う。絶対に後悔はしない(なにしろ76件ものカスタマーレビュー中、5つ星が68件を占めているぐらいだ)。日常へ刺激が齎されること請け合いだ。
「数学が苦手だし…」と言う人も問題ナシ。僕だって数学どころか計算すら覚束ないぐらいのボーンヘッドだが、普通に人並みの理性さえあればこの本に書かれている論理は問題なく理解できる。それくらいわかりやすく書かれている。
僕が一番気に入ったエピソード。
性格の悪いフェルマーは、この方程式を証明したとき、以下のような文章を横に添えた。
私はこの方程式に関する驚くべき証明を発見したが、というもの。
余白がないので記すことは出来ない
この1文のせいで、350年もの間、数学者は苦しめられてきたわけだ。
で、何人もの数学者が「証明したぞ!」と意気込んではニュースになり、しばらくするとその証明が実は破綻していたと言う流れが繰り返しあったわけだ。
あるとき、そんなニュースの一つが流れてから少し経ったときに、ニューヨークの地下鉄駅構内の壁に、こんな知的な落書きがされた。
a^n+b^n=c^n電車の中で思わずニヤリとしてしまったエピソードでした。
n>=3 の時、この方程式に解はない
私はこの方程式に関する驚くべき証明を発見したが、
電車が来てしまったので記すことは出来ない
僕も書いてみようかな。会社のホワイトボードとかに。
a^n+b^n=c^nとか。
n>=3 の時、この方程式に解はない
私はこの方程式に関する驚くべき証明を発見したが、
本日はノー残業Dayのため、記すことは出来ない
まあそれは置いといて。
最近ようやく証明されたらしい『ポアンカレ予想』ってやつに関する本も出ていて、それもまた『フェルマーの最終定理』みたいな感じで興味が沸いたけれど、そのポアンカレ予想ってのが
単連結な3次元閉多様体は3次元球面S3に同相である。って言う定理だったので意味不明。よっぽどわかりやすく書かれてない限り、僕は頭痛を理由に読むことを拒むだろう。
それにしても、現代数学を超えたテクニックを駆使してようやく証明することが出来た『フェルマーの最終定理』を、350年前の人間がどうやって証明出来たのか非常に興味があるところだが、フェルマー自身が証明した手法と言うのは破綻を呼び込む手法だったと言うのが今や通説になってるっぽい。
2009年4月24日金曜日
技術チーフ?
アプリケーションの設計についての講師をしないといけないとかどんだけw
対象となる開発者は、当然のことながら全員僕より年長。そりゃあ僕より下の社員が現在研修中の新入社員以外いないんだから当然\(^O^)/
しかも納期が厳しい開発を行いながらの教育だし、かつ、開発メンバのサポートも行わないといけない。あー忙しい。まあ、そういうポジションは僕の望むところでもあるんだが。戦略通り。
上司「〇〇(10年目社員)と××(5年目社員)は直也ちゃんに指示を仰いで、わからないところはちゃんと早目に聞くように」
すいません、胃に穴が空きそうです。給料上げてください。
2009年4月21日火曜日
自然の中の素数
素数はスパイの世界で活躍しているだけでなく、自然界にも姿を表す。たとえば周期的に発生するセミである。特に注目に値するのが、ジュウシチネンゼミだ。このセミは昆虫の中で最長のライフサイクルをもっている。17年間待った後に、莫大な数のセミの成虫が地表に現れるのである。
生物学者を悩ませた問題は、このセミのライフサイクルはなぜそれほど長いのか、ライフサイクルの年数が素数になっていることに何か意味はあるのか、ということだった。ほかにも、13年ごとに大発生するジュウサンネンゼミがいることから、ライフサイクルの年数が素数であることには進化論的な利点がありそうだ。
一説によると、やはり長いライフサイクルを持つセミの寄生虫がいて、セミはその年数を避けようとしているのではないかといわれている。
寄生虫のライフサイクルが二年なら、セミは2で割り切れるライフサイクルは避けたいだろう。さもないと、寄生虫とセミは周期的に同時発生してしまうからだ。同様に、寄生虫のライフサイクルが三年だったとすると、セミは3で割り切れるライフサイクルは避けたいに違いない。さもないと、両者はやはり定期的に同時発生してしまう。結局、寄生虫との同時発生を避けるための最良の策は、長くて、しかも素数のライフサイクルを持つことだ。
なぜなら、17はどの数でも割り切れないから、ジュウシチネンゼミはめったに寄生虫と同時発生せずに済むからである。
寄生虫のライフサイクルが2年なら、両者は34年ごとにしか顔をあわせない。寄生虫のライフサイクルがもっと長く、例えば16年だったとすると、両者はなんと272年に一度しか顔をあわせないことになるのだ。
寄生虫がセミの戦略に対抗するためには、同時発生の頻度を高めるようなライフサイクルを持つしかない。
つまり、1年サイクルか、セミと同じ17年サイクルか。しかし、1年サイクルで17年立て続けに発生しながら生き延びるのは容易なことではない。というのも、はじめの16年間は宿主になるセミはいないからだ。一方、17年のライフサイクルを持つためには、寄生虫はまず16年のライフサイクルに進化しなければならない。つまり、進化のある段階で、寄生虫とセミとは、272年間も同時発生しなかったことになる。
(中略)
やがて寄生虫は16年のハードルに到達し、272年間もセミと同時発生できなくなって、絶滅に追い込まれた。
結果として、17年のライフサイクルを持つセミが残った。
しかし、そのライフサイクルも今や無用の長物である──寄生虫は、もういないのだから。
2009年4月16日木曜日
リポDさんお世話になります
だけど今日は頑張らないと…!考えるのが僕のお仕事。
僕が必死に頭捻って考えて、実際にパズルを組み合わせるかのように手を動かす先輩たちの仕事が少しでも楽になるために、今夜はちょっと夜鍋モーd…って、あれ?仕事逆じゃね…
2009年4月14日火曜日
タイクツとユウウツ
もちろん、自分の選んだ道を進むことこそが最も意味のあることだと、僕もそう思う。
僕の家で飼っている鳥はかれこれ13年ほど、ずっと鳥篭の中にいて、きっと死ぬまで鳥籠から出ることはないのだろうと思うけど、それをして「無意味な生き方だ」とか言うやつがいたら僕は本気で怒るだろう。僕はその鳥を大事にしていたから、鳥の人生(鳥生?)を無意味だなんて絶対に思わない。
「鳥は自由に飛んでこそ意味がある」と言う人もいるだろうが、それは意味の一面だ。不自由と無意味、自由と意味を直結させた意見だ。どんなに不自由でも、誰かが意味があるといえば、そこに意味はあるのだ。(逆に、意味がないと誰かが言っても、それは無意味にはならない。素敵なことに。)
とにかく、何かをしたから意味があるとか、何もしないから意味がないとか、そういった簡単な二元論では何も語れない。「意味のあること」の定義はとても難しい。
いわゆる「勝ち組」になったら悩みとは無縁になるかと言う質問にはNoと誰もがハッキリ言えるが、「負け組」が無意味な人生の結晶なのかと言う質問に即答出来る人は、よっぽど価値観の凝り固まった人を除き、いないだろう。
いずれにせよ、僕らに出来ることは時間の経過をただただ感じることぐらいなのだから、どうしようもないのだけど。
奇妙な夢
販売していたのは濃密なジュース。販売、とは言っても値段は無料だった。
ジュースと一緒に、一枚のフライヤーを手渡される。そこに書かれていたのは、事実上死の宣告だった。
あなたはこのジュースを2日間飲まなければ死んでしまいます、と書かれていた。
たまたま乗った電車で、それを見掛けたのが最大の不運だったらしい。それ以降、その車内販売を見掛けることはなかった。死神のようなものだったんだろう。
僕を含めた不運な人へと、生き延びるためのジュースを配っている場所は、既に使われてなさそうな病院の一角。
僕はコップを受け取り、ジュースを飲んで寿命を延ばす。
会社の同期も不運に見舞われたらしく、ジュースで命をつなぎ止めていた。
僕は同期に「2日間以上開けれないってことは、2泊3日の旅行も無理ってことだよな…生きてる間はずっと。死ぬ覚悟をしない限り。」と話し掛けた。同期は困ったような顔をして病院から出ていった。
いくらなんでもジュースを定期的に飲まなければ死ぬなんて馬鹿げすぎている、これは都市伝説的なジョークではないか?そんな疑いが強くなってきたのはしばらくしてからだったが、試してみる気はさらさらなかった。死か生かではリスクが高すぎる。そもそもオッズすら定かではないのだ。
だけど、真偽を確かめることは出来るかも知れない…。前例があればそれが証拠になるんだが。あるいは人柱…
先輩がPCを弄りながら僕に言ってきた。「ジュースを飲まなかったら、君のアカウントが消されるだけじゃないの?」なるほど、確かにその可能性はありそうだ。でも先輩、僕の意識や存在が、誰かがログインしているアカウントだとすれば、それを消されるってことは死ぬことと同義じゃないんですか?
「君がPCにログイン出来ないからって、中のソフトウェアが消えるわけじゃない」確かにその通り。勇気が出てきた。僕はカラオケボックスにいた同期に決心を伝えて、延命ジュースを絶った。
そこで目が覚めた。どうやら夢の中の僕がジュースを絶ったことで、僕は夢を見る権限を失ったようだ。
久々にリアルな感情が伴う夢だったなあああ
夢を記すのはあんまり良くないことだと知ってはいるけど、こういうストーリー性のある夢は珍しいので記録しておく。
2009年4月10日金曜日
絶対!Part2
絶チルの主題歌を歌ってると言う情報しか知らず、実際に歌を聞いたことがなかった僕は、『ちょっと声量があるJCが歌ってんのか?』と思い(大人の歌い方じゃなかった)、年齢が気になったので調べてみたら、小学生3人組だった。予想を上回る展開www
どうでもいいけど、ボーカロイドはあくまで道具であるべきだと思う。初音ミク名義のアルバムなんて、考えれば考えるほどどうかしてる。注目されるべきは作曲者だと思う。
まあ、国が外国に向けて『これが我が国で生まれたバーチャルアイドル』です、と喧伝してるぐらいからもう手遅れかも知れないけど。
テライユキを黒歴史にするなー
2009年4月5日日曜日
細マッチョ
そこで少しオモローと思ったのは吊り革の動き。
以下、文系人間の低レベルの戯言につき、理系の人は嘲笑の準備を。
1:電車が動き出したとき、吊り革は後尾車両の方に傾く。
2:電車の速度が一定になると吊り革は真っ直ぐ下を向く。
3:駅に停車するために電車が減速を始めると、吊り革は先頭車両の方に傾く。
4:停車すると吊り革は真っ直ぐ下を向く。
1と3は加速度運動。2と4は等速度運動。
経験的に、加速を始めた時はそれとは逆の向きに重力のようなものを感じるのは理解出来るんだが、それが加速から等速になった時になくなるのが、文系脳の僕にはよくわからないわけだ。
これが、加速運動に対してのみ抵抗力を発揮するヒッグス粒子ってやつなの?
ゴリマッチョ
会社の花見ってほんと仕事みたいなもんだよなって言うことを実感した…むしろ接待に近い感じ?
プロジェクト管理の体制がまだ整ってないのに花見の場所取りで貴重な半日を費やすなんて…仕事が火の車になっちゃうぜウゴゴゴゴゴ
昨日、朝起きるとPCから耳鳴りのようなキーンと言う音が発せられていた。
電源のスイッチを入れても反応なし。
電源ケーブルを抜くと音は止む。電気系統に異常があるのだろうか?パーツに異常があるなら、電源が入った後に何か異音などの異常が見られるはずだ。
と言う予測を立てて、朝のコーヒーを飲みながら電源ユニットを外す。各パーツについているケーブルも全て抜き、電源ユニットだけ独立させる形で、改めて電源ケーブルをつけてみた。すると耳鳴りみたいな音が鳴った。
ビンゴ!電源ユニットの異常だった。4~5年前ぐらいに、ケースと一緒に買った安物の電源ユニットなので、そろそろ寿命だったんだろう。
電源ユニットだけ買い換えればPCは復活するので、一応近所の自作パーツショップに行ってみた。
が、やはり堺市のパーツショップは日本橋のように充実していない。電源ユニットは置いていて、それは確かに全て定価通りで特にこの店だけ高いというわけではないのだが、性能の良いようなやつしか置いていないから全体的に値段が高い!もっとこう4~5000円ぐらいの安いやつを置いてくれと。チェーン店の一営業所に過ぎないから利益率の高いやつを置こうとしてるのかなあと邪推してしまう。僕は静かに店に背を向けた。
面倒くさいけど日本橋まで買いに行こう…
2009年4月2日木曜日
KeyHoleTV終了のお知らせ
ちょwww
前に僕が当ブログで取り上げたKeyHoleTVが、早速問題にwwww
こうなることは誰の目から見ても明らかだったが、それにしても1ヶ月も持たなかったか…。
まあ似たようなソフトは他にもあると思うし、キリがない気がするけどね。
僕みたいな普通人が知れるぐらい広まった時点で終わってたとも言えるし。
あーしかし会社の花見より友人たちとの花見に行きたかった。
2009年4月1日水曜日
3K4万D7MON
まるで氷から水へと緩やかに変わるように、入社からちょうど一年目にして、僕は有職者から無職へと転移した。
サーバーの定期チェックをしていた僕へ行われた突然の宣告は、僕の顎と頭蓋骨の接合部を乖離するには十分な威力を持っていた。
同時に、猫に追われたネズミのような無力感が僕を襲い、その比喩の通例通りに窮鼠となるべく、プログラムにイースターエッグを加え、さあ後はビルドするだけと言うところで、上長が僕からIDカードを取り上げたものだから、僕は怒り狂ってキーボードを机にたたき付けた。
その振動が波動関数的に真向かいにいる社員に伝わり、社員の肩が脱臼した。肩が脱臼した音を聞いて、隣の社員の鼓膜が逃げ出し、それをゴキブリだと勘違いした女子社員が、バルサンと間違えてマグネシウム合金に火をつけるものだから、フロアの一部がとても高温になった。
事態を重く見た僕は、キーボードのWキーだけを胸ポケットに入れて、今後使用者が笑えないようにした後、私物を焼却炉に放り込んだ。口を開けた焼却炉は僕に何か言いたそうで、つい、仕事をしているよりは焼却炉と話をしているほうが建設的なのではないかと思ったが、宗教に反する思考だったので頭から薙ぎ払った。
駅へと向かう途中、母親と近くのスーパーに買い物に来たらしい小さな女の子が僕を指差し、「ママ、あの人も春休みなの?」と質問していたから、母親の口をゼムクリップで閉じた後、僕は出来る限り優しい口調で「長い春休みさ」と言った。女の子は「そう、私は春休みを利用して買い物をしてるの」と発言したので、長期休暇を利用しないと近所のスーパーにも来れないぐらい不自由な生活なんだな、と想像して泣いた。ゼムクリップも泣いていた。遠くを見るとパトランプが光り始めていた。
駅に着いて定期券を改札に差し込むと、改札機からWindowsMeの起動音が聞こえた。何が起こったのかと駅員に尋ねてみると、「今起動しましたね」と答えたので「再起動の間違いじゃなく?」と質問した。返答は得られることなく、僕は別の改札を通らされた。
駅のホームで電車を待っていると、通過・通過・回送・通過・通過・回送…と言う順番で目の前をいくつもの電車が通り過ぎていった。あまりに規則正しいので、この駅に止まる余地はないと判断した。確認すると、ダイヤ表は真っ白だった。
駅員の存在価値が疑わしくなってきたので、それとなく業務を尋ねてみると「販売業務ですよ」と言われたので、試しに一本買ってみた。
コーラの空き缶にケータイのアンテナが生えたそれは、いまひとつ使い方がわからなかった。缶にペプシを注いでみるとブザーが鳴ったので、もしやと思ってアンバサを注いでみた。底からスーパーひとしくんのセロバージョンが出てきたので、帽子についていたボタンを押下すると、人口音声らしき声が聞こえてきた。
「上記に本当の出来事は含まれていません」
2009年3月31日火曜日
さて、明日から新入社員でなくなるわけだが…
というか景気がヤバイ。マスコミが騒ぎすぎだなんだと言ってる人が多いけれど、実際問題結構深刻。まさかここまでとは。
主に電機・自動車関係が軒並み瀕死だから、僕が勤めてるところもモロに煽りを食らってる。
まあ仕方ないとは思うけど…早く回復してくれるといいな。
つか、時間を減らされてるのに仕事は減らないとか、それなんて拷問?まあ、仕事がなくなるよりかはマシなんだけどさ。
「生産性」がキーワードとして会議で毎日のようにあがってる今日この頃ですよ。
デザインパターン勉強して本当に良かった。大規模なPGになるとStrategyパターンとTempleteMethodパターンの組み合わせがモノをいうね。
2009年3月29日日曜日
アガペー
講談社
ブッダとイエスの、ゆるふわ日常を描いたあるある系コメディ漫画。かなりお勧め!
『魁!クロマティ高校』を宗教的かつ、もっとゆるくした感じなので、非常に読みやすいし面白い。
ネタがわかるかわからないかで、面白さはだいぶ変わってきそうだけど…。あとは何らかの宗教に対して信仰心を持ってる人は読まないほうがいいかもw
2009年3月27日金曜日
もったいないノフ!
僕が今PGを担当しているプロジェクトでは、同一のアプリケーションが複数のサーバの複数のDBに対して接続を行うわけだが、その際に使用する接続文字列を堂管理するのかと言う問題が常に付きまとってきている。
上司としては、接続文字列は管理者のみが変更できるようにしたいらしい。
では、アプリケーション固有の文字列(つまりEXEのリソース文字列)として持つのは?
ノー。DB名・ユーザー名・パスワード・のいずれかが代わるたびにアプリケーションをビルドしなおして再配布しないといけない。そんな手間はかけたくない。
では、管理者権限でのみアクセス出来るDB内に必要な接続文字列を記述し、アプリケーションではそのDB内の接続文字列を使用するやり方は?
ノー。アプリケーションが最初に接続する際の接続文字列が公開されている。
では、情報をシリアライズしたファイルを読み込むやり方は?
ノー。それはビルドの場合と同様。変更のたびにシリアライズが必要になる。
という感じで、接続文字列をどう管理するかという問題は、性急ではないにせよなかなか解決の難しい問題だ。
社内の多くのアプリケーションが、接続文字列をアプリケーション内に持っているだけに、類例が社内に見つからないのが難しいところだ。
つまり、変更が容易で、なおかつ第三者には漏れず、漏れても簡単に変えることの出来ない仕組みが必要になるわけだが……まあ来月中に何かアイデアが出るだろう…。
2009年3月23日月曜日
『昨日のワインの不味さを嘆くより、今年植える葡萄の種について研究しよう。そのほうが建設的だ。』
連休を利用して、Dと九州を旅してきた。
僕がまだ足を踏み入れたことのない鹿児島県をメインに、3日間九州を踏破した。
1日目:
大阪→博多→黒川温泉→博多→鹿児島
最寄り駅の始発に乗ると、なんと博多に8時に着く。すげえぞ新幹線。
九州はバスが高度に発達した特殊な地域だ。大きな駅の近くには、必ず専用のバスターミナルのビルがある。
各都市を結ぶ高速バスが、10分に1本のペースで走っている。(博多駅前の交差点などは、10台に1台はバスだという有様だ。)
その脅威のバス網を、3日間1万円で乗り放題で利用出来る奇跡の切符があるので、今回はそれをふんだんに使用しての行動になった。
博多から高速バスで3時間かけて黒川温泉へ。
黒川温泉は熊本県と大分県のちょうど間ぐらいにある温泉郷だ。
旅館やホテルに内設されるタイプの日帰り浴場施設が多いためか、城崎のような温泉街とは少し趣が異となる。
黒川温泉史の立役者(らしい)である新明館の温泉(赤くなってるのは酸性の泉質だから)。混浴。と言っても、うら若い女人が入っているようなパラダイスではなく、僕とDの貸切だった(ゆえに写真が撮れた)。
温泉は一つしか入っていないので、ほかの温泉と比較することが出来ない。
しかし少なくともココは、写真のように、景観もとても良かった。
シャレた囲炉裏!
エロゲかなんかに出てきそうな坂道ですよね。
黒川温泉を14時半ぐらいに出て、博多へ移動。
長浜まで行こうとするも、Dが自信満々に道を間違えてくださった。
写真を撮って途方にくれながら歩いていると
博多で最大級に近代的な大型複合施設、キャナルシティに偶然たどり着いた。
一度来てみたいと思っていただけに僥倖。たなぼた。
ライオンキングの何かがいた。大阪に帰ってきてP嬢にこれを見せると大変珍しがっていたので、何かレアキャラなのだろう。
そして、なんとか長浜までたどり着き、温泉で疲れを癒した。
その温泉の近くで焼き牡蠣なるものが売られていたので七輪焼きを楽しんだ。
接写モードにするの忘れてたからボケてるけど…。
時期的にたぶん最後の牡蠣だろう。美味かった。
その後、全国のコンビニで売られている「一風堂ラーメン」の本家本元の店舗を訪れて、カップラーメンではないモノホンのラーメンを食べてきた。ほっぺたが自由落下した。
2日目:
指宿→桜島→霧島→鹿児島→博多
博多からの夜行バスで移動し、午前5時過ぎに鹿児島駅に到着。
朝一で指宿へ向かう。電線が邪魔だけど、大変綺麗な朝焼けを拝めた。
指宿の海岸には、化石温泉と呼ばれる温泉が地表まで湧き出している。写真の波打ち際も、実は湯気が上がっている。砂浜は80度にもなっているらしい。
この地には、それを利用した「砂蒸し」と言う伝統文化がある。それを体験してきた。
砂の中に入ってジッとしているだけなのだが、サウナ状態。体中の毒素が抜けて、僕はすっかり一般人になってしまった。
指宿からはレンタカーで移動。フェリーに乗り込み、大隈半島へ移動し、桜島まで行った。
桜島はこないだちょっとした噴火があったらしく、火山灰が降り積もったばかり。
歩道には新鮮な灰が積もり、観光客の足を滑らせていた。
桜島から霧島へ向かい、霧島温泉を堪能。
庭園浴場という、異常に広い温泉に入った。
そこもまた、一応混浴なのだが、やはり事実上男性用浴場と化していた。一部の例外を除いて。
カップルの男が、彼女らしき女性を連れて風呂に入っていた。それなんて羞恥プレイ?ドSとかドMとか、プレイとか罰ゲームとか、そんなん抜きにして、男としてどうよ?と思わなくもない1シーンでした。若い時に、恋人を混浴風呂に連れ込む神経は僕には理解出来なかった。老齢になってからなら別にいいと思うんだけどね。まあ世の中にはいろんな人がいるもんだ。
3日目:
博多→長崎→博多→大阪
夜行バスで鹿児島から博多まで戻ってきて、朝一ですぐに長崎へ移動。
長崎駅構内の広場には神龍がいました。
長崎港から出ているフェリー「コバルトクイーン号」に乗って、伊王島へ向かう。
伊王島は長崎きってのリゾート島だ。ここは色々な意味で最高だった。何がどう最高なのかは、行ったら判る。ここは遠出して足を運んでも後悔はしない島だ。
時間があれば、足湯に浸かりながら読書を楽しみたいところだった…。
昼食は長崎中華街で皿饂飩を食べた。
店員がチャイナ服なのは良かったが、年齢層が少し残念だった。せめてこうシャンプーみたいな店員をだな…
とにかく、これで僕は三大中華街、すなわち横浜・元町・長崎の中華街を踏破することが出来た。
元町・長崎の中華街の規模は似たようなものだった。というより横浜の中華街がデカすぎる!値段もぶっちぎりだけど。
そんなこんなで大阪まで駆け足で戻ってきて今回の旅行は終了。
九州は若者が多い地域だった。高齢の人ばっかりいるようなイメージだったんだが…
21歳の時に2週間かけて九州から北海道まで縦断した僕だが、あのころの体力はもうないみたいだ。高速バス・夜行バスでの連続移動でくたびれる始末。
でもそれならそれで、体力にモノをいわせた昔とは違った別の楽しみ方があるはずなので、それを見つけていこうと思う。
2009年3月11日水曜日
立体ピクロスだと…?!
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KeyHoleTV
これはすごいwww
何の設備も必要なしに、リアルタイムでPCでTVを見ることが出来るソフト。
これは間違いなく、早い段階で物議をかもし出し、著作権うんたらという話になり、Winnyと同じような末路を歩む。但し書きで
また、テレビ番組の同時再送信を行う場合は、ご自身並びにご家族とこれに準ずる方のみにパスワードをお教えください。尚、親しいご友人の場合でも、テレビ番組の再送信は家族と見なされず著作権侵害とされる場合があります。と書いてるけど、Winnyでも同じようなこと書いてた気がするね。
でもここまで断言しといて気になるのは、この会社、政府系事業を手掛けてるってことだな。
会社のプレリリースにはこのソフトのことは書かれてないけど、会社HPとソフトHPのドメインを調べてみると同ネットワークアドレスだったから間違いなく同じだし。
まあいずれにせよ、インターネットで広まってしまったものはもう止められないことは確実。それはインターネットの短い歴史の中でも幾度となく証明されてる。
で、実際に使ってみた感想はというと、とにかく画質が問題。TVがない人には良いかも知れないけど、TVがある人はわざわざ使う必要がまったくないソフト。リアルタイム性を確認したところ、1秒ぐらいの遅れだったので、まあほぼリアルタイムだといえる。
良い点は、受信出来ない局の番組すらも見ることが出来るという点かな。なんかテレビ岩手とかテレビ宮崎のチャンネルもあるし。あらゆる番組が対象になるソフトである点が、とても優れた点。
これは割りと画期的。コロンブスの卵。
というのは、放送したものを即座にストリーミング配信すると言うのは、簡単な発想だけど今まで誰もしなかった。どうなるかは明白だからだ。ほとんど禁忌的な手法だったわけだ。
でも、このソフトに対して付加価値をつけることがいくらでも出来るので、そこがこのソフトの画期的なところだ。
今はまだ配信されてるTV番組(リアルタイム)を低画質で受信するだけだけど、これにニコ動的な要素を付け加えれば面白い。
…ってもまあ、こんなボトムアップな方式が良いとは思わないけどね。番組に対する付加価値は、番組制作サイドでやるべきだと思うし。
とにかくまあ、このソフトの顛末は非常に気になるところではあるのでしばし注視。