2007年10月26日金曜日
『転んだ者を笑ってはいけない。彼は歩こうとしたのだ』
僕はDやEとかとしばしば11Gとかやったりするので、経験的にスコアもそこそこ出るようにはなってる。
そんなこんなのおかげで、僕はなんか独走状態だった。一度だけトップを奪われたけど。
前のバイトでのボウリング大会でもそうだったし、そのほかにもボウリングに行ったりして思うんだが、やっぱりDやEと行くときのスコアを基準にすると駄目だな、と言うことw普通は150とかバンバン出ません。ちなみに今回の僕のハイスコアは179。最近はコンスタントに170オーバーが出るようになってきてるので良い具合。20Gに1Gくらいは、200オーバーを出せるぐらいになりたいな。
彼らは僕より2歳年下なので、「いやあ水上さん、年の差が出たね」なんて揶揄して言ってくるけど、それは2割ほどしか当たっていないw単純に経験値の差なんだろうと思う。一人、スーパーパワー型のやつがいるんだが、そいつは狙いを定めることが出来ないので結果的にスコアは低くなってしまう。いくらパワーがあっても、使いこなすことが出来なければ結果は出ない、なんて抽象的で教条的な言葉に落ち着きたくはないけど、まあそういうことだ。命中補正は自分の投げ方を解った上で行わなければならないことなので、つまりは経験こそがモノを言うってことだ。うん。
もっと色々なことを経験しろよ若者。なんて年老いたことを言う僕。そろそろ冗談に聞こえない年齢かも知れない。
2007年10月10日水曜日
う。。。
あまりに更新しなさすぎるのも如何なものかと思うので、少しだけ。
秋休みを利用して東京に遊びに行って来たことを、時間があったときにコツコツ書いてはいるんだけど、なかなかボリュームがあるのですぐには書き終われない。現在、大体文庫本で言うところの4Pぐらいの量がある。そしてまだそれでも全体の半分程度…。
というわけで、ブログの記事を書いてはいるんだけど、すぐにうp出来る代物ではない、と言うことだね。
こないだ僕とDとEの3人でまたボーリングに行って来たんだけど、負けた。11Gやってアベレージが140。DとEは150超えてたのに…。まだまだだなあ、僕も。
そのボーリングも、朝8時半にたまたまメッセにいたEと喋っていて突然決まったことなんだけどね。
E「やあおはよう…良い朝だな…」
僕「やあ…まったくすがすがしい朝だ。どこかに飛び出したくなる日和だな」
E「つまり午後からカラオケかね…」
僕「いや…カラオケは気分ではないな」
E「つまりROUND1か」
僕「やぶさかではない」
僕「どうせDと会う用事があったから僕はDと楓に連絡を入れておく。そっちはTとKに要請しておけ」
E「理解した」
と言う流れで、朝10時に皆に連絡が行き届き、全てが決まった。
鳥取にいるのがわかってるのにあえて楓にも連絡を入れるところが僕ららしい。
しかも、「ボウリングするんだが来るか?」とかの質問形式ではなくて「12時からボウリング開始だ」と言う断定口調。これが僕らクオリティw
Kは稲刈りで来れず、Tは福井に行ってたので来れなかった。
だから、序盤の好調な成績を写メでTに送ったとき、
「相変わらずの結果で何より。まあ、オレがいたらオレが一番なんだけどな」
というメールが来たので、僕ら3人は
「どの口がそんなことをほざいているのか…」
という返信をすると、Tの口がアップで映し出された画像が送られてきたので、
「綺麗な青空だな」
とだけ返信しておいた。
まあなんだ。秋休みはなんか全然家にいなかったような気がする。充実した連休だった。
ってのが近況。
東京旅行の記事に関してはたぶん今週中にうpできます。いや、します。
2007年8月27日月曜日
2007年8月6日月曜日
就職活動は終わったのに…
Flash作業に集中しているときに電話が鳴った。
なんだなんだと思って見て見れば知らない番号。が、これは最近数週間で何度かかかってきた電話番号だ。
電話番号は頭2~3ケタを見れば大体地域がわかる。どうやら兵庫県のようだ。内定先ではない…。
さすがに何度もかかってきていては気になるので、電話番号でググってみた。
すると一発で出てきた。某企業。
なんか聞いたことがあるな…と思って、Gmail内を検索してみた。
すると、僕はその企業にエントリーだけしていた。選考は受けていない。
メルマガを読み返してみると、どうやら人事からエントリー者に対して直接電話をかけて色々と尋ねていると言うことがわかった。
なんて暇な人事だ!
ていうか僕はもうとっくにリクナビから退会しているんだが、その辺は確認せずに電話かけているんだろうか。迷惑な話だ。
今の段階で直接電話をかけて採用活動(?)をするって、どうなんだろう。すっごく不信感が募る。名前だけはカッコイイんだけどな。
とにかく、電話がかかってきたせいで集中力が激しく切れたwwww
くっそー。ご飯食べよう。
画像は散歩中に撮った風景。
2007年7月8日日曜日
耐久ボウリング
4時間半かかりました。
特に一番最後、11ゲーム目は精神的な勝負だった。
あの勝負は、僕らの遊び史の中に刻まれるべきバトルだった……皆燃え尽きたぜ……真っ白にな……。
| 1ゲーム目 | 2ゲーム目 | 3ゲーム目 | 4ゲーム目 | 5ゲーム目 | 6ゲーム目 | |
| 僕 | 118 | 187 | 210 | 161 | 144 | 161 |
| D | 148 | 99 | 179 | 164 | 175 | 139 |
| E | 138 | 135 | 171 | 142 | 175 | 138 |
| 7ゲーム目 | 8ゲーム目 | 9ゲーム目 | 10ゲーム目 | 11ゲーム目 | |
| 僕 | 122 | 183 | 147 | 142 | 158 |
| D | 122 | 140 | 187 | 136 | 165 |
| E | 150 | 153 | 142 | 117 | 181 |
3ゲーム目とか、最低スコアが170とかどんだけーwwwwwwwwww
僕らは持ち前の負けず嫌いっぷりを生かしてボウリングですら白熱した戦いを好むが故に、誰かが一つ頭抜けてることが許せない。
だからその分努力して追いつくわけだが、ボウリングにおける現況がこんなの。なんとか今は僕がトップ。でも結構ギリギリ…まだまだ精進しないと。130以下はなくすよう努力しよう。
2007年6月20日水曜日
2007年5月14日月曜日
読売新聞朝刊より抜粋
【バブル期から氷河期への一言】
・確かに優秀な人が多いとは思うが、ドライな人が多い
・自己中心的でチームワークがうまく取れない
・「就職難」「超氷河期」と言う言葉に踊らされ、自分に甘い人が多い
・向上心はあるが、会社自体をバカにしている
・氷河期の人の採用がないので、私は下っ端のままです
【氷河期からバブル期への一言】
・バブル期の人がうらやましい。人数が多いので立場がすごく強い。
・それほど能力もないのに一流企業に入社して、今は会社にしがみつかないといけないのでかわいそう。
・バブル期の人が上の世代なので出世が遅いな、と思う
・集団でイベントを行うことが多く、自立した個人が少ない
・利益を取ることに対して貪欲さに欠けている
同じ30台でも、前半と後半では価値観が真逆に近い。
この少ないサンプルが事実だと仮定して、これらから得られるものは、少なくとも若い人ほど「何とかするのは自分の力だ」と考える人が多いと言うことかな。
実際、僕らの世代でも、「社会が後押ししてくれるから何とかなるさ」よりかは、「自分の足で歩くしかない」と考える人のほうが多いはず。
「向上心はあるが、会社自体をバカにしてる」
という意見の典型が僕ですお。会社に勤めることが人生というのはひとつの「形」に過ぎない。生活を会社に依存させるのもひとつの「形」に過ぎない。実際僕の親父なんかは会社勤めではなくて自営業だし、その自営業で僕をこうして裕福に育ててくれた。なんらかの形で会社に関わることは多いと思うけど、それが全てじゃない。単に、今までは、会社に従属することが安泰な生活を得るための最適な手段だった、と言うだけだ。もちろん今でもそうだと思うけど、昔ほど安泰じゃない。
そういう観点に立ってみれば、この記事で言うバブル期の人の意見は間違いなくステレオタイプなものだと思うし、「自立」と言う意味からすると氷河期世代の人のほうがしっかりしてる。
でも、実際にバブル期の人でも氷河期の人の意見を持ち合わせる人もいると思うし、その逆も然りだと思う。
とか何とかいうより、僕は単純に「バブル期」とか「氷河期」とかで二分することが気に入らないけどね。そんな簡単に分析出来たら誰も苦労しないよ。こういう記事を真に受けることで、「30台の人はドライなんだ」「バブル期の人は社会の恩恵を受けただけなんだ」って言う誤解を受ける人だっているだろうし。単なるアジテーションに過ぎないけど、そうは思わない人は少なくない。
大雑把な分析は傾向を掴む役に立つとは思うけど、偏見を助長する危険性がある。
採用された『意見』にしたって、『選抜』を受けてるわけだから、結果として恣意的な統計記事にならざるを得ない。
氷河期世代の意見として、「バブル期の人もドライ」なんてのがあったとして(実際会社によってはあるだろう)、それを採用した場合、読者からすれば「??結局人それぞれってことじゃん?」って思われる。実際は「人それぞれ」に勝る真理はないんだけど、マスメディアとしてはそれじゃあ商売にならない。だから一貫させる必要がある。そうするとそこに偏見が生まれる。差別が生まれる。
環境保全を訴えながら森林を伐採して紙とかを作るのになんだか似てるな。
要するに、まあ正しいとか悪いとか言うのがあるとすれば、なんにしろ決め付けることが悪いんだろうな、と僕は思うわけで。全ては捉え方の問題だしね。「そうかも知れない。でもそうじゃないかも知れない。」と村上春樹みたいな言葉を口癖にさえしていれば、もっと視野も広がるんじゃないかな。
2007年5月3日木曜日
『愚かな提案があるのだがどうだろう……私で良ければ君の、話し相手になりたい』
昨日この記事を知って、なんだかなあって思ってたら、
プログラマーの方に質問です。
受刑者にプログラミング言語を覚えさせるとしたらどの言語が最適だと思いますか?
理由も含めてお答えいただけたらと存じます
はてなに質問した後で民主主義的に決めたことだったのなwww
そういう風にWEBを意思決定に使うのは良いことだと思うけど、受刑者にソフトウェア開発…ってのがどうにも気に入らない。
確かに僕も、昔受刑者を使って何かさせれば一つデカいことでも出来るんじゃないかと妄想したことはあったが、以下の理由から却下した。
1:刑務所に入ることが就職斡旋を受けるかのような受け取られ方をされると結局のところ犯罪を増加させることにしかならない。つまり、単純に受刑になっていない。
2:ソフトウェア開発と言う仕事の価値を貶める。また、刑務所に入るような人に知的作業をさせるのはある種リスクが高い。
特に①が理由としては大きい。ビジネスモデルとしては、手っ取り早く人材を育てることが出来て良いかも知れないが、倫理的にどうなのって思う。
結局のところ、刑務所に入る意味を問うことになるのだけど、「犯した罪に対して服役し更生を促す」ものではないのか?
「社会復帰させて更生を促す」のであってはなんだか本末転倒だ。「職に困れば犯罪を犯してここに入れば良い」と考える人が出てこないとは僕は思わない。それでなくてもホームレスよりは居住環境としては安定していると名高い刑務所だ。
ロシアだかどっかの思想家が考えた、犯罪率を最も低くする刑罰の一つに、「一日かけて砂の山を移動させ、翌日に元の場所に戻すという刑罰を導入すれば、服役者は1ヶ月も持たずに自殺する」と言うものがあったが、これが刑罰の端的な意味を最もよくあらわしてるんじゃないか。
が、これは少しジレンマに近いところがあって、「刑務所に入るのを恐怖させることによって、結果犯罪率を抑止する」のか、あるいは「刑務所に入った者に、働く喜び等を知ってもらい、結果としての社会復帰を望む」のか、だ。
上記のロシアの極端な例で言えば完全に前者であって、これは「刑務所に入ったら終わり」。
今回記事にしたものは完全に後者であって、「犯罪を犯しても働くところはありますよ」。
現在の刑罰は先ず軽重を審議されるから、ちょうどバランスが取れていると思うけれど。
こういう言い方は嫌いだが、犯罪を犯した時点でまともな人とは一線を引くべき。前科のある人が再犯を犯す確率が高いのは(特に性犯罪者)既に統計で知られてる。ソースは僕の記憶。
更正するかしないかは本人次第であって制度で後押し、ましてや強制するもんじゃない。
考えられる結果論だが、例えば犯罪を犯した者が民営刑務所の「受刑」を受け、普通の人よりも高い生活水準に達してしまった場合、まっとうに生きてるのが馬鹿らしいと考える人はいないだろうか?
もちろん、過去受刑を受けて出所したあと、何か巨大な事業を成功したという事例も探せばいくつもあるだろう。『シンドラーのリスト』を見ても、オスカー・シンドラーがやってたことはこれと大差ない。が、シンドラーが使っていたのは社会的に不当な差別を受けていたユダヤ人であって犯罪者では決してない。あれを参考にするのは良いにしても基準が全然違う。
まあ、受刑した人がこの会社に入るのならば、どれだけ仕事が良くても決して外聞は良くないだろうね。試みとしては面白いと思うけど、少なくとも僕の考える社会倫理に反するな。