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2007年6月1日金曜日

これはやばい

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google street viewなるもののデモだが……
これはヤバイ。
なんだこれ…。。。。
clipped from maps.google.com

Explore neighborhoods at street level–virtually.

 blog it

というわけで

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Clipmarksとこのブログを連携させていくつか記事を投稿してみたわけだ。
Clipmarksは、簡単にWEBページをクリップ出来るツールで、大変使いやすい。
しかも、Publicにすれば公式のほうで公開されるから、どういう話題がホットなのかと言う、SBM的な使い方も可能だ。
しかも、URL単位ではなく、引用単位、抜粋ベースでのクリップだから、後々になると非常にわかりやすくなる。
タグにも日本語が使えるし、インターフェイスはかなり良い感じである。

こういうWEBサービスを使ってみていつも思うのだが、情報を貪欲に共有する友人が僕にはいないので、どうしてもすぐに飽きがきてしまう。僕自身、特にIT系のニュースに関しては一度読めば概要は忘れないから、見直すことはない。

しかしまあ、Googleブックマークはちょっと非共有型オンラインブックマークのくせに肥大しすぎだし、GoogleReaderはShare/UnShare程度の切り替えしか出来なくて、ちょっと痒いところに手が届かなかったんだけど、このClipmarksはかなり良さそうだ。

問題は、ブログに直接投稿したときに、Clipしたときにつけたタグが継承されないってことかなあ(´・ω・`)

検索エンジンの使い方

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「○○で検索!」系は何で検索したらいいのかよくわからないという感想をいつも持つ。
clipped from japan.cnet.com

10代男性に関する調査(下)--検索エンジンの利用は当たり前!?

10???????????20070528(?)?
10???????????20070528(?)?

 Q3では、「○○と検索して下さい」という広告がきっかけでモバイル検索をするのかについて尋ねた。

 「よくする」と「たまにする」を合わせたユーザーを「利用するユーザー」とすると、「雑誌」が48.2%と最も多く、半数近くのユーザーは「雑誌」がきっかけとなってモバイル検索を利用していることが分かった。

10???????????20070528(?)?
「雑誌」と「テレビCM」以外、「○○と検索して下さい」と広告に書かれていても、約半数のユーザーは「全く検索しない」と回答しており、10代のクロスメディア的効果は、ある特定の種類(雑誌とテレビCM)の広告が現時点では効果を及ぼすと言えるのではないだろうか。
 blog it

2007年5月31日木曜日

グーグルオフライン

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前に予想してたとおり・・・
だんだん、オンラインとオフラインの垣根がなくなってきてる。
clipped from www.asahi.com

Googleが新技術 オフラインでも常時接続と同じ

ネットワークにつながっていないPCでも、ブラウザー上でウェブアプリケーションを使えるようにするもの。例えば地下鉄の中などネットワークが切れやすい環境においても、常時接続しているのと同じようにアプリケーションが利用できるようになる。
??
第一弾として、RSSリーダー「Google Reader」を対応させる。「Google Gears」をインストール後はRSSコンテンツをオフラインで読むことが可能になり、オンライン時に、RSSフィードが同期される。
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clipmarksテスト

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clipmarksという、クールかつ面白そうなFirefoxアドオンのテストをしてみますよっと。

検索の次世代インターフェイス、「gooラボ」で実証実験
 スクロール検索では、最大1,000件の検索結果を同一のページで表示するインターフェイスを採用。すべての結果を一度に表示するわけではなく、ユーザーがWebブラウザの画面をスクロールした段階で次の候補を表示する形式のため、表示動作が極端に重くなることはない。これにより、検索結果を「次ページ」のようなリンクでたどることなく、多くの検索結果が閲覧できるとしている。
 今回、NTTレゾナントでは、検索サービスの次世代ユーザーインターフェイスに関する実証実験を行なう「検索UIラボ」をgooラボに新設。5日から、Web検索の結果を随時スクロール表示する「スクロール検索」を公開した。
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『よろしくありますか、大隊長殿。』『よろしくないわけでもあるのか?僕らは剣虎兵なのだ。断然攻撃あるのみだ。粉砕してやる』

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東方風神録が学校の友人の間で大ブレイクしているため、僕も多忙な間を縫ってプレイしておりまっする。
河童可愛いよ河童。
体験版なので3面までしかないけれど、この弾幕の美しさはマジ美麗。美しさが美麗って言葉的におかしいな。まあどうでもいいや。

しかし難易度高いなあ。みんなヒィヒィ言いながらやってるんだけど、ノーマルでも『河童のボロロッカ』がみんなどうしても取れない。あれはキツイよ、うん。まだ、ハードの『河童のフラッシュフラッド』のほうが取れる気がする。全ての弾が等速なのは、避けれない。まだ早さが変則的なほうが、抜け穴は見つけやすいんだよな。

それにしてもそれにしても、どうしてこのBGMは神がかってる。さすがZUN氏だ。
『神々の恋した幻想卿』とか、イントロ聞いただけで鳥肌モチ肌ウグイス肌だ。何度聞いても神曲だ。

また暇を見つけて河童の絵とか描きたいなあ。今はちょっと忙しすぎる……今日の学校が午後からなのがかなり嬉しいぐらいだ。まあ、やること(着彩・レポート)あったから変わらず早起きしなくちゃだったけどなm9(゚Д゚)

2007年5月26日土曜日

『大隊長殿は…恥じておられるらしい…少年兵だけを逃がすその行為を偽善と断じながら、それをなさずにおれなかった己を…』

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やっと週末だー。待ちかねた。マチカネタンホイザ。
今週平日は忙しかった…久しぶりに来た友達からのメールをその日のうちに返信出来なかったほどに…。
朝9時から夜21時まで学校で色々としてて、その後友達と飯食べに行ったりとかしてると、まあ早くても22時帰宅、遅いと23時過ぎになるわけですよ。んで翌日も朝6時に起きなきゃいけない。そうなるとメールチェック以外何も出来ないんだな。ウェブメールしかもうつかってないから学校でもたまにチェックするんだけど。毎月購読してるネットワークマガジンもまだ全部読んでないし…あああ月刊アスキーももう発売してるんじゃまいか。クソウ。
まあ、社会人になったらそれくらいの生活普通じゃね?と思うわけだが、僕が思うにちょっとばかし違うところがある。
それは、学校にいる場合、常に対人であると言うことだ。今は僕個人で作業することのほうが圧倒的に少ない。しかも立場的に僕が一人でいるときはほぼ皆無。となると、無駄な対人折衝、平易な世間話、等々をずっとしてなくちゃいけないわけで。人と話すのはそこそこ好きだが、四六時中となるといくらなんでもしんどい。
一方、まあ社会人っぽい生活と言ったらインターンシップとかフリーター時代のバイトぐらいでしか経験していないけど、対人折衝は必要時のみ行うという感じが強かった。少なくとも仕事時間中はそう。終わったら普通に話すけど。

就活を通じて、僕は対人がやっぱり強いかと思ったのだけど(分析してみたら、僕が一人で面接を受けたときは全て合格してた)、それでもなんか対人能力を生かした仕事なんかしたくないとは思う。得意ではあるが好きではない、ってところだろうか。技術職のほうがたぶん向いてる。
もっとも、今まで生きてきて僕が技術に優れていたことなんてほとんどないけれど。ただ、機械が好きだったからよく弄っていたらいつの間にかうまく操作が出来る勘が培われていた、というだけだ。機械を作るよりは機械を使いこなすほうが僕は得意。うわあ、僕って日本人的だな。
対人が得意なのは単に性格か、あるいは客観的にワイドショー風に分析するならば、昔から年上の人との付き合いが多かったから練磨された、と言うところか。姉の友人・父の仕事仲間・母の親類・同級生・下級生・近所の年上の兄ちゃん・少林寺仲間、等々、僕は同級生よりも上の人と一緒にいることのほうが多かったように思える。恐らくほかの人に比べて、だが。
否、もうほとんど血筋みたいな部分もある。姉はいわゆる【就職氷河期世代】にも関わらず、業界では結構名の知れてる企業に一発で合格した。姉が自分で言うには、『私は面接で落ちたことがない』そうだ。まあ僕なんかよりずっと対人能力高いからな、あいつは。

さて、今日は髪を切りに行こう。3月上旬に切って以来だからずいぶん伸びた。髪の量が多くクセッ毛なので、長くなるとかなり鬱陶しい。
明日はP嬢宅で、Wiiの体力測定と先週買った桃鉄USAと零の続きだ。アメリカが舞台になってるから、なんか新鮮だ。「直訳で……わからない」の嵐。しかも【ブロックカード】がないとかヤバイ。そのクセ、持ち金0にしたり、あるいは持ち金をトップにさせるなんて言う凶悪なカードがゴロゴロしてるし。
まあ、そんくらいでバランスはちょうど良いのかもね。
昔の桃鉄で99年とかやってると、普通にやってる場合40年目ぐらいでどうしようもなく差がつく。巻き返しを図ろうにも不可能なんだよな。つまり、物件を買ったもん勝ち。
だから、物件を捨てまくるハリケーンボンビーの存在はバランスを取るためにちょうど良い。まあ食らったらかなりorzだが。
USAでは【スペースボンビー】なるやつがいて、カードを毎ターン消してくる。上記に書いたように、凶悪なカードがゴロゴロしてるだけに、これは結構酷い。【スペースボンビー】にカードを消され、【ハリケーンボンビー】に物件を消され、【キングボンビー】に金を消されたら、すぐに1位から4位に転落するんだよな。だから油断が出来ないわけだ。
ドドッドドドッッドッ~

2007年5月20日日曜日

you wanna piece of me , boy!?

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ぎゃああああああ!!!

http://www.starcraft2.com/

スタクラが!スタクラが!
バージョンアップって言うか続編キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!

もう10年ほど前のゲームなのに、今でもコツコツとバージョンアップされてるスタクラだけど、まさかいきなりここまで来るとは・・・・・・・・・・・・・・

もうなんか、SS見ただけで悶絶しそうですよ。ファンサイトのひとつでも作りたくなってくる。

フル3DでのRTSだから、マシンスペックがかなり要求されそうだけど…まあその辺はブリザード様だから大丈夫とは思うけどさ。
万一、今の僕のPCでもスペックが足りなければ、スタクラのために増強をしても良い覚悟であります。

2007年5月16日水曜日

『僕とて絶望の意味くらいは了解している。だが、了承しようとは思わない。常に最悪の中の最善を希求し続ける。それだけだ。』

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就職活動はまあほぼ終了。
とりあえず戦績をまとめてみようかしら。
ボンクラ専門学校生のクセに善戦は出来たと思うけど。

選考辞退:1社
書類or筆記試験落ち:3社(うち1社は大卒オンリー、1社は専門学校生のSE枠が存在しないものだった)
電話面接落ち:1社
2次面接落ち:3社
内定:2社

で、現在3次選考まで行ってるのが1社。これはかなり手ごたえを感じたりしてる。
インターンシップ先は受けてないけど、まあ担当の人から声はかけられたから、受けたら確実に受かっていた自信はある…w

まあ、10社受けて2社内定だから、ほかのみんなと比べても順調に終えることが出来たかな、と…。期間も2ヶ月間半で済んだし。
少なくともこれで、夏場の暑い時期にスーツを着ると言う嫌な事態を避けることは出来たわけだ。
それに、大学を中退して専門学校に来て努力した4年間の甲斐が、それなりに良い形で実った。
これでソフトウェア開発技術者受かってたらもう僕は有頂天になるぜw

まー、悩むことがないではないけどな……

2007年5月14日月曜日

読売新聞朝刊より抜粋

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バブル期と氷河期の本音

【バブル期から氷河期への一言】
・確かに優秀な人が多いとは思うが、ドライな人が多い
・自己中心的でチームワークがうまく取れない
・「就職難」「超氷河期」と言う言葉に踊らされ、自分に甘い人が多い
・向上心はあるが、会社自体をバカにしている
・氷河期の人の採用がないので、私は下っ端のままです

【氷河期からバブル期への一言】
・バブル期の人がうらやましい。人数が多いので立場がすごく強い。
・それほど能力もないのに一流企業に入社して、今は会社にしがみつかないといけないのでかわいそう。
・バブル期の人が上の世代なので出世が遅いな、と思う
・集団でイベントを行うことが多く、自立した個人が少ない
・利益を取ることに対して貪欲さに欠けている
面白いですよね、これ。
同じ30台でも、前半と後半では価値観が真逆に近い。
この少ないサンプルが事実だと仮定して、これらから得られるものは、少なくとも若い人ほど「何とかするのは自分の力だ」と考える人が多いと言うことかな。
実際、僕らの世代でも、「社会が後押ししてくれるから何とかなるさ」よりかは、「自分の足で歩くしかない」と考える人のほうが多いはず。
「向上心はあるが、会社自体をバカにしてる」
という意見の典型が僕ですお。会社に勤めることが人生というのはひとつの「形」に過ぎない。生活を会社に依存させるのもひとつの「形」に過ぎない。実際僕の親父なんかは会社勤めではなくて自営業だし、その自営業で僕をこうして裕福に育ててくれた。なんらかの形で会社に関わることは多いと思うけど、それが全てじゃない。単に、今までは、会社に従属することが安泰な生活を得るための最適な手段だった、と言うだけだ。もちろん今でもそうだと思うけど、昔ほど安泰じゃない。
そういう観点に立ってみれば、この記事で言うバブル期の人の意見は間違いなくステレオタイプなものだと思うし、「自立」と言う意味からすると氷河期世代の人のほうがしっかりしてる。
でも、実際にバブル期の人でも氷河期の人の意見を持ち合わせる人もいると思うし、その逆も然りだと思う。

とか何とかいうより、僕は単純に「バブル期」とか「氷河期」とかで二分することが気に入らないけどね。そんな簡単に分析出来たら誰も苦労しないよ。こういう記事を真に受けることで、「30台の人はドライなんだ」「バブル期の人は社会の恩恵を受けただけなんだ」って言う誤解を受ける人だっているだろうし。単なるアジテーションに過ぎないけど、そうは思わない人は少なくない。

大雑把な分析は傾向を掴む役に立つとは思うけど、偏見を助長する危険性がある。
採用された『意見』にしたって、『選抜』を受けてるわけだから、結果として恣意的な統計記事にならざるを得ない。
氷河期世代の意見として、「バブル期の人もドライ」なんてのがあったとして(実際会社によってはあるだろう)、それを採用した場合、読者からすれば「??結局人それぞれってことじゃん?」って思われる。実際は「人それぞれ」に勝る真理はないんだけど、マスメディアとしてはそれじゃあ商売にならない。だから一貫させる必要がある。そうするとそこに偏見が生まれる。差別が生まれる。
環境保全を訴えながら森林を伐採して紙とかを作るのになんだか似てるな。

要するに、まあ正しいとか悪いとか言うのがあるとすれば、なんにしろ決め付けることが悪いんだろうな、と僕は思うわけで。全ては捉え方の問題だしね。「そうかも知れない。でもそうじゃないかも知れない。」と村上春樹みたいな言葉を口癖にさえしていれば、もっと視野も広がるんじゃないかな。

2007年5月13日日曜日

「ミニボンビになる!」と唱えていればならず、「キングかドドッだなこれは」と唱えていればミニボンビ。世界は今日も天邪鬼だ。

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昨日、負けた。
何に負けたって、桃鉄99年でP嬢に負けた。完敗だったorz
悔しかったので僕は画像を撮っていず、その代わりP嬢がルンルン気分で画像を撮っていた。
僕は途中までは好調だった。そう、あの運が悪くなる時までは…。

50年を過ぎたあたりから少しずつP嬢に差をつけられていた僕は、挽回を謀るべく、『はてな駅』に飛び込んだ。『はてな駅』は何が起こるかわからない駅だ。僕の目的は持ち金2倍。当時の所持金は確か2~3000億程度だった。これは僕の総資産の2/3ほどになる。
そして現実は非情である。『はてな駅』に止まった僕を待ち構えていたのは、秘書による全額寄付だった。
持ち金が2倍になるどころかサッパリなくなってしまうとは、サッパリ妖精も飛んでこないほどサッパリしすぎている。意味がよくわからないと思うが、書いてる僕もよくわからない。
非情な現実はまだ続く。
持ち金が0円になり、とりあえずは所持金を回復する必要に迫られた僕は、目的地に一回でも多く入る、少なくとも目的地の近くに行くことによってボンビーから回避する方針を取った。
マイナス駅にはもちろん止まれない。プラス駅に止まっても微々たるもの。となるとカード駅しかない。
勇み足でカード駅に飛び込んだ僕の手元に入ってきたのは『デビルカード』だった。
めでたく借金生活に突入である。とは言え物件がそこそこあったので、少し売ってここは凌いだ。

ドドッ!ドドドッドド~~ドドッ~!!

ハリケーンボンビーやら、キングボンビーやらがここで立て続けに襲い掛かってくることにより、僕の会社はもはや立ち行かなくなり、80年を少し過ぎたあたりで僕の物件は0になった。まったく持って0。零である。怖い。キングボンビーにまとめて水産物件を軒並み捨てられ、ハリケーンで農林物件も飛ばされ、借金を返済するためにあらゆる物件を手放した結果が物件0の事態。

この時点でほぼ戦意を喪失し、P嬢のニーソを八つ当たり的に蹂躙していた僕だが、残酷な天使のテーゼなP嬢は救いの手ではなく追い討ちの手を差し伸べてきた。
『大日本鉄道』の買収である。
僕の収益はこの時点でまさに微々たるものになる。
CPUにも追い抜かれ、そろそろ首を括るためのロープを用意しなければならないな、と思った。
しかし、一応僕にも逆転の可能性はあった。『とっかえっこカード』である。
僕があえて借金にまみれ、ハリケーンでP嬢の高額物件(桃太郎ランドとか桃太郎ランドとか)を吹き飛ばし、さらに持ち金をとっかえっこすることが出来れば、立場は大逆転する。仮にP嬢の総資産が10兆で、持ち金が6兆だとすれば、とっかえっこをした段階で僕の総資産は6兆になり、P嬢の総資産は少なくとも4兆、借金で物件を手放さなければならないとすればさらに減ることになる。
そういう恐ろしい策を練りつつ、地道にとっかえっこカードを狙っていたわけだが

カード駅に止まってカードを狙って取れるはずがないwwwwwww

まあP嬢は狙って取ってしまったわけだが、それは僕が使うことは出来なかった。
そうこうしているうちに、P嬢の資産はどんどん膨れ上がる一方で、逆転の瞬間が待ち遠しいもう今回は勝てないなと思い始めていた。
しかしチャンスはまだあったのだが、僕の策は、P嬢が銀次に6兆ほどスラれることによって崩壊する。
銀次に全額スラれることはP嬢にとっても悲惨な出来事だったが、僕にとっても最後のチャンスが消えたという意味で悲惨な出来事だった。まさか銀次に横槍を入れられることで崩壊するほどの策を真剣に考えていたとは……。僕にも、ニアのように、メロの横槍があっても策を遂行出来るほどの脳みそがほしい。

そうして99年は過ぎ…僕は圧倒的に完敗したorz

しかし、次は今度買いに行くUSAで勝負だ。次は勝つ!HPを見る限り、かなり凶悪なカードやらシステムやらがあるので、なかなか波乱に満ちた戦いになりそうで楽しみだ…!

『願わくば、君が澪音の世界に捉われないことを……』

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ついでだから『クライモリ』の感想も書いておくw
この映画、ホラー映画好きの中ではそれなりに評判なんだけど、僕はキャッチフレーズに先ず痺れた。
『帰れるのは、悲鳴だけ』とか、なんか良いキャッチフレーズだよな。
で、肝心の内容なんだが、まあテキサス・チェーンソーっぽい具合だ。数人の男女が森に迷い込んで、よくわからない人たちに襲われてひたすら逃げるというもの。スリルは満点。ただ構成がやっぱりベタかなあと思わなくもない。でもまあ、ベタであるが故に楽しめる部分はある。『効果的だからこそ多用され、多用されるから陳腐になる』ってやつだ。
こういう系統の映画は『悪魔のいけにえ』に端を発するわけだが(『悪魔のいけにえ』はニューヨークの何とか美術館に、『ゾンビ』と共に「ここまで来ると芸術的」という理由でマスターフィルムが保管されている。)、『クライモリ』はその中でもまずまず優秀な部類なんじゃないかなと思う。

『片腹痛い!片腹が痛い!』

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僕の中では、

M:I1 ☆☆☆☆☆
M:I2 ☆☆

だったので、これが製作されているのを聞いたときに「えー」となったわけだが、今回は巻き返しに成功したと言えよう。
内容も面白い。初号機が無人ヘリが云々と言ってたから、スカイネットっぽい話なのかなあと思ってたら、違った。今までどおり、基本スニーキング・ミッションなお話だった。
イーサン・ハントは私情を優先しすぎるにも関わらず任務はいつもうまく行くあたりがご都合主義なハリウッド映画だなあと思いつつも、そういうのは嫌いじゃないので楽しめる僕ガイル。まあ、個人的に一番好きなのは、公と私の板ばさみの苦悩だけれど。

てか、局長役の人はずっとケン・フォーリーだと思ってたんだけど、ローレンス・フィッシュバーンなのね。いくらなんでも似すぎだろ。
ケン・フォーリーだとずっと思ってたから、サイモン・ペッグにしろヴィング・レイムスにしろ、ゾンビ系の映画に出てた人がやけに多いなあと感心してたんだけどな。
サイモン・ペッグはああいう役回りがすごい似合ってるんだけど、実際『ショーン・オブ・ザ・デッド』のコメント映像とかを見る限り、結構落ち着いた人なんだよね。あんな3枚目を演じてる割に。

いやまあしかし面白かった。なんかこういう有名作は久々に見たから目に良かった。

2007年5月12日土曜日

『やあ友よ!幸薄き隣人たちよ!我等はこの世界という鎖から解き放たれた!来る者は拒まないが去る者は決して赦さない!仮初の終焉、楽園パレードへようこそ!』

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同グループのIちゃんがサンホラのライブDVDを持っているということで借りて観た。
こないだ、とらのあなでRomanのライブDVDを買うかどうか悩んだのだが、このElysionのライブDVDを見て買う決心がついた。
サンホラは素晴らしい。
好きなアーティストのライブDVDを見るのは気分が酷く高揚する。
というか、あれは本当に『楽団』だなあ、と思った。もちろん僕は音楽的にも素人だから、詳しいことはわからないけれど、とにかくあれは『楽団』だ。
Jimangさんの演出には毎度毎度胸が躍るし面白い。Aramaryさんのありえないハイトーンの声も好きだ。ていうか、『Ark』歌ってるときはマジでしんどそうだったww
まああれはライブで一人で歌える曲じゃないからな…カラオケでも二人いないとしんどい。

やっぱり一番テンションがあがるのは『楽園パレード』。
そのパレードは、何処からやってきたのだろうか…
から始まり、
そのパレードは、何処へ向かうのだろうか…
で終わる物語はたまらない。
しかも、楽曲の途中で(歌詞の中で)パレードに加わる人たちが、Elysionのアルバムで語られる物語の悲壮な登場人物であるところに、サンホラならではの演出が見えて失禁する。

アルバム一枚を通して物語が完結し、ループし、永続する手法は中毒になる。Jimangさんの特徴的な声がそれにさらに拍車をかける。
wikipediaを見てわかったのだが、Jimangさんはアメリカザリガニから、『絡みにくい人物No.1』認定されてるんだそうだwまああの人は確かに癖が強そうだからなあ…単独で見るのが一番かも知れない。あんまりよく知らないけど。

ライブDVDを見た熱が冷めやらぬうちに色々調べて、今これを書いてるわけだが、サンホラは元々出発点が同人で、そこから口コミやらネット活動やらでメンバーが増えて、今あれだけ巨大な規模の楽団になってることを考えると、『草の根活動』って言うか、『執念』っていうか、そういうのって欠かせないよなあってなんとなく思った。Revoさんは実際僕と大して年は変わらんっぽいし。
要するに、何にどれだけ打ち込めるのか、ということが問題だ。同人という場は、それが正当に評価される場でもあるから、執念があればあるほど成功の確率は比例する。それはサンホラを例に取り上げるまでもないことだ。才能はブースターにはなるけれど、燃料になるのは必ず努力。

とはいえ、現実的な話、いくら執念があっても達成できないことは多い。努力や才能の量ではなくて、環境の差であったり、性格の違いであったりするから。

しかし、ライブの最後の曲が『恋人を射ち堕とした日』とは最高だったね。あれはまさに名曲だ。
弓がしなり弾けた焔 夜空を凍らせて
凛と蒼く別離(わかれ)の詩を 恋人(あなた)を射ち堕とす

遠い日の忘れ物 引き裂かれた傷痕
呪われし約束をその胸に宿して

「避けられぬ終焉は せめて愛しいその手で」
抗えぬ衝動の闇が彼を包んだ

歪む世界螺旋の焔 輪廻を貫いて
凛と緋く血塗れくちづけ 恋人(あなた)を射ち堕とす

(忘レモノハ在リマセンカ?)

古の伝説 その魔物に傷を負わされた者は
呪いが全身を駈け廻り
やがては同じ魔物に成り果てるだろう

(その傷を負ったのはいつ)

それは二人が出会ったあの日まで遡る
彼が彼女を助けた時に負った傷
全ては出会った時から始まっていた

(出会いは喪失への約束)

枯れ果てた涙は 哀しみの蒼い焔を宿し
銀色に輝く矢を放つ
何度でも 唯 彼が息絶えるまで

(Lost)

愛する人を失った世界には
どんな色の花が咲くだろう?

月を抱いた十字の焔 茨を捲きつけて
凛と白く最期の弓矢(Arrow) 私を射ち堕とす

(愛する人を失った世界には どんな色の花が咲くのだろう?)

2007年5月3日木曜日

『愚かな提案があるのだがどうだろう……私で良ければ君の、話し相手になりたい』

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民間刑務所で Ruby によるソフトウェア開発者を養成、アウトソーシング業務を

昨日この記事を知って、なんだかなあって思ってたら、

プログラマーの方に質問です。
受刑者にプログラミング言語を覚えさせるとしたらどの言語が最適だと思いますか?
理由も含めてお答えいただけたらと存じます


はてなに質問した後で民主主義的に決めたことだったのなwww

そういう風にWEBを意思決定に使うのは良いことだと思うけど、受刑者にソフトウェア開発…ってのがどうにも気に入らない。

確かに僕も、昔受刑者を使って何かさせれば一つデカいことでも出来るんじゃないかと妄想したことはあったが、以下の理由から却下した。

1:刑務所に入ることが就職斡旋を受けるかのような受け取られ方をされると結局のところ犯罪を増加させることにしかならない。つまり、単純に受刑になっていない。
2:ソフトウェア開発と言う仕事の価値を貶める。また、刑務所に入るような人に知的作業をさせるのはある種リスクが高い。

特に①が理由としては大きい。ビジネスモデルとしては、手っ取り早く人材を育てることが出来て良いかも知れないが、倫理的にどうなのって思う。
結局のところ、刑務所に入る意味を問うことになるのだけど、「犯した罪に対して服役し更生を促す」ものではないのか?
「社会復帰させて更生を促す」のであってはなんだか本末転倒だ。「職に困れば犯罪を犯してここに入れば良い」と考える人が出てこないとは僕は思わない。それでなくてもホームレスよりは居住環境としては安定していると名高い刑務所だ。

ロシアだかどっかの思想家が考えた、犯罪率を最も低くする刑罰の一つに、「一日かけて砂の山を移動させ、翌日に元の場所に戻すという刑罰を導入すれば、服役者は1ヶ月も持たずに自殺する」と言うものがあったが、これが刑罰の端的な意味を最もよくあらわしてるんじゃないか。
が、これは少しジレンマに近いところがあって、「刑務所に入るのを恐怖させることによって、結果犯罪率を抑止する」のか、あるいは「刑務所に入った者に、働く喜び等を知ってもらい、結果としての社会復帰を望む」のか、だ。
上記のロシアの極端な例で言えば完全に前者であって、これは「刑務所に入ったら終わり」。
今回記事にしたものは完全に後者であって、「犯罪を犯しても働くところはありますよ」。
現在の刑罰は先ず軽重を審議されるから、ちょうどバランスが取れていると思うけれど。

こういう言い方は嫌いだが、犯罪を犯した時点でまともな人とは一線を引くべき。前科のある人が再犯を犯す確率が高いのは(特に性犯罪者)既に統計で知られてる。ソースは僕の記憶。
更正するかしないかは本人次第であって制度で後押し、ましてや強制するもんじゃない。
考えられる結果論だが、例えば犯罪を犯した者が民営刑務所の「受刑」を受け、普通の人よりも高い生活水準に達してしまった場合、まっとうに生きてるのが馬鹿らしいと考える人はいないだろうか?
もちろん、過去受刑を受けて出所したあと、何か巨大な事業を成功したという事例も探せばいくつもあるだろう。『シンドラーのリスト』を見ても、オスカー・シンドラーがやってたことはこれと大差ない。が、シンドラーが使っていたのは社会的に不当な差別を受けていたユダヤ人であって犯罪者では決してない。あれを参考にするのは良いにしても基準が全然違う。

まあ、受刑した人がこの会社に入るのならば、どれだけ仕事が良くても決して外聞は良くないだろうね。試みとしては面白いと思うけど、少なくとも僕の考える社会倫理に反するな。

2007年4月28日土曜日

『結局、人は人に従うのであって、思想や制度ために戦わないということかな』

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授業自体は午前で終了で、昼から面接があるんだがそれまで暇だというF沢ととらのあなに行って、苺ましまろ5巻を購入した。
とらのあなでは、SoundHorizonの『Roman』のライブDVD映像が流されていて、30分ぐらいボーッと見てた。やはりサンホラは素晴らしい。
最近は『Elysion』しか聞いていない僕だが、中でも『Sacrifice』と『楽園パレード』は大好きだ。もちろん他の曲も好きだ。
DVDめっさ欲しい……でも金がないお。無理してでも買うべきか否か…。
「運命に翻弄される弱者の立場に嘆いた少年は~」のくだりが聞けるとか最高するぎ。鳥肌&失禁モノだぜ畜生め。

F沢と喫茶店で時間を潰しているときに、Tから「無線LANのことはわかるか?」と言うメールがきた。
「字面から察するに、どうやら線の無いLANのことのような印象を受けるんだが、あってるか?」とか言うネタを返信しようかと思ったが、さすがにそれはやめといた。
時間なのでF沢と別れた僕は、その足でTのいる研究室まで行った。直接見たほうが早い。

とは言え、僕自信、無線LANの設定は何度かしたことがあるが、トラブルシューティングに対応できるほど無線LANについては詳しくない。が、それでも良い機会だと思って、藁に縋ってもらおうかと言うことで見ることにした。
結論から言うと、解決は出来なかった。研究室単位で無線LANが配備されているのがそもそもの問題じゃないのかと思ったりもしたが…。
そのあたりを一手に引き受けていたTが僕に依頼する有様だから、過去の状態がよくわからない僕には手のつけようのない部分も多々あった。まあそれでも調べながらやっていくのは楽しいので色々トライ&エラーで3時間ほど潰した。お邪魔しますた。
でもまあ、一応解決の糸口は掴んだ。てか、今から考えると3時間程度で解決出来たら僕は今すぐにでもCEで食っていける。

今朝、僕のグループにいるネットワーク大好き野郎に事情を説明したところ、いくつか有益なアドバイスをもらえたので、それを朝一番にTに伝えた。

人脈ってマジで大事だな。
なんかこのまま社会人になったら、僕は人脈の面で色々楽をしそうな気がする。一分野に偏らず、本当に幅広いやつらを友達に持てて誇らしいね。友達を誇らしいと思うのは僕の傲慢かな?
僕が旅行等の計画を立てなければならなくなったときにはDを頼れば間違いはないわけだし、税関連はEに一任すれば良い、PCで困ったことがあったら僕に聞け、と言う風に、互助の精神じゃないけど、自分一人で出来ることにはそりゃあ限界はあるわけだから、自分と一緒に進んでくれる人は多いほうが、何をするにしても安堵出来る。
「頼れる人間がいる」と言う事実の前では、どんな価値観もちっぽけだ。

2007年4月27日金曜日

『鏡の国に迷い込んだ 僕は心と向き合うのさ』

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どこだかはわからないけど、小さな納屋の中で過ごしていたら、強烈な雷雨と地震に襲われて怖かった。
僕は返答しただけなのに「言葉遣いが悪い」と言われ、そのあとその人の娘さんにPCを教えた。見たこともない設定画面で戸惑った。

夢ってのはいつもよくわからんものですよね(;´Д`)鼻声で言うとゆべ。
確かに現実とリンクしてはいるみたいなんだけど。

今日は待ちに待った苺ましまろ5巻の発売日ですよ!
ノー残業、ノーライフ
じゃなくて、 残業、ノーライフ を謳っている僕は午後から聖地へと買いに行くのさ。
ましまろOVAは、購入手続きをしていたつもりがしていなくて、2日ばかり遅れそうなのでもう切腹したい思いだ。

友達がデュアルコアCPUを買ってメモリを2Gにしたとかで、動きがアホみたいに早くて困ってるらしい。
悩みを聞けば解決したくなるのが僕の性分なので、ちょっと乗り込んで僕のメモリと交換してこようかと思う。

2007年4月26日木曜日

『光栄なことです。私は元々優秀じゃありませんので。』

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現在のところ、若干強引な方法を用いてはいても、メンバーをうまく統率出来ているために、全ての作業進捗は予想以上、期待以上に前倒しで進めることが出来ている。
僕が優秀だからとかそういうのではなく、単に約束をきちんと守ってくれるメンバーだから安心して僕は僕なりの考えを実行出来るだけだ。舵を取ることが僕の仕事だと思っている。
元々、僕はそういう大局的な目で物事を考えることのほうが得意だという自負があるため、細かいことに口を出してバランスを崩すよりは、各々に細かいところは任せて、僕は全体を管理するというほうが向いていると思う。無論、下っ端として適当な雑用をこなすことに嫌気を覚えるわけではない、むしろたまにはそうありたいものだと思う。考えてみれば、少なくとも専門学校時代では4年間ずっとリーダーやってきたわけだしな。おかげで無駄に顔が広くなった。まあ今後のささやかな自慢のネタぐらいにはなるか。

作業配分を均等に行い、可能な限り自宅作業はさせないようにしているから、「水上さんのおかげで楽だ」と言ってくれることが僕には非常に嬉しく思うし、それを内心自慢にしたい。
ほかのグループは、何故か「みんなで遅くまで残って作業をする」と言うことに美徳を覚えるタイプの人間がリーダーであることが多いようだが、「会議は踊る。されど進まず」と言う有名な格言を知らないのだろうか?僕は10人程度で集まった場合、2~3人が頻繁に発言をし、その場だけで何かが決まる場合、残りの7人の意見が聞けなかったり通らなかったりする可能性を酷く危惧する。声の大きいやつの出す意見が正しいなんて僕は思わない。それは単に性格の違いであって、思想的に優れてる証明にはならないからだ。実際、あまり発言しないおとなしいタイプの子の一言がありがたいヒントになったことなどいくらでも類例がある。それに、数人の頻繁に発言するやつの意見が必ず取られるなら、その他大勢はそこにいる意味はない。そこにいさせるのは、強者にとっての状況証拠程度の理由だ。
だから僕は集まって話すことを避けている。特にブレインストーミングに毛の生えたようなことは、集まってやりたくない。他者の意見に左右されてしまうことが多々あるからだ。僕はその人の生の意見が聞きたいのだ。僕はその個人の個性あるアイデアが知りたいのだ。

2007年4月22日日曜日

『神仏の実在を問うことはナンセンスだが、信仰すること自体は尊ぶべきだと云うのと同じだ』

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しまった、Dの家にスコア表を置いてきてしまったorz

4年ほど前に僕が組んだDのPCがそろそろ老朽化してきてヤバイと言うので、取り急ぎHDDだけ交換する作業を今日やっていたのだが、Windowsのインストールはちょっぴり時間がかかって暇なので、その間にボウリングでもやろうかと言う話になり、近所のROUND1に行ってきた。

高校のころからDを超越するためにボウリングを精進してきたわけだが、そろそろDが僕の軍門に下り始めてきている。
フフフ。
スコア表がないので詳しい戦績をお伝え出来なくて悔しいが、僕のポンコツ頭に記憶しているだけの情報を列挙すると

ゲーム数:6ゲーム

僕:3勝3敗
D:3勝3敗

ハイスコア:185@僕

僕の6Gのアベレージ:166
Dの6Gのアベレージ:158

ストライク率とスペア率に関しては詳しい数値は失念したが、どちらも僕が5~6ポイント上だった。

あと、隣のレーンにいた女の子の絶対領域がAAAランクだったことがオラに元気を分けてくれた。

惜しむらくは、ゲーム数で見たときの3勝3敗の引き分けに終わってしまったということだろうか。
もしもゲーム数が奇数であったなら…と思わなくはない。
しかし、トータルスコアで遂にDを凌駕することが出来たと言うのは、僕のボウリング史上最大の出来事である。

実際問題、Dとスコア表を突き合わせて検証してみた結果、1G目の

僕:185
D:139(?)

と言うスコアの差が、そのままトータルスコアの差にほぼなっているということであり、つまり2G~6Gまでは、ほぼどっこいどっこいで大した差はついていないのだ。
自称スロースターターなDと、自称逃げ切り先行型の僕の性質の差が如実に現れた結果となった。
僕の勝ちだ!!!!


で、Dの家に戻って赤福を頬張りながらインストール作業を続行していると、まあHDDに新しくOSを入れなおすわけだから、当然マザボのユーティリティディスクとかが必要なわけだ。音声とか出すためにはね。デバイスを認識させないといけないわけだから。
少し話は過去に戻るけど、こないだDと共にWindowsXPのOSを買いに行った。買いに行く前に、当然ながら「4年前に買ったやつはどうした!?」と聞いたところ、「残念だが見失った」と言う残念な返答が返ってきたので、仕方なく新しくOSディスクを購入する必要があったのだ。
そしてもう一度話は戻る。僕が「マザボのユーティリティディスクはどうした!?あれがないと音声でないぞ」と言うと、「ああ、そこにあるよ」と、モニタの裏にある埃まみれの4年前のマザボの箱を指差してくれた。そしてフタを開けてみると、

中にはWindowsXPのOSディスクが入っていた。

(゚Д゚)ポリーン

HDDの中身を一新することには成功したわけだけれど、Dの本日の精神的重圧&虚脱感は僕が代弁するには筆舌に尽くしがたいものがあったわけだった。ちゃんちゃん。

ゆりえ台風

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昨日、親が仕事で微妙極まる時間に帰ってきたおかげで家でご飯を食べれなくて、おかんに「あんたらなんか食べといで」と3k渡されて家を飛び出た僕とP嬢は、近所で晩御飯を食べて帰りにBOOK OFFでゲームを購入した。

これ。零。
公式サイトはこちら

前から「SIREN」と並んで怖い怖いと評されていたのを知っていたため購入。
僕もP嬢もこういう日本系ホラーはダメだがそこをあえて。しかも夜0時ぐらいまで部屋暗くして。怖すぎwwww

何が怖いって、カメラアングルが超怖い。バイオハザードみたいな感じなんだが、あれをもうちょい全体的に暗くした感じ。
しかも、バイオハザードならまだゾンビが見えてるし動きもトロイからワハハと笑いながら出来るのだが、このゲームは『射影機』とか言う、幽霊を除霊できるとか言うカメラで写真を撮って幽霊を攻撃しないといけないからいやらしい。
吊橋があって、そこを渡ってるときに「カメラ構えて一人称視点になれば遠くの風景見えるんじゃね?」とか考えてカメラ構えた途端に目の前に幽霊が出てきたときはマジビビった。たぶん今年で一番驚いた。心臓から口が飛び出るかと思った。

でも、

部屋暗い「ちょ・・・・・・この扉開けんの・・・・?ギギギ・・・・・コワス・・・・・・・・・・・・・」
部屋電気つける「ちょwwwwwwww幽霊3匹も出てきたwwwwwwwwうぜえwwwwwwww」

この違い。雰囲気って重要ですね、ってお話。しばらくこのゲームは楽しめそうだ。

2007年4月15日日曜日

『石の僕は空を切り取った』

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ソフトウェア開発技術者試験が何とか終わったわけだけれど、なんやかやと忙しくて殆ど勉強出来てなかった僕は、「記念受験になりそうかなハハハ」なんて思いながら会場へと足を運んだ。
前回・前々回と、午後Ⅱのアルゴリズムでしてやられたわけだから、今度はちゃんと勉強したら通るだろうと思っていたことは思っていたんだけど、どうにも忙しくて勉強出来なかった。ていうかやる気になれなかった。

けど、前回・前々回は結構まじめに勉強していたから、今回殆ど勉強しない状態でもかなり善戦出来たと思う。
と言うかこの勉強は半ば趣味みたいなものなので、一度理解したらなかなか忘れない。学校のシステム制作にも通じる部分がかなり多いし、ただの座学で終わっちゃいないところがあるから、今回も午前はなんとかなった。要するに、根本的なところを理解していたら、あとは応用の問題なのだ。もちろん、解法のセオリーもあるけれど。

今まで苦渋を舐めさせられてきた午後Ⅱだけど、今回はデータベースの問題だったのでかなり余裕だった。20分も余った。
去年の暮れまでDBと複雑なSQLを使ってプログラムを作っていた所為か、あれぐらいの規模のDBなら見た瞬間に全容が把握出来た。だから説明文なんて始めは全然読んでないし、設問解いていってるときに、『ここはこうじゃないとおかしいはずなんだけど』みたいな経験則を裏付けるために説明文を読むような本末転倒な始末だった。
でも、普通に今回のは難易度は低かったと思う。午後ⅠのDB問題に毛が生えたような難易度だった。ぶっちゃけ、7割ぐらいは図と説明文中に答えが書いてあるような雰囲気だった。

とか大口叩いといて落ちたら格好悪いからこれくらいにしとく。
まあ午後Ⅱはたぶんいけてると思うけど、問題は午前と午後Ⅰだ。特に午後Ⅰ。キャパシティの問題は何あれ新傾向なの?ちょっと戸惑いながら解きました。
あとはあのアルゴリズム。アルゴリズム自体は簡単なんだけど、僕はアルゴリズムの問題に苦手意識を持っているからどうしても解くのが遅くなってしまった。
他はたぶん大丈夫。
ネットワークとセキュリティの問題は、1月から『ネットワークマガジン』を購入して熟読するようになった所為か、かなりぬるく感じたwやっぱああいう業界雑誌って役に立つね。基礎能力の向上っつーか、思考の慣れっつーか。DB系の雑誌も買うようにしようかな。

午前は…まあいつもの通りかなあ、と…。まだ簡単なほうだったのかな。勉強してないから手ごたえに実感が伴わなかった。

総論。午前が受かってればたぶん大丈夫だけど、僕的には合格率は65%ぐらい。これで受かってたらいいけどなあ。

2007年4月14日土曜日

諸君

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諸君 私はデスノートが好きだ
諸君私は デスノートが好きだ
諸君 私は デスノートが大好きだ

夜神月が好きだ ニアが好きだ 相沢が好きだ ジェバンニが好きだ 火口が好きだ ワタリが好きだ 竜崎が好きだ

屋外で 自室で ポテチの袋の中で 時計の中で 山手線の車両内で この地上で書かれるありとあらゆるデスノートが大好きだ

キラ幹部をならべたキラ王国の一斉放映で出目川と共に心臓麻痺で死ぬのが好きだ
デスノを抱えて空中高く放り上げられたミサイルがレスターに発見された時など心がおどる

竜崎の操るヘリコプターのライトが火口の車を照らすのが好きだ
悲鳴を上げてのた打ち回る夜神月から助けを求められたリュークがデスノートで名前を書いた時など胸がすくような気持ちだった

モニタを揃えたウェディの仕事がヨツバ幹部の家を蹂躙するのが好きだ
恐慌状態の恐田奇一郎が色々と説明中のリュークに何度も何度も発砲している様など感動すら覚える

完璧主義の魅上照を偽造デスノートで騙していく様などはもうたまらない
苦戦する夜神月がメロの一言とともに半分の寿命を持っていかれるカル・スナイダーをさらに操って殺すのも最高だ

哀れな民衆たちが雑多な小道具で健気にも襲い掛かってきたのをオモチャで冷静に遊んでいるニアが崇拝者ごと分析しこき下ろした時など絶頂すら覚える

ミサミサの友達の看護師姿が好きだ
必死に守るはずだったデスノートが転々としルールが追加され看破されていく様はとてもとても悲しいものだ

竜崎のお菓子の物量に押し潰されて糖尿病になるのが好きだ
ニアに会うためにジェバンニの車に乗った相沢がスパイのように目隠しをされるのは屈辱の極みだ

諸君 私はデスノートを 死神界の様なデスノートを望んでいる
諸君 私に付き従う大犯罪者諸君
君達は一体何を望んでいる?

更なるデスノートを望むか?
情け容赦のありまくる読み切りの様なデスノートを望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし三千世界のニアを殺す嵐の様なデスノートを望むか?


『デスノ! デスノ! デスノ!』


よろしい ならばデスノートだ


我々は渾身の力をこめて今まさに書き込まんとするシャープペンシルだ
だがこの暗い監獄の中で50日間もの間竜崎の陰湿な尋問に堪え続けてきた我々にただのデスノートではもはや足りない!!

大デスノートを!!
一心不乱の大デスノートを!!

我らはわずかに一個刑務所 千人に満たぬ犯罪者に過ぎない
だが諸君は一騎当千の犯罪者だと私は信仰している
ならば我らは諸君と私で総力100万と1人の犯罪者集団となる

我々の名前を忘却の彼方へと追いやり眠りこけているキラを叩き起こそう
髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ顔を見せよう
キラに恐怖の名前を思い出させてやる
キラに我々の顔を思い出させてやる

天と地のはざまにはキラの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる
一千人の犯罪者団で
新世界を燃やし尽くしてやる

「最後の犯罪者隊 犯罪者指揮官より全犯罪者艦隊へ」
目標日本国本土東京首都上空!!

第二次キラ作戦 状況を開始せよ

『your new word この感覚が遮断されても聞こえるよ』

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PC接続も定額制に 携帯各社が検討

やけにタイムリーだな。この間事件になったばかりのことをもう…。
実際あの事件に関しては喧嘩両成敗な部分があるにはあるけど、そもそもネット利用全般に関しての『従量課金制』が時代遅れになりつつあると感じる。
ユビキタスを謳う一方で、「使えば使うほど料金はかさむから注意ね」なんて、矛盾も甚だしい。否、矛盾は言いすぎか。アコギな商売かな、と思うぐらいにしておこう。

携帯をPCに接続してネット接続すると言うのは、僕が携帯電話を持った高校3年生のときに、インターネットに接続出来ないPCをなんとかネット利用出来ないかと考えてたことだが、当時でも実現は出来たがあまりに速度が遅すぎた。
現在でも、ネット利用に関して言えばまだまだストレスを感じるものではないんだろうか。
それに、今年中に一部地域でWiMaxは試験稼動しだすだろうし、そうなるとあえて携帯とPCを繋いでネットを利用するなんていうやり方も古いものになる。



ぐああああヤバイマジヤバイ。
グラボのファンの摩擦音がえらいことになってきたwwwwwwwwwwwwww
「ボンッ!」といつ言ってもおかしくないレベルwwww
よし、今から新しいGPUファンだけ買いにいくぜ!

2007年4月12日木曜日

かーみーちゅー!

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あー危なかった。
PCから変な音がずっとしてたから、気になって原因を確かめようと色々と弄ってたら、まあ結局グラボのファンの建てつけが悪くなってきてるみたいで、それが原因で妙な音が発生してると突き止めたまでは良いんだけど、そのときに、

Windows起動中…

電源長押しシャットダウン

を何度かしたために、マスターブートレコードの一部がぶっ壊れたらしく、何度起動しなおしても、

NTLDR is missing

と言うエラーが出て、Windowsが起動するところまで行かない!

なんかRADEONのX1600Proのファンを覆ってるプラスチックバネルがちょっと鬱陶しかったので外して作業をしていると、よくわからないがBIOS画面ですらフリーズしてしまうという現象に。どういうことだよ!

で、仕方ないからまた付け直して、でも

NTLDR is missing

は直んなくて、あーどうすっかと思って、4台あるHDDのうちOSが入ってるやつを残して他は全部外した。
んでOSのディスク入れて、コンソール画面でちょくちょくとMBR関係の修復みたいなことをして、再起動すると、動いた!

面白かったのが、なんかコンソールではドライブ名がおかしくなってたこと。
Windowsの入ってるドライブはCドライブなのに、
F:/<
とか言う表記になってたwww
まあ普通にコマンドは通じたからいいんですけど。


そして僕がやっと気付いたのは、頻繁に使用しないデータドライブは、基本繋げないほうがいいな、と言うこと。なんか寿命縮みそうだし。
隣の部屋のPC小道具を収納している棚に、5インチベイのHDD増設用ラックが見つかったので、今後はこれを多用することにした。必要なときだけ繋いでデータを吸う。


ていうか、問題のグラボは結局直んないなと言う結論に至ったので、また今度ファンだけ買い換えることにする。
グラボ買い換えるのって高くつくし、たぶん問題になってるのはファンだけなので。

2007年4月11日水曜日

リーダーならされましたよっと

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         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|   あ…ありのまま 今日 起こった事を話すぜ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|  『おれは教室の中で大人しくしていると
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ     思ったらいつのまにかリーダーになっていた』
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人   な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |ヽトiゝ    おれも何をされたのかわからなかった…
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ   頭がどうにかなりそうだった…
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \  立候補だとか推薦だとか
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ  そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...  イ  もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

2007年4月10日火曜日

『総員!大隊長殿を救え!』『半数は死にます。よろしくありますか。』『今、あの人を失えば僕らは烏合の衆になる。そうなればどの道全滅する!』

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どこまでこの不条理な出来事を書いていいのかわからないけど。

学祭の時期が半年早まった
今まで、9月上旬スタートの1月下旬発表だったのが、4月上旬(つまり今だ)スタートの9月上旬発表と、半年間前倒しになった。
グループ作業
10人±1人と言う単位でのグループ製作になる。そこでは、各担当に仕事を分担し、なるべく効率良く運営することが望まれる。
問題はそのグループの結成方法についてだが、これは単に「仲良いやつが集まれ」ではない。
それだと、グループ間での戦力バランスが崩れるし、そのわけ方だと必ず1クラスに1グループは、「あまりもの」グループが出来るためだ。一時的なグループならばそれで良いかも知れないが、学校の一大行事としてのグループ編成でそれはまずい。
学校の体面
かなり大々的に行う行事なので、やはり学校側としてももっとも気合を入れる行事である。大学の文化祭と大差あるところは、「生徒の出し物だがイベントの主導は学校側」と言うことだ。
ある意味広告塔として十分に機能するイベントなので、それなりのクオリティは求められる。だから、学内での審査のレベルも高いし、出した企画が必ず通るなんてことはありえない。
要するに、
・グループ編成
・作品の質
・イベント運営
主にこの3つに関しては並々ならぬ圧力がかかっていると言っても差し支えない。
グループ内でのいざこざが起こり、退学するやつが出てくればそれもやはり個人的な問題と言えど管理側の責任を問われてもおかしくない部分にまで発展しかねない。
作品の質が、大々的にするほどのものでもない程度のものであれば、それもやはり学校の戦略として具合が悪い。
どうあっても、主に体面の関係から、学校側の管理が強くなってしまうのだ。
従来のメンバー選出
第一に肝要になってくるのが、グループ編成だが、これは主に次の手順で行われる。

1:リーダーを選出
2:選出されたリーダーたちが別室で、クラス内の有能選手から順にドラフト制で取っていく

1に関しては、クラス内での立候補、推薦、教員からの推薦等、投票、色々勘案された上で決定される。
2に関しては、その選出されたリーダーが「すわ有能!」と思うやつから順にとっていくので、必然的に戦力バランスは分散される。
大前提
しかし、従来のメンバー編成方法には前提がある。
それは、「クラスメイトが互いのことを知っている」と言うことだ。
誰かがリーダーに立候補したところで、それがリーダーに向いているのかどうか、ついてくるやつがいるのかどうか、馬の骨でないかどうかと言うのは、今までの動向から大体推測出来る。
推薦にしても同様で、「すわリーダー向き!」と言うやつはやはり推されるわけだ。
最終的な決定はおそらく投票だろうが、これにしたって「あいつなら大丈夫」と言う墨がつかない限りは当選することはないのだから、確実に民主的ではある。
それに、仮にそのリーダーが馬の骨だったところで、有能なやつからとっていくドラフト制と言う性質上、結果的にもっとも有能なやつが中心になって動くことは間違いがないのだから、戦力が公平に分散されていれば問題にならない。
問題は今年
今までは、「クラスメイトのことがわかっていたから」と言う前提があったので、上記のような方法でいけた。
だが、今年からは違う。
グループの編成が9月ではなくて4月だということ。つまり新クラスになって間もないときにグループを決めなければならないということ。
それは、たとえ誰かが立候補したとしても、多勢からすればそれが馬の骨かどうかと言う判断材料にもならない。
同様に、推薦にしても同じだし、教員にしてもわからない。
そうなると、投票そのものがどう見ても形骸になる。第一印象でリーダーを選ぶことほど馬鹿げたこともそうそうない。

と言うことは、上記の「学校の体面」の側面から考えても、
「ある程度の選考は教員側で行われている」
と考えるのが妥当。

立候補者は立候補者で別枠で勘案されるのだろう。だがそれにももちろん教員方の選抜は入る。
立候補しないけどリーダー向きの人物に関しては、教員の間でリストのようなものが出回るのだろうと推測した。
推理
ある程度、少なくともリーダーの選出に関しては完全に出来レースにならざるを得ないと看破していた僕と茶汰君は、恐らくクラス編成もそれに基づいてされるんじゃないかと言う推論を立てた。
リーダー候補が絞り込まれているのであれば、また、クラスで5人しかリーダーになれないのであれば、リーダー候補が3人だとか8人だとかになると不都合になるので、あらかじめ配分はなされた上でクラス編成をされてる可能性が高い、と言うところまで読んだ。
実際には、新クラスメンバーを見るだけではその証明にはならなかったのだが、少なくとも僕と茶汰君は同じクラスではなかった。

つまり、推理したことをまとめるとこうなる
・立候補者、教員の推薦、と言う二つの面から、あらかじめリーダー候補は絞り込まれている
・絞り込まれたリーダー候補を分散させてクラス編成はされている
・時期的な問題から、投票によってリーダーを確定させるというようなことはありえない。
これらはほぼ確信していたため、あとは実際にどういう風にこれらを展開するか、が問題だった。
裏づけ
茶汰君のクラスはすでにグループ編成がなされた。
話を聞くと、やはり、完全なる予定調和、出来レースも良いところだったらしい。
立候補したのは3人。それは事前に教員に申し出ていた人たちであったらしい。
あと2人リーダーを選ばなくてはならないが、ここで無条件で引っ張り出されたのが茶汰君だということ。そしてそこに拒否権は存在しなかったこと。

ここまで来れば誰でもわかる。やはり、推測どおり、どこまでも出来レースだったのだ。
選抜された立候補者と、教員に推薦された推薦者。
茶汰君は見事に後者の枠に嵌り、そしてリーダーをする羽目になった。
次は…
実に合理的、実に明解、実に無難。
リスクを最小限に抑え、なおかつ上記のような論理を伝家の宝刀にすれば、どうあっても学校の思惑通りに事は収まる。
反対するやつ?出るはずもない。クラスメイトのことが何もわからない状態での、「選抜された立候補者」と「教員から推薦された推薦者」と言う墨のついた人間のことを公表すれば、投票などせずとも答えは明白だ。

僕はたぶんすでに20人ぐらいから「リーダー頑張ってな」と揶揄されている。
それがたとえ冗談であっても、そこまで知りもしない人間からそういわれるということそのものが問題なのだ。
3年次のグループ編成のときにも、僕は見知らぬやつから「リーダーシップがあるから」と言う理由でヘッドハンティングされそうになったが、僕はこの学校では大人しくしているつもりなのに、どうやら知らないうちに情報が漏れたか僕のメッキも剥がれたか。
僕がリーダーに向かない理由

・「出来ないなら僕がやります」と言ってしまう

・一人で抱え込みすぎる

・人を見切るのが早い

・自分は間違っていると迷ってしまう
実績
自意識過剰かも知れないけれど、僕は今まで割とどこでも中心的な人間に祭り上げられてきた。
13年ぐらいやってた少林寺では中学生にしながら大人の部の頭を任されたり(師範は小学生たちの面倒を見ていたため)、バイトでも必ず人を使い管理する立場にいた。
でもそれは僕が望んだことじゃなく、任されたことだ。僕は自分でそんな器だと思ってないし目立つのが嫌いだから立候補なんてしたことがない。唯一例外的なのは、生徒会に入るときぐらいだ。が、あれは内申点稼ぎ以外の何者でもなかった。
僕の気持ちを無視するならば、確かに人をまとめ動かすことに関してはそこそこの経験があるのかも知れない。でも、そんなのは僕がたまたまその立場になっただけで、僕以外の人間でもっと相応しい人物がいるはずだから、そういう人をこそ見てやってほしいと思う。
僕は自動ドアが開かないときが多いぐらい存在感が薄い人間だけれど、何か知らないけど目立つらしいのだ。専門学校に入ってよくわかった。大人しくしてるつもりがいつの間にか有名人だ。
けど、そんなことと僕がリーダーになることはまったく関係ない。それは単に僕の人脈が結果的に広くなったというだけである。
なんだかんだ言うけど
自分の意思とは無関係にそういう役回りで生きてきた僕だから、たぶん今回も僕の意思は関係なくそういう立場にたつことになるんだろうと思う。

願わくば、僕を軽視する人が多いことを……

2007年4月8日日曜日

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琵琶湖についてちょいと調べなきゃいけなかったので公式見てたら

滋賀県のホームページ(日本語)


滋賀県のホームページ(英語)



この違いはなんだよwwwwwwwwwwwww

新世界の髪

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夜神月の髪型は何て言う髪型なんですか?
夜神月の髪型は何て言う髪型なんですか?

回答数: 3  質問した人: takalighttakaさん


回答

たぶん『新世界の髪』だとおもいます

回答した人: rxhkr088さん

普通にうまいwwwwワロスwwwwww

2007年4月6日金曜日

『復讐と言う動機は厄介だからな』

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プロジェクト管理に関しての良書。
そりゃあ僕は実際のプロジェクト管理なんてまだしたことはないけど、規模に関わらず、グループを管理する立場にいた経験はあるものだから、少なからず相似するところはあったから、面白く読めた。
著者はExcel開発チームにいたプログラマであり、現在はとあるソフトウェア会社を設立した。
一般的に言われてる管理者の心構えとは結構逆のことを言ってて新鮮で、それら一つ一つについて合理的な説明をしているものだから、説得力もかなりあった。
…過去30年間の少なくとも2ダースの研究が示しているのは、仕事を完了させたり、仕事を成功させることを、報酬を期待して行う人々というのは、報酬をまったく期待せずに行う人々ほど良いパフォーマンスを示さないということだ
彼の結論は、報酬(あるいは賄賂)は職場では機能しない、ということだ。
(中略)
それは、彼らがご褒美のクッキーがないと仕事が出来ないほど自主性を欠いているのだとほのめかすことであり、侮辱的で人を貶めるものだ。

日本的に言うと、「好きな仕事を探してやれ」ってことなんだろうな。

あと、一つの作業を黙々とこなすのと、複数の作業をマルチタスク的にこなすのが、どちらかが効率的なのかと言うことをわかりやすく説明していたのも面白かった。
人間の頭脳をCPUに準えて話は進んでいたのだが、つまり、一つの作業を黙々とこなす『シーケンシャルタスク』の場合、頭の切り替えが必要ないから、そのことだけを考えて没頭出来る。
他方、複数の処理をこなす『マルチタスク』の場合、頭の切り替えがそのたびに必要なわけだから、それに必要な『切り替え時間』を総合すると、圧倒的にマルチタスクの方が非効率だというのだ。
まあ記号化するとこうなるのだが、実際に即してみると結構わかりやすい。

例えば明日、英語と数学のテストがあるとする。
僕は普段何の勉強もしないアホなので、前日になって教科書の埃を払ってとりあえず開いてみるわけだけど、時間的に考えて同時に勉強したほうが早いと思う。
だから僕は数学の問題が一問終わると、英語の翻訳を1行することにするんだけど、数学の問題に戻ってきたときに、
・次の問題はどこか
・さっきやった問題はどういう問題だったか
・解法はどういう要領だったか
と言うようなことをいちいち思い出さなければならない。
英語に戻ってもそうで、
・次の文はどこか
・今までの文脈はどういう内容だったか
等等、色々ある。
それに、両方に共通することは、それぞれの教科書を閉じたり開いたり、ノートをめくったりする手間が発生するということだ。
とは言え、それは人間時間に換算すると本当に微々たるものだけど(人間の頭は機械より高性能だから)、そういう面倒くさいものは、つまるところ集中力を左右する。やることが多ければ多いほど、それは挫折する確率を等比数列的に上昇させる。

と言うことで、実際問題に置き換えてみても、確かに、とヒザを打てるものではある。

あと、非常に興味深かったのが、ミクロ経済学の、代替財と補完財による需要と供給バランスの説明のくだり。
ほかのすべての条件が同じなら、補完財の値段が下がるとき、その製品への需要は増える。
例えば、マイアミへの航空運賃が下がると、マイアミのホテルの客室の需要は増える──それは、多くの人がマイアミへ行くようになり、客室を必要とするからだ。
コンピュータが安くなれば、より多くの人がそれを買うようになり、それにはオペレーティングシステムが必要なので、オペレーティングシステムに対する需要は増え、それはオペレーティングシステムの値段が上がるかも知れないということを意味する。

これは一部を抜粋したものだが、こういうわかりやすい例を用いて説明してくれるので、頭脳が間抜けな僕でも、ミクロ経済学の先っちょぐらいはわかるようになった。

コアになるのは、如何にしてチームを効率よく動かしていくかと言う、仕事的な意味でのプロジェクトマネージメント論に関する本なのだが、その外堀を埋めるように、数々の逸話がある。それは採用に関する話であったり、企業戦略に関する話であったり、無能な上司とのケンカに関する話であったりする。
こういう系の本では『人月の神話』がバイブルとされているが、あれは書かれた時代が時代だし、完全に経験者向けの本らしいので酷く難解らしいので僕は手をつけにくいのだが。

2007年4月3日火曜日

『あたしで和めよ!』

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P嬢とのxiバトルはヤバすぎるwww
僕もP嬢もかなりの負けず嫌いかつ結構な玄人なので、一回決着がつくのに20~25分ぐらいかかった。一瞬も気を緩めれないので2回やるだけで疲れたww
バトルゲームのルールは、1~6の面を全て早く揃えたほうが勝ちなのだが、例えば僕が6を揃えて、『6の面』を手にするとしても、P嬢がその6に連鎖を加えるような形になれば、『6の面』の所有権はP嬢に移るわけだ。
玄人である互いを出し抜いて全てのカードの所有権を得なければならないわけだから、これがまた難しい。
なぜなら、1や2は一瞬で作ることが出来るから。その分、連鎖もすぐに出来るんだけどね。
また、キャラクターが地面に降りているときにサイコロで踏めば、何らかの条件で相手の持つ面が自分の手元に来るらしい。
だから、白熱してくると、地面に降りた相手めがけて「死ねー!」とサイコロを転がす始末であった。
さすがに5とか6の揃えにくいものを揃えると、取られたらマズイと思うから半透明になった時点で違う数のサイで消していく。これがまたイヤらしい。
連鎖を繋げてサイの目を自分のものにしようとサイコロを転がして頑張ってる横で連鎖が出来ないように消されていくわけだから、「ちょwww」である。べ、別に連鎖なんてしなくてもちゃんと揃えれるんだからねっ!!

このゲーム、人によってはかなり脳を使って考えるみたいで相当難しく感じるみたいだが、僕とかP嬢は完全に感覚でやってるから、頭は使わない。元々脳の構造が同じなので、サイコロの動かし方とかも同じで、トライアルモードで連鎖を繋げるときに何度行動がかぶったことか。普通は、一つの面の上に二人乗れば、どちらか一方は何もせず、上手いほうが動かすか、あるいは同時に転がそうとして連鎖を逃すというパターンがほとんどだが、僕らはそうではない。ハイハイ思考回路思考回路頻度があまりに高すぎる。



画像は、2週間前ぐらいにドンキーコングをやってる途中で電話がかかってきてポーズしたときの衝撃画像。
こんなんポーズ解除した瞬間当たるwwww
SFCのカセットはちょっとした衝撃でフリーズしたりデータが飛んだりするから困る。


ついでに、全国編で開始した桃鉄で全員の名前をデスノ風にした瞬間の画像。
秘書の発言が面白くなる代わりに、僕とP嬢間で呼び名で一瞬混乱する。CPUの判別がより一層難しくなった。
しかし、4人(人間2人+CPU2人)での99年は、3人に比べると長い。
しかも、3人のときは弱っちぃ女子高生が相手だったから、実質上僕とP嬢の一騎打ちだったのだが、今回はCPUがものすごい強いので、CPU一人蹴落とすのが精一杯。風神雷神が相手なんだぜ。あんたなんか神じゃない!とか言ってられないぐらいボンビーに襲われる。
こないだ丸一日やったときでも20年ぐらいしか進まなかったし…まあ、常に波乱で面白そうだ。

ピクロスって二人同時にやること出来たと知って目玉がポロリと落ちるかとおもた。
僕が次に彫れるところを教えようと画面に向かって指を指そうとしたそのときに、近くにあったコントローラを手で押さえてしまったのだが、そのときに2P用のカーソルが出てきて、なんじゃあこりゃあああああ!!!!
今までは代わりばんこにやってたんだが、二人同時にやれると知ってからはクリアするのがめちゃ早いwww20x20のピクロスでも10分かからなかったりするwwタノシス

あとあれだな、スーパーチャイニーズワールドは意味がわからなさすぎるな。
よし、今度なんか面白いクソゲー買ってやってみようぜ。

2007年3月30日金曜日

成果主義な自治体

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あー選挙かーとか思ってる時にふと思った。
僕らは立候補してる人に投票をするわけだけど、それは間接的に掲げる政策に投票していることとなんら変わりはない。
いや、厳密に言うと違うのかも知れないけど、まあ僕の持つ印象がそんな感じだから、その考えは決してマイノリティじゃないだろう。
大体、有権者からしたら、その人がどういう人なのかってのは掲げる政策を見なければわからないし、極端な話、「何かしてくれること」を期待して投票するわけだから、別にその人の人格が腹黒かろうが清純であろうがどうでもいいわけだ。
でも、その人が当選したからと言ってその政策が実現するとは当然限らない。そこにどういう理由があるのかはわからないけど。
だから政策単位で投票するのが良いんじゃないかな、とか思う。立候補者は、その政策にぶら下がる形でのみ存在する、と。
民意の反映としての政策であるならば、そっちのほうが理に適うとは思うんだけどね。
その政策が本当に民の欲しているものかどうかは、その投票数を見れば一発でわかるわけだし。
それに、その立候補者が何らかの理由で辞任しても、政策はなくならないということが大きい。まあ弊害もあるだろうけど。
実際、代議士制度が確立されてからもそういうことってなかったんじゃないかなあ。あったら誰か教えて。

学園黙示録

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佐藤大輔さん何やってんですかちゃんと『皇国の守護者』の続き書いてくださいよ!って突っ込みはあるにしても、このゾンビ漫画は大変な傑作である。佐藤大輔さんがこんなにゾンビに精通していると知って僕はかなり嬉しい。
んで、何が傑作かって、

・絵が萌えるし綺麗だしよく描きこまれている
・ゾンビの『お約束』をよく理解しているために飽きない
・全世界同時発生

と言う点だ。
まあ、ゾンビ漫画と言う点で、絵はぶっちゃけどうでもいいっちゃどうでもいいのだが、それでも見やすいに越したことはない。
が、やっぱゾンビとかになるとオドロオドロしいシーンとかも満載でないとダメなわけだから、軟弱な萌え絵だと、どうしても表現まで軟弱になってしまう上に、単純に言って合わない。萌え絵と言うのは人を和ませるためだけに特化した絵の形態の一つだからな。
が、この漫画は絵はそこそこ萌える割に、建造物や脇役、ゾンビ特有の表情等が非常に良い。ほえほえした女の子からイカつい男までなんでもござれだ。だから違和感もない。完璧。
武器を使った格闘シーンも巧いし、銃器の扱いについても、やっぱりなぜか精通したやつが一人仲間にいたり(これもお約束だが)してて、無駄がない。演出も過剰でも過小でもない。
ビジュアル表現に関して言えばこんなところだ。

次に、ゾンビの『お約束』だが、まあこれは諸説あるのだが、

①篭城は厳禁
 必ず、守りさえ固めていれば助かると言うやつが出てくるが、それは大きな間違いで、いくらゾンビが進入してこれないように注意を払っていたとしても、生存者の精神が先ず持たない。もちろん、人数や確保した物理的スペース、治安状況にもよるが、まあ大体うまく行かない。
 Ⅰ:人数が10人以上の場合
   これは絶望的だ。篭城しているうちに確実に発狂するやつが出てくるし、それは伝染する。それに、食料等の問題が非常に大きいために、まともな頭を持った人間だと必ずそこに不安を覚え、やはり篭城には反対する姿勢を取るようになる。そうでなくても、内部で派閥が出来ることは必定であり、そうなると秩序立った集団行動すら危うくなる。
 Ⅱ:物理的スペースが狭い場合
   『ドーン・オブ・ザ・デッド』のスーパーマーケットぐらい広かったら問題もないだろうが、まあこの漫画で言うならば、せいぜい大きくて倉庫程度のものであり、普通は一軒家を考える(食料の備蓄が容易だし、外部との連絡も希望がある)。一軒家は一見篭城に向きそうだが、そうではない。持久戦にひどく弱いのだ。と言うのは、抱える食料の量に物理的な問題がある。一切買い物に行かずに1ヶ月以上も過ごせる家が存在するだろうか?
 Ⅲ:治安が悪い場合
   警察等の秩序がまともに機能しておらず、夜盗やゴロつき等が略奪を繰り返しているような絶望的な治安状態の場合、仮にⅡの問題をクリアして半年以上の篭城が可能だとしても、それは失敗する。いくら内部秩序が保たれていてもだ。侵入を警戒すべき相手がゾンビに限らなくなる。ただのゾンビ相手の篭城方法は、生きてる人間からすれば穴だらけで、そんなものは軽々と略奪者によって破壊され、ゾンビと一緒に侵入される羽目になる。また、そういう対略奪者に対抗する方法が縦しんばあったとしても、それはやはりいつまでも続くものではないし、武器・食料の消耗を激しくし、結果として篭城出来る期間を短くしてしまうだけだ。

 以上のような理由から、篭城は確実に成功しない。作者はそのことがわかっており、篭城しても一時的なものに留めている。

②見知らぬ人は助けるな
 同じように逃げてる人を見つけたとき、結託を必ず考える。人数が多くなればなるほどその声は多くなるし、それは人道に適ったもので批難の余地はない。僕も、助けられるべきなら助けるべきだと思う。が、それは女子供老人に限定すべきであって、特に血の気の多い男はあまり引き込まないほうが良い。血の気の多い男は真っ先に秩序を乱す原因であって、特にそれが女連れであった場合、主導権を握ろうと諍いを起こす可能性がある。助けるのであれば、信頼出来る人間に限ることは大前提である。

③戦いは極力避ける
 どんな理由があっても、戦うべきは目の前にいるゾンビだけに限るべきで、必要以上に殺戮はすべきではない。それは弾薬の無駄遣いにしかならないし、それに酔ってしまう可能性もなくはない。最も重要視すべきは、弾薬の残りよりも常に自分たちの体力であり、無駄に疲れて休息を欲するようになると肝心なときに戦えなくもなる。思考力も奪われる。人間は電池を換えれば動くようになるものではない。

④身内にも冷徹であれ
 最も悲劇的で同情以外にはないのがこのパターンで、つまり家族恋人親友等がゾンビになってしまった、あるいは噛まれた場合、どれだけ冷徹になれるかで助かる確率は変わる。もっとも、これは単純に生存する意味について考察する余地があるわけだから、家族や恋人を失ってまで生きる意味などないと考える人にとっては他人事ではない。生き残る意味はなんなのか、と言うことまで考えないとこのパターンには決着はつけれない。しかし、多くのゾンビ映画では、ゾンビになった家族などを撃てずに食われてしまうというパターンは決して少なくない。


と言うような感じで、読んでても、「作者はよくわかってるなあ」と感心するばかりだ。
だから、主人公グループの動きはゾンビ世界で生き残るために最も無駄がない。
このHigh School Of The Deadは、これらの悉くを痛快なほどに網羅している。
だから、この漫画はゾンビ漫画として頭一つ抜けていると思うのだ。

次に、全世界同時発生と言う点だが、これは色んなゾンビ映画で、ゾンビ発生の解釈が違うために、スケールにも違いが出てくる好例だが、このHSOTDは、疑う余地なく全世界同時発生。
例えば、ロメロの世界だと、原因はまったく不明だが、全世界同時発生的に死人が生き返るという設定で、そこには解釈も何もなく、あるのはただ事実だけと言うものだった。もちろん、これは物議を醸した。
その他多くのゾンビ映画で採用されているのは、地域限定的なゾンビであり、例えばそれは軍の開発したB兵器によって生まれたゾンビであったり、例えばそれは魔術で発生したゾンビであったり、例えばそれは病原体も特定されたゾンビであったりする。それらは結果として考えるならば、話を収束させるために必要なものであって、どれだけ原因のわからないゾンビ発生が魅力的で壮大で哲学的であっても、それはすでにロメロがやってる以上、踏襲と言うよりパクリでしかなくなるのだ。
HSOTDはロメロの世界観を踏襲してるために、原因も何もわからず、描かれているのは単純に暴動とサバイバルだ。
もちろん、主人公グループが高校生と言うこともあって、その辺の人間模様も日本的に描かれていて面白い。

2007年3月28日水曜日

ワロエ

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BGMがつくだけでこんなに面白くなるとはwwwwww

外山恒一候補の政見放送 ~ドラゴンボールZ EDITION~



これもおもろいなwwww




ワロスwwwwwwwwww



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2007年3月25日日曜日

ぐおおおお

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GMarks

見つけた!!
グーグルブックマークのFirefoxAddon!!
しかもこれ、ブックマークするときにNoteも入力出来るのが最高だな。
今まで何かメモをつけようと思っても、いちいちOHPに行って[編集]ボタンを押さないといけなかったから、ブックマークされる時点でNoteを残せるこのアドオンはマジ秀逸。

『愚者は問う。鉄壁の王城を捨て、女王はいずこへゆくのかと。賢者は知る。どれほど堅牢な守備を誇ろうと、陥落しない城など存在しえぬことを』

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高等教育の構造的問題を解決するには

この方のブログは辛辣で面白いのでよく読ませて頂いているのだが、僕が過去に

:一人称の世界: :: 時代の価値観

で、
だから、僕が大学を辞める決意した(一応蛇足的に言うが大学に入る前に大学を辞める決意をしたのだ)のは一種の賭けだった。大学に入学し卒業することが当たり前になってしまえば、「大学も出てないの?プギャー」と笑われるか、あるいは、大学そのものの存在意義を見直すような時代になるか、のどちらかだと思ったからだ。そして、僕はその頃から4年間遊び倒すような人のことを知人から多く見聞きしていたので、「そんなのがスタンダードになるはずがない」と思って、後者を支持するようになったのだ。

と言う風に書いたのだが、僕が18歳のときに主張していたことが、今こうしてそれなりに有識だといえる方が
根本にあるのは、「企業が「四年生大学卒」の肩書きに対する評価を下げつつあることが進学を考える学生の保護者に良く伝わっていない」ということです。「九九もできない大学生」というのはいくらなんでもレアすぎるサンプルですが、「むかしの高卒レベルがいまの大卒レベル」(おそらく十五年から二十年間くらいの変化のことを指して、大学や予備校の人はこう評論することがありますね)であるなら、「どうせうちの子供がなんの苦労もせず入れる大学に行って四年間遊び暮らすなんていうことは無駄だ、高卒で就職させよう」と「そういう学生」の保護者が思うようになれば、「勉強できない大学生」の「社会問題」は自ずと軽減されていく。

と言う風に、後押しするかのように書いてくださるのはなんだか嬉しいことだね。
別に僕が正しかったとか言うわけじゃないけど、単なる僕のエゴではなかった、と言うことの証明のようにも思える。
しかも、

教育再生会議:大学の「卒業認定試験」導入検討

ってなことがあったり、大学の進学率は下げるつもりはないけど質を高めるような努力はするようだ。逆に言うと、今の質では問題があると思ってらっしゃる、と。

でも、僕が勘違いしちゃならないのは、僕の意見を裏付けするような、いわば僕に有利ないくつかの記事やトピックを持ってして、「ほら見たことか僕の言ったとおりだろ」と言うのは、完全に井の中の蛙なんだってことだ。
僕や福耳さんや教育再生会議は、まあ同ベクトルの主張を有しているかも知れないけれど、まったく反対の、等量等質の主張だってあるはずだから、それを知らないといけない。自分サイドの主張だけじゃ説得力がないからね。説得力ってのは統計的なもんだと思うし。

まあここで僕の話をすると、僕は就職活動で、専門学校の身で、試しに大卒以上のみの応募のところに申し込んで、一次選考を受けてきた。
SPIと呼ばれる簡単な学力審査みたいなやつね。プログラムの問題もあったり、文章作成能力等々、まあ短時間にしちゃそこそこ多角的だなって思える試験だったんだけど、確実にほぼ全問正解な手応えを感じたんだけど、やっぱり落ちた。
当たり前だけど、書類選考の段階で、大卒向けのアンケートに対して専門学校のこと書いてるんだしな。先ず前提が違うってこった。
あくまで試しに受けてみただけだから、結果もわかってたんだけど、そういう風に『高専は不可』って企業なんていくらでもあるし、まだまだ多い。
で、福耳さんの
「企業が「四年生大学卒」の肩書きに対する評価を下げつつあることが進学を考える学生の保護者に良く伝わっていない」

だけど、これはなんか金太郎飴みたいで、その企業の中層部以上の人には、やっぱりその『進学を考える学生の保護者』ってやつが含まれてると思うんだよな。
つまりこれはどういうことかっつーと、企業人であると同時に保護者である、で、気付いた人は福耳さんの言うように評価を改めるし、そうじゃない人は改めない。簡単に言うと、企業でも二極に分かれつつあるんじゃないかってこと。

ここからはあんまり関係ない話。

日本のソフトウエア生産性と品質は世界最高水準

今回のエントリーを読んで、目から鱗がポロロンだった。
「OSやミドルウエアがアメリカ主導なことは認めるが、アプリケーションソフトの開発では、日本の技術力は世界最高水準にある。ではなぜ国際競争力がないのかといえば、日本でどんなに優秀な生産管理システムや会計処理システムを開発・構築しても、世界標準の仕様とはほど遠いので、世界ではまったく使いモノにならないからだ」

まず日本人技術者の生産性の高さ、成果物品質の桁違いの高さは、何人ものアメリカの学者の科学的調査で報告されている。さらに事象として、実は日本はソフトウエアの国際競争力トップの分野がただひとつあるんだ。それはアミューズメント系、ゲームソフトだ。この分野はニンデンドーという先駆者の存在、世界トップの日本のアニメーション製造技術、いくつかの日本に取り有利な条件があったが、日本がトップに君臨している最大の理由は、日本社会の独自習慣に仕様をあわせる必要が無く、はじめから世界標準の「楽しさ」の追及だけで勝負できたからだ

本当に良い指摘だと思う。
完全に鎖国状態に入った携帯業界の例を見てもわかるとおり、独自企画にこだわりすぎなんだ。
シグマ計画とかにしてもそうだし、こないだも政府主導のLinuxを作ろうなんてのがあってその後の音沙汰もないし、どうして日本はこうなのかと。
大体、「日本が世界標準になるべきだ!」って言う主張はそもそもがなんかおかしい。
世界標準ってのはたぶん結果であって、志すことじゃない。良いものを作れば、自然にそれは普及し、勝手にデファクトスタンダードになる。
だから、標準標準と模索しているうちに、「こうすればいいんじゃね?」とどっかの誰かが奇天烈な発想して、「それは新しいね、それでいこう」と誰かがゴーサインを出し、それで生まれたものは高品質には違いないが他との互換性がまったく無視された、いわば「独自規格」だったと。僕はそう見てるんだが。
携帯コンテンツの充実度は本当にすごいと思うけど、互換性がなさすぎ。挙句の果てにデザインが一緒。その割にすぐ買い換えないといけない。これが経営戦略でなくてなんだというんだ?国内だけの経営戦略そのものがすでに時代遅れだということに気付いたほうがいい。特にデジタルメディア関係。
篭城が最上の戦略であったことが今までにあったなら、どうか僕に教えてほしい。
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読み終わりましたよ。
りすかはなんか否定的な意見をよく聞くんだけど、僕は好きだなあ。キャラが全員ぶっ飛んでるから、過剰演出も不自然じゃないんだよな。
でも、なんと!この『新本格魔法少女りすか』は4巻で完結なんだそうだ!そんな殺生な!
『戯言シリーズ』ぐらいのボリュームになってほしかった…。まああんなgdgdで終わられても嫌だけど。
クラスタの連中とか話の中でしか出てきてないじゃないか!ちゃんとキャラとして登場させろよ!

刀語は内容あんまり面白くないし…維新さん最近失速気味なんじゃないですか。
まあ、化物語の続編が出るとか聞いたので、非常に楽しみにしてるんだけどな。
ひたぎ可愛いよひたぎ。
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こういう郷土資料的なものまでyoutubeで見れることに純粋に新鮮な驚きを覚える。
小学校ん時は視聴覚室とか行ってこういう映像は見ることになってたけど、今からするとそんなのも必要ないよなあ…。
まあ、みんなでわいわい言いながら見るのもまた楽しかったけども。

2007年3月24日土曜日

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今から仮説だらけの妄想を書きなぐるから、どうか信じないで貰いたい。

前提1:小泉首相はその方法から、知名度も求心力も高かったが、内部反発も強かった。
前提2:政治家には既得権益を保持しようとする人がとても多い
前提3:次期首相に推薦されたのは、若き安部官房長官だった
前提4:政治家は年長者に対して頗る弱い
前提5:日本人は基本的に「和を持って尊し」とする民族性を持つ

事実1:安部は選挙で圧倒的な勝利を収めた
事実2:安部政権が樹立してからの支持率は下がる一方
事実3:官房長官時代と比べ、覇気がなくなった

僕はこれらの事項から、どうしても安部首相がスケープゴートに見えて仕方がない。
果たして、古い頭を持った人が、進んで自分たちよりも年齢の若い人を小泉さんの後継者として任ずることを是とするだろうか?

ここに一つのレトリックがある。
小泉首相は様々な政策を大胆に行った。それは改革であり、因習を捨てるに足るものであった。
しかしその新しい風を巻き起こした小泉首相は退陣せねばならず、次期首相を選出する必要があった。
新しい風を継ぐのは、若い世代で当然である。よって安部さんが選ばれた。

僕が古い頭を持った政治家であるなら、この論理は確実に快諾する。
前提4と5があるからだ。それは前提2をも保証する結果に直結する。
ならば、事実1は小泉首相の知名度・支持率からしても当然でなんら不自然ではない。

が、ここに事実2がある。
僕の中では、この事実2はどうもしっくり来ない。
指導者としてのカリスマ性がないだとか、そういうレベルではない。
カリスマ性がなくても、地味であっても、踏襲されたことさえやっていれば批難はされないからだ。
もし批難がされるとしたら、「小泉劇場」と言うエンターテイメントに慣れすぎた国民が物足りなさを感じた結果であって、それはそれでまた問題になる。

政治は、司会者が変わったからってチャンネルを変えて良いような番組じゃない。

仮定1:本当に首相としての器がなかった
仮定2:器があってもキッチリ出来ないなんらかの『理由』がある

どちらにしても、後ろになんらかの糸が見え隠れする。
また、それを受けてか、「小泉首相再浮上説」なんてのがあったりもするが、果たしてそれは内閣で肯定的なのだろうか。
もしその説が国民が言っているだけのものならば、仮定2の信憑性が高まるし、内閣でも「小泉さんのほうが良かったなあ」と言う意見のほうが多かったら、仮定1の信憑性が高くなる。
まあ当然、内閣の人たちがそう思っていても、口には出せないわけだが。

もちろん、安部首相の経歴であるとか、その他大臣の発言力であるとかは十分に加味するべきだし、調査して検証する価値もあるものだと思うけど、そこまでは別にしない。
単に、僕は「何かおかしい」と言う違和感を感じただけなのだから。
それに、本当に他の政治家から後継者として相応しいと推薦され、しかし求心力が足りなくて残念でした、と言うような平和なものであるならそれはそれで全然構わない。
もしそうなら前向きになれるから。

以下に記すのは僕が友人とした会話の一部を取り上げたものだ。
例えば、僕が週休完全2日制、土日を休みにした張本人だとしよう。
時代は変わり、僕は第一線を退いて、今はお前が最も発言力のある人物になっている。
つまり、対外的に見れば、お前は僕の後継者と言うことになる。
さて、その状態で、「やっぱり土日の完全休みは返上して、昔のように戻します」と僕の前で言えるだろうか?

これは、つい最近取り上げられたゆとり教育改正に関する世間話の一つだが、
「7限目の創設」と言う誰もが馬鹿だと思う発想の背景にはこんなのがあったりするんじゃないだろうかと思うのだ。
少なくとも、あっても不思議ではないと思っている。
これは前提5に起因する。
日本の政治と言うのが、長いものに巻かれたり、あるいは顔色を伺うことのうまい人格者の集まりだと解釈するなら、そういうことはあってもおかしくない、と思う。

最後に事実5だが、確か有識者の人は「人が変わったようです」と言っていたように記憶している。
官房長官時代はもっと決断力のある人だったと言うのだ。

さて、まあそうなると、安部首相は僕はマリオネットにしか見えないわけだ。
支持率が下がったとは言え、野党がしょぼいので政権交代なんて現実的ではないし、そうなると今度の選挙も出来レースに近くなるんじゃないの?ってのが僕の妄想。

以上の妄想は、なんらの根拠も論拠もなく、単に陰謀説とスパイ映画の大好きな僕が同人誌のネタにと書き殴ったものですので誤解なきよう。

血族

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叔父が亡くなる2日前、近隣に住む親類たちが最後に話をしようと押しかけてきたとき、弱りきっていながらも叔父は

「なんだお前ら、まるでわしが死ぬみたいに」

と悪態をついて、その日の競馬の結果だの、近所の(と言っても車で30分ぐらいかかるが)パチンコの出玉だの、普通の世間話を数時間して元気だったそうな。
人に迷惑をかけることを極端に嫌う叔父の性格と、諧謔味の少なくない叔父の性質とが現れたエピソードだと思う。

叔父は、3男6女の長男として、一族の長として、いわば大黒柱として親類の多くと浅くない縁を持ち続け、心的にも経済的にも親族にとって有難かった。たぶん影ながら色々なところで助力していたものだと思う。口下手な叔父のことだ。

戦中に生まれ、戦後まもなくから小さいながら看護師を定年間近まで勤めていた叔父の半生は、思考力のついてきた高校生以降の関わりが薄かった僕には想像するには余りあるんだろうけど。定年後は財産一つで祖母を養い、妹を食わせていた。祖母の介護は専らその妹、つまり僕の叔母がやっていたのだけれど。それでも裕福だったのは一重に叔父のおかげだと、僕でもわかる。

けれど3年前に叔父が食道ガンで大きな手術をしてからは、入退院を繰り返し、祖母と入れ違いに叔母に面倒を見られる立場になった。
祖母の死後、1年も持つかと主治医も言っていたぐらい(らしい)から、それから2年も元気に持ったのは良かったといえるのかどうか。

臨終を迎える直前と言うのは、やはり自分でそのことがわかるのだろうか。
叔父は午後9時、長年面倒を見てきてくれた叔母を呼び、手を握って長い間ありがとうと言ってから息を引き取ったのだそうだ。
享年72歳、生涯独身、僕が生まれてからは常に一族の長だった。

まあ、そういう風に「もう死ぬらしい」→「まだ元気だ」が何度も繰り返されてきたせいかどうかはわからないが、葬儀の場の悲壮感は完全無欠に0だった。ほとんど老衰に近いからかも知れない。祖母の時もそんなだったから、嗚咽に覆われる葬式と言うのはテレビの中だけなんじゃないかと思えた。
でも、昔からそういう生死については皆が皆色々な意見を戦わせていたのは僕もよく覚えていることなので、それの反映なのかも知れないけど。
曰く、「死者より生者を大切にしろ」。死者に対する敬意はもちろん失くしちゃいけないし、礼儀礼節も必要だとわかっているけれど、必要以上に悲壮感に暮れることもなく前向きに生きるほうが良い、と言うのが、基本的に前向きな皆の意見だ、と僕は思う。
この辺は僕の感想でしかないが、冒頭で述べたような叔父の性格のことをよく知っている皆なので、無駄に打ち沈んでも、たぶん叔父は「お前ら、らしくないことはやめていつもみたいに馬鹿を言えよ」と思うだろうことが暗にわかっているからこそああいう風にどんちゃん騒ぎに興じることが出来るのだと思う、否、確信してる。
親類一同が一堂に会する機会なんて、もう滅多にないし、そんなときに久闊を叙するように笑わないでどうするんだ、久々に集まったんだから笑えよ、と言うほうが、叔父の性格としてはシックリ来る。
改めて言うことでも思うことでもないが、死なない人間なんていない。僕だっていつかは死ぬし、それが遅いか早いかすらわからない。もしかしたら明日交通事故に遭うかも知れないし、こうしている間にも刻々と病害が僕を蝕んでいるかも知れない。けれど、そんなことは考えたって仕方ない。生きてることに意味なんてないんだから。死に不条理を感じるのは人間でしかない。むしろ、死は一番自然なことなんだからね。ちなみに死の対義語は生きることではなくて生まれること。

そういえば、昔こんなことも言われた気がする。
曰く、「死んだ人は笑って送らんとあかんよ」「なんで?」「泣いてばかりいたら、うちらの所為で死に切れん思いになったりするかも知れんやろ?」

まあ確かにその通りだと思う。未練を残すのは死者じゃなくてそれを思う生者であると。
例えばそれが予期せぬ事故死であったりしたら、話は別だろうけど、病死や老衰の場合、時間はあるんだから、やっぱり楽しい思い出話とかをしてあげるほうが供養にもなりそうな気もする。
端から見たら不謹慎かも知れないけどね。でもそんなのって遺族の問題だ。外野からとやかく言われることじゃない。
だから、「冥福を祈る」とは言っても、それほど悲しい顔はしない。特に人前じゃ。

ちなみに、そういう場合であっても、喪中だからと言うことで例えば年賀状を送らないということはないし、あえてそれを言うことも僕らはない。

これも前に一度話題に上ったことがあるのだが、「喪中だから」と言って年賀状を断るのは、「おめでとうございます」と言う言葉が多分に不謹慎に思われるからだという意見が一般的だと思うのだが、それは言葉遊びや韻踏みの悪しき風潮と言うもので、新年がめでたいことと喪中であることはまったくの別問題で、「新年明けましておめでとうございます」と言って、「こないだうちの親戚が死んだところなのにおめでとうなんて不謹慎だわ、ムキー!」なんていう人は言葉を額面通りにしか受け取れない人だという結論に落ち着いたのだ。
だから、うちはたとえ一般的に言う喪中であっても、そういう新年を迎える言葉であっても快く受け止めるし、その他それに類する言葉であっても問題はない。もしも相手が気を遣って送らないのならそれはそれで一向に構わないし。つまるところ、要約して言うならば、相手の好意を第一に考えろ、と言うことだ。

ともあれ、これでまた少し寂しくなった。田舎に帰ることはもうあんまりなくなったとは言え、昔の思い出がいっぱいあるところなので。
僕が子供のころ、叔父の家で滞在していたのだが、広い家だったのでいつも親類が何人も遊びに来ていて、常に10人は家の中にいて賑やかだった(夕飯の時なんか、大きいテーブルを4つぐらい用意したりしていた。)ものだが、その叔父もいなくなり、祖母もいなくなり、もうあの広い家には叔母一人だけになったので、一人残された叔母だけが可哀想でならない。
近所に親類が何人も住んでいるとは言え…ね。あの家はよく座敷童子も出るしなあ。

それにしても、久々に田舎の言葉を喋ろうとするとうまく喋れないものだぜ…。僕の家族は大阪弁で通してるんだけど、なぜか僕だけは昔から、いとこたちと対等に喋ることを心がけていたから、向こうの人と喋るときは最低でもイントネーションは方言なのだ。

2007年3月19日月曜日

『プルーが傍にいたから 私は強くなれた』

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気が向きやがりましたので机周りのリフォームをしましたよっと。
今までの置物の配置を左右反転させました。

スピーカーの配置とかケーブルの配線とか、メモパッドとペンの置き場所とか、机に向かって勉強してるときに携帯は視界に入るのかとか、もう気にしだすと楽しすぎてキングクリムゾン使われたみたいに時間が飛ぶね。消し去るね。
ついでに、もうかれこれ6年ぐらい張り続けていたジョジョのポスターを遂に剥がすことにした。ボロボロだったからな。
代わりに僕の部屋へやってくるのは!M・C・エッシャーだ!実は姉から貰った額つきの1000ピースの絵画パズルがあるのだ。何処に飾ろうかと悩んでいたから、これはジョジョの代わりを務めてもらうしかあるまいて。アルマイト工業ってなんかなかったっけ。

あーもう、掃除って何でやり始めたら止まらないのかね。誰か説明してくれ。10文字以内で。

『パーフェクトだ、ウォルター』

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colinux@debianで、subversionやらtracやら動かしてみるぞー!
と思って色々触ってみたものの、ちょっと数100ステップぐらいすっ飛ばしてしまっていたみたいで…orz

ネットワークに関してはちょっと戸惑ったけど、ブリッジ接続+固定IPで普通に通ったし、puttyによるssh connectionとかまでは行けたんだけど、
pythonやらcgiやらの設定に関してになるとちょっとチンプンカンプンですな。
apacheの設定はわかるんだけど。

http://colinux/trac/test
やらに飛んだら、環境変数のエラーとかが出てもう無理ぽ。
やっぱ一つ一つ理解していく必要があるなあ。
特に、FedoraCoreとはちょっと勝手が違うからなあ。
apacheの扱い方に関しても、パスが違うし。まあ些事ですけど。

tracのインストールは出来たし、windowsからもcheckoutは出来たんだけど、リポジトリが動作してるのかどうかもようわからん。
とりあえず、簡単なcgiプログラムの検証から入ってみましょうかねえ。どういうディレクトリ構成になって動いてるのかさえわかれば。。。

2007年3月18日日曜日

快適すぎるブラウジングを行うための二つのツール

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bbs2chreader

今まで、2chはLive2chを使って見てたけど、このアドオン使ってみたらこれを使い続けようと思った。
Firefoxの機能はそのままに使えるってところが強い。
Live2chは、あれはあれでかなり高機能で使えたけど、ブラウザ互換がなかったからなあ。
ID別ポップアップとか、レスポップアップとか色々使えたけど、それを差し引いてもFirefoxアドオンとして使えるのは大きい。

あとは、Live2chの画像ポップアップが便利だったなあ、と思って、それに近いアドオンはないかと探してみたところ、

Cooliris

ってのがかなり便利だったから導入。こりゃすげえ。
例えば、なんかのスクリーンショットリストとか、スキンリストとかを見るとき、今までだと開いては戻って開いては戻って…の繰り返しだったり、別ウィンドウでガッと開いては閉じて…だったけど、これはリンクにカーソルを合わせるだけでリンク先のプレビューが自動的に表示されるからめちゃ便利。
こんな感じに。



画像だけに限ればちょっと大袈裟なポップアップと言えなくもないけど(Live2chの画像ポップアップは小さいウィンドウだった)、汎用性が高そうなのでしばらくの間使ってみることにしよう。
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あーなるほどね。
非公開設定って言うのはディレクトリ・キーワード・タグ単位での検索が無理と言うことで、僕が画像へのリンクを貼ったりなんかした場合はURLを辿ってアルバムを見ることが出来るわけか。

うわ

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今の記事でPicasa上の画像に直リンしてみたけど、これ、遡ればログインしてなくてもアルバム見れるじゃないか(;´Д`)
…リンクだけは外しておこ(;´Д`)

『同じトラウマ重ねれば 響きあう けれどそれ以上には……』

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マイピクチャでの画像管理に限界を感じてきた。と言うのも

  • カテゴリー別にフォルダ分けするにしても、一つの画像は一つのフォルダにしか含まれない(コピーすれば複数カテゴリに属することは出来るが、容量の使い方が非効率だ)

  • 複数のPCを使って良い画像を共有することが出来ない(たとえばノートPCで保存した良い画像をマイピクチャで管理しようと思うと、いちいちデスクトップへメールで送らないといけない)

  • HDDが㌧だら終わり


と言うような理由がある。
特に、一番目の理由は大きい。

僕はほぼ毎日、朝30分~1時間を使って、まあいろんな情報収集をしているわけだが、その時にktkrと思う画像があればすかさず保存している。
で、今みたいに暇を持て余す時間があると、その時間を使って画像管理をしようか!なんて思っちゃったりするわけだが、上記のような非効率な問題にぶち当たって一向にやる気が出ない。
実際、HDDが㌧で折角集めたマイピクチャがバニシュデスな事態になったことは一度や二度ではない。それを思うと、ローカル内で画像管理することに一体どんな意味があるのかと思って、さらに実行する気も無くなってくる。

と言うかそもそも、画像管理をすること自体がどういう意味を持つのかと言うことになってくる。

収集した画像を見返す場面は主に二つだ。

  • 「あれどんな絵だったっけなー」と思い出して見返して自己満悦に浸る。

  • 友達に見せびらかす(送りつける)


この二つのシーンで、まあ無駄な時間を短縮するという意味でカテゴライズされているフォルダがあれば便利なわけだが、上記のような理由から、ローカルで全てやってしまうにしては徒労に終わる感が訪れるであろうことは否めない。
もっとも、定期的にバックアップなりをしていれば良いわけだが、たかが画像のためにそんな殊勝な習慣をつける人なんていないと思うし、大体それだけのためにメディアを使うのも勿体無い。

となると、矢張り僕が起こす行動は一つに絞られる。
WEB上にアップしておく、だ。

僕はFlickrは使っていないので、Picasaを使うことになる。
Flickrは一度使ってみたいと思っているのだが、どうしてもPicasaのほうが使いやすいんじゃないかと思ってしまう。だって、Flickrって写真管理に特化したサイトだけど、Picasaはあらゆるウェブアプリと連動しているんだもの。

Picasaを使うとどうなるか。手順を説明すると

  1. ネットサーフィンで気に入った画像をとりあえずローカルに保存する(この時点で、Picasaたんはリアルタイムに画像リストに追加してくれる)

  2. Picasaを起動する

  3. 先程保存した画像たち(あるいはまだアップロードされていない画像たち(アイコンで一瞬で判別可能))をまとめて選択


  4. 『WEBアルバムにアップロード』を押して、該当アルバムを選択してOKボタン。アップロード開始

  5. WEBPicasaを見に行って、アップロードされた画像に対して適当なタグをつけたりタイトルをつけたりする



となる。
WEBPicasaもPicasaも、常にログインしている状態なので、Gmailですぐに画像メールを送信することも出来るし、その際にアドレスリストをリアルタイムで参照出来たりもする。
ブログに直接投稿することも出来るし、Picasaだと簡単な画像編集も出来る。至れり尽くせりなソフトである。

でも、WEBPicasaの方でタグを付与しようと思っても、たまに見れたり見れなかったりする。イッツ不安定。しかも英語以外まだ未対応だし。タグ機能はまだベータ版ってことだわさ。

WEBPicasaは、現在は非公開にしてるが、招待すれば誰でも見れるようになる。と言うか共有出来るようになる。
また、WEB上でスライドショーを見ることも出来るし、ブログやIMに貼り付ける際のアドレスまでご丁寧に書いてくれてる。
ログインしていることが前提なので、そのままWEB上から画像をメールすることも出来るし。ほんと便利。ヤバイぐらい便利。

用意されてる容量は1Gだが、現在僕が使っているのはわずか50MB程度。まあもし1Gを超えるほどになったら、そのときにFlickrも使ってみようと思う。

ただ、このWEBPicasa、画像のソートにまだ少し足りない機能がいくつかあるけど、まあそこはグーグル先生なので何とかしてくれるだろう。


ちなみに、スクリーンショットの切り出しは、FirefoxアドオンのCaptureIt!と言うのを使いました。これもまた便利。

2007年3月17日土曜日

『願って、守って、信じて、消えた』

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『夏草の線路』の歌詞は矢張り最高だ。
帰る人、過去と繋いだ未来
通り過ぎた夏の彼方
「幻」と醒めた時は呟く
夢だけが ここにある
焼けた線路 たゆとう陽炎は
ゆるやかな風を集めて
優しいかけら 残して消えた
果てしなく続く明日を待つ
いつか 幼い頃
ふたり時を重ねた夢
記憶と傷と
ここに残した レールの向こう はるか目指す

「道はどこまでも続いてく」と
あなたが差し出した手には
ここにある夢 いま 声を上げて!
大切なもの失うことも
変わることも忘れることも
今日取り戻して 笑いあえる

消えない痛み 傷ついた心
揺らめく夏草見ていた
離ればなれのレールみたいに
願いは冷たい水のよう
いつか 仲間たちの夢を乗せて走った
この古い翼と 悲しみさえも
海は静かに 時を癒す

「明日になれば夢は叶う」と
涙をこらえた手の中
ここにある夢 いま 走り出して!
願って、守って、信じて、消えた
一つの夢いつの日にか 
奇蹟呼び起こして 未来になる

空は いつも遠く
わたしたちを見つめて
ただ 光と風と
ここに残したレールの向こう
遥か目指す

「果たせない約束はしない」と
あなたが差し出した手には
ここにある夢 いま 声を上げて!
大切なもの失うことも
変わることも忘れることも今日
取り戻して 笑いあえる

2007年3月15日木曜日

『限りなく同一に近づける 追憶は狂気にも似た幻想』

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『タグ付け』と言う概念メソッドは、今後のコンピューティング技術において確実に基盤に据えられるものだと、僕はなんとなく確信する。
SBMやなんかの汎用的かつ広域なデータマイニングにおいては、今までの狭義な意味でのデータ間関連技法は通用しない。通用するのは概念だけで、半物理的な意味でのリレーションシップは使えない。

先ず、具体例を示そう。
このブログ。最近、僕はその『タグ付け』と言うやつに夢中で、投稿する記事を個別の『もの』として識別するために、要素としてのタグを付加している。
それがリンクを伴う記事であれば、『ニュース』『これはひどい』『政治』等の、その内容を端的に表すためのメタ情報。そのメタ情報のことを『タグ』と呼ぶ。
僕はこのブログでは記事一つ一つを『モノ』と見做してタグ付けを行っているが、別にそれはブログに投稿される記事に限ったことじゃない。
Picasaのウェブアルバムを利用し始めたわけだが、そこにアップしている僕の所有する数多の画像にも、今はまだ全部ではないが、『萌え』だとか『○○(←作家の名前)』等のタグがつけられている。
また、Gmailでもそうだ。僕は現在就職活動中なので、平時に比して更に色々なところからのメールを受信する。そういうときに、自動的にフィルタリングされてタグを付けるように設定しているのだ。
例えば、リクナビからメールが来たなら『就職活動』『リクナビ』、毎日ナビなら『就職活動』『毎日ナビ』と言う具合に。

タグ自体は元はおそらく商品管理に用いられていたものだと思うが、その概念がWEB上に降りて来た。

ではどういう利点があるのかと言うと、上記の例でもわかるとおり、膨大な数に上る情報をカテゴリ分け出来るというメリットが最も多い。
Gmailで顕著だが、メール一つ一つに対していくつかのタグを振り分けておくと、後々「あれはなんだったっけ」と、キーワードすらも思い出せないときに、タグで絞っていくことが出来る。
記事や画像ならば、関連するものを全て引っ張り出すことが出来る。共通するタグが多ければ多いほど、それらで絞り込まれた結果と言うのは内容的に近似する。

情報整理としての手法としての『タグ付け』であるがゆえに、デメリットと言うのはあまり思いつかない。
強いて言えば、どのタグを振るのが最も客観的に適切か、と言うところだろうか。
多数の人の持ち寄った情報をカテゴライズするためのタグなので、それは矢張り誰もが納得出来るものでないといけない。
だが、タグをつけるのが、その情報を投稿する本人であるので、やはり主観の差と言うのは必然的に出てきてしまう。

例えば、僕が萌え死ぬような画像を登録し、そこに『萌え』『これはエロイ』『ゾンビ』と言う3つのタグを振ったところで、見る人が見れば萌えはするがエロくはないし、ゾンビだけれど萌えはするしエロくもない、と言う感想を抱かれるかも知れない。
約言すれば、萌えてエロくてゾンビなように捉えることが出来るのは僕だけだという風になる。もちろん、同じ捉え方をする人間を探すという意味での、主観的近似を探す役割としては有効なのかも知れないが。
その3つのタグを貼り付けてはいるものの、実際の画像がただのゾンビ画像であったならば、『萌え』と言うタグで検索してきた人にとってみれば、それは明らかにジャンク画像であり、見る価値なしと判断され、「どこが萌えなんだよクソが!!」とのお怒りを甘受することはほぼ疑いない。

タグの組み合わせによって主観の差が生まれ、それによって内容が湾曲され、タグの各々の持つ意味は変異する。
逆に、タグ単体で見ても構成要素としてミスマッチな部分があるが、組み合わせ全体としてみれば正しいこともあったりもする。

公明正大なタグ付けを心がけたい所存。
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Wゆかりんファンタジア


ワロタwwwww
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電子マネー もっと身近に
既にサービスを開始している、NTTドコモのiD、JR東日本のSuica(JR西日本ではICOCA)、ソニー陣営のEdy、関西民鉄系のPiTaPa、JCB陣営のQUIC Pay、三菱UFJ陣営のVisa Touch/Smartplusに加えて、民鉄やバス系のPASMO、セブンイレブン系のnanaco が参入する予定だ。

電子マネーは段々加入店も多くなってきて便利になってきたけど、多すぎるんだよ…一元化しろよ…(;´Д`)
ちなみに僕はEdy。おサイフケータイだからね。
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保険証をICカード化・厚労省、2012年メド
ICカードで国が整備するデータベースに接続することで、医療機関は他の病院で受けた診療内容や病歴が分かる。
データベースに認証させるんだったら、そんなことするより生体認証で良いんじゃないですかね…(´・ω・`)

2007年3月14日水曜日

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BloggerBuzz

なんとなく見てて、このブログにアップした画像って何処にアップされるかわかってワロタ。
いやあ、前々から何処にアップされてるのか気にはなってはいたんだけど。
まさかPicasaにアップされてるとは…おかげで僕の『一人称の世界』のウェブアルバムは10枚ちょいの画像があるますよ。うひょー。

てか、ついでにPicasa2落としたけど、これヤバイwwww
ローカルの画像が一気にスキャンされて、いつでもオンライン化出来そうwww
もうこれ、オンライン上にマイピクチャ作っておけば良さそうだなあ。

2007年3月12日月曜日

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TVアニメの番組名を設定するだけで最終話まで自動録画「mAgicAnime.NET」

これは良いね。でもアニメ限定ってところがまたニッチな感じがする。普通の番組にも対応したらシェアウェアでも売れそうなんだけどなー。
でもリアルタイムでアニメを見ることはもう僕はしなくなったからなあ。デスノだけは毎週録画して翌日見てるけど、それってリアルタイム言うんかな。
本当にリアルタイムでアニメ見るのって難しいよな…ある種規則正しい生活してないと無理だ。
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最近の大学生は携帯メールでレポートを書くらしい

卒業論文提出間近に、タイピングしていたのでは間に合わないから手書きで終わらせたという逸話を友人から聞いたことがあるのだが、それに近い話?
まあ3000文字ぐらいなら携帯でも打てる。

声>>>(超えられない壁)>>タッチタイピング>携帯>手書き

だから、質としては携帯はそれなりに高い。
考えながら喋るのと、考えながら手書きで文章を書くのでは、伝え方の質みたいなのに差が出るから、携帯でのレポートはまんざら悪いとも言えないかも知れない、と個人的に思ってみたり。
面と向かって話すと説得力に欠けるようなことがチャットだと巧く説明出来たり、チャットだと面白く話せないことが携帯メールだと面白く話せたり、携帯でも伝えにくいことを手で書いてみると案外良い感じになったり、と。そういう質の違いってのはあると思うんで。

#実際僕のブログは思いつくままダーッと書いてるから質は酷いもんだ。
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電車の中は「無法地帯」 「キレる」乗客のケンカ横行
「公共の場なのに『自分の場』と思う、自分がよければいいという人が増えたからではないでしょうか。混雑している車内で携帯やゲームを平気でやったりしている。そしてケンカするのは自己主張が強い人なのかもしれません」
僕は、「自分に迷惑がかからなければそれで良い」という人が、他者の振る舞いを迷惑に感じて迷惑行為に及んでしまうと思ってるんだけどね。
まあどうでもいいけど、以前Dと東北のほうを移動中に、電車の中で三味線コンサートみたいなことをやってた芸人みたいなのがいたけど、あれも言う人が言えば迷惑行為になるんだろうなあ。あれは許可取ってあったっぽいから、退屈な電車の中で結構楽しめたんだけども。

『とりあえずこんな空の下』

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グーグルトーク+Skypeを薦める8つの理由
グーグル関係は複雑なので巧いことまとめれないけど、頑張ってみる。



オンラインアプリと連動してる

MSNメッセンジャーはhotmailと言うウェブメールと連携しているが、hotmailを使っている人のほとんどが捨てメールとして使っているのではないだろうか。少なくとも、hotmailでの登録を断る場所もあるぐらいだし、メインで使おうと思う人は少ないと思う。
また、普通に使っている人も、あのレスポンスの遅さにウンザリしたことがあるんじゃあないか。
それに、MSNはhotmailと『連携』してはいるけど、まあほとんど個別のものとして考えても良い。
対してグーグルトークは完全にgmailと『連動』している、と言うかgmailのIM機能だけをローカルに落としたものがグーグルトークなのであって、例えばgmailに載っている連絡先リストに載っている友人は、グーグルトークを起動すると自動的にチャットリストに追加されている。もちろん逆に、グーグルトークで追加した友達は、gmailのほうにも勝手に追加されている。

秀逸なのは、グーグルトークで交わした会話は、ローカル内で保存されるのではなく、オンライン上で保存されると言う点だ。

僕がたとえば友人Aとグーグルトークを用いてチャットした場合、そのログはgmail上で読むことが出来るようになる。
MSNはあくまで、会話ログはローカルにxml形式で保存されるため、チャットログはそのPCがないと確認出来ないし、HDDがクラッシュするとログは全部飛ぶという衝撃の事態になってしまう。

ロケーションフリー

上記で、gmailとグーグルトークは完全に連動していると書いた。
これは、gmail上でグーグルトークと同じことが出来る、という意味にもなる。つまり、ブラウザ上でチャットが出来るというものだ。
MSNにも、ウェブメッセなるものがあるが、重くてあんまり使う気が起きない。
gmailはいつも軽快で、操作も簡単で、使っているという感覚すらなくチャットを行える。

ローカルアプリとしてのMSNメッセンジャーは、そのアプリケーションが入っているPCでしかチャットを行えない。

しかし、グーグルトークがないPCでも、gmail上で過去ログを参照しながらチャット出来る。

先にも書いたが、ウェブメッセをわざわざつけてチャットすることと、gmailのついでにチャットをするのでは、使ってみればわかるが手間が段違いになる。

メモリ使用量の大きな違い

ロケーションフリーを前提としているためか、グーグルトークは非常に軽い。
僕が試してみたところ、一人とチャットしている状態での使用メモリは、タスクマネージャーによると

MSN:58000
グーグルトーク:25000

と、2倍以上の差が確認された。
参考までにSkypeも見ると

Skype:37000

だった。
ちなみに、

photoshop:82000

MSNはただのチャットソフトの割りに重いのだ。
マシンスペックの低いPCや、あるいはヘヴィーな使い方をしているときの片手間にチャットをしようというときにはイライラを覚悟しなければならない。

でもMSNにもメリットはある

ここまでMSN叩きばかりしてきたわけだが、グーグルトークになくてMSNにあるような良いところも多い。
たとえば

・グーグルトークにはファイル転送機能がない
・グーグルトークでは複数人チャットが出来ない
・MSNほど多くの機能はない(ゲームとかお絵かきとか)

例えば何人かでチャットするときなんかは、グーグルトークよりもMSNのほうが向いている。確かにそのとおりだ。

が、ここで注意しておきたいのは、グーグルトークはまだ『ベータ版』ということである。

また、次に紹介するSkypeと使い分けることによって、さらに便利になる。

Skypeは最強

先ほど、グーグルトークがMSNに劣っている点を挙げたが、それらに関してはSkypeを使うことによって、MSN以上に快適な作業が保証される。

Skypeのファイル転送には帯域制限がない。もちろん、Skypeのウリである音声通話をしていると転送速度は遅くなるが、通話を切れば転送速度はかなり速くなる。

僕が光ファイバー、友人がADSL10Mで、僕から600MB程度のファイルを送ったんだが、転送終了まで10分かからなかった。
MSNのファイルは転送速度が少し遅いこともあるが、どっかの記事でも証明されていたとおり、Skypeはファイル転送においては圧倒的優位を誇る。

次に複数人チャットについてだが、個人的な感想を言わせてもらえば、Skypeの複数人チャットのインターフェイスはかなり見やすい。
また、そのまま複数人で『音声会議』も出来る。ボイチャに関しては後述。

ファイル転送・複数人チャット、この二点だけでも、僕はSkypeに軍パイが上がると判断する。なにより、先述したメモリ使用量の違いも大きい。

ボイスチャット

MSNとグーグルトークのボイスチャットはほぼ同機能同音質だ。軽快さや利便性という意味でグーグルトークが有利になる程度である。

が、Skypeのボイスチャットは、さすが本家というべきか、ずば抜けている。もう説明不要なぐらい。
そしてMSNやグーグルトークはタイマンでのボイスチャットしか出来ないが、Skypeは複数人でのボイスカンファレンスが可能になるので、それが大きい。

一アカウントに対しての利便性

ここからはチャット以外の話になる。
先ほども言ったように、MSNは基本的にhotmailの登録を済ませていることが前提であり、そのhotmailと言うのはhotmailでしかない。
Skypeにしても同様で、別途料金を払えば固定電話や携帯電話にかけることが出来ると言う、普通の電話と変わらない機能を付属させることも出来るが、別途料金を支払わない限りは、所詮はチャットソフトのままである。

が、gmailアカウントは違う。否、グーグルアカウントというべきか。
グーグルのアカウントをひとつ持っていると、グーグルから提供されるあらゆるウェブアプリが無料で使い放題になる。
僕なら dogsrepublic@gmail.com で、gmailを酷使し、グーグルトークでチャットし、Bloggerでブログを書き、カレンダーでスケジュールを登録し共有し、スプレッドシートで友人たちと共同でひとつのエクセルシートを作り、同様にDocsでひとつのドキュメントを仕上げ、Firefoxエクステンションと連動して google notebook に逐次共有メモを残すことが出来・・・等々、さまざまなことが一アカウントで行えるのだ。

『MSNに代わるチャットソフト』としての位置づけでは、グーグルトークは語れないのだ。

細かいことだけど

MSNメッセンジャーの状態表記というのは、『オンライン』『一時退席中』『退席中』『取り込み中』『電話中』『オフライン』だが、グーグルトークではそれらの状態表記を自分風のカスタマイズメッセージに出来る。だから僕なんかはしょっちゅう『スタクラ中』と表記する具合になる。

また、会話ウィンドウ内のメッセージの表示方法も、7種類ぐらいの中から選ぶことが出来る。

さらに、グーグルトークでの自分のHNはgmailで登録されているものに固定されるのだが、相手のHN表示はこちらで自由に変えることが出来る。
これはMSNに比べると良いのか悪いのかわからない。僕は結構HNを変えて遊ぶのが好きだから。

って感じだけど


グーグル信者丸出しな内容だったが、信者云々は抜きにしても、この汎用性の高さ、総合的に見た機能性の高さは目を見張ってくださいって感じのものがある。。
だって、今言ったような内容で、またほとんどのウェブアプリは『ベータ版』なんだし。
ちなみにこのブログも、グーグルアカウントで使えるウェブアプリの一つだ。

昔に比べてチャットって言う位置づけが変わってきたことは僕の中で間違いない。
用事があるなら携帯メールで済ませる。
重要かつ長い話なら、電話か、直接会って話したほうが早い。
つまるところ、チャットを起動しても、たいていは他愛のない世間話とか、ファイル送信にぐらいしか使わなくなってきたのだ。
そういう風に色々考えてくると、MSNメッセンジャーを使い続ける理由というのがよくわからなくなってくる。
MSNを使い続けるというのは、MSNがチャットソフトとしてのデファクトスタンダードだから、という理由に他ならない、と僕はほぼ確信出来る。
例えば、グーグルトークやSkypeでMSNのチャットリストを表示し会話出来るなら、僕は迷わずMSNメッセンジャーをアンインストールする。
MSNでしかチャットが出来ない人が多いからこそ、そう簡単にチャットソフトを乗り換えることが出来ないのであり、逆に「乗り換えたら?」と進められる人の立場に立って考えてみたら、上記で並べたような利点なんてどうでもよくて、ほとんどの人は「チャットが出来ればなんでもいい」と思ってるに違いないのだ。
だからこそ僕は表立って薦めることが出来ないし、グーグルアプリのすごさを力説したところで「ふーん」ぐらいの感想しか貰えない。

でも、さっき書いたように、グーグルトーク諸々を、『MSNに代わるチャットソフト』として語ることは出来ないのだ。だから解ってもらいたいのだが、所詮そんなウェブアプリなんてのは普通の人は使わない。学生であれば尚更。

極端な話、そこにあるのはいわゆるギーク的なこだわりであって、他者に押し付けるようなものではない。
少し話は戻るが、MSNのチャットリストにいるような人なんて、半分以上が携帯連絡先を知っているような人であり、恒常的にチャットする人なんてやっぱり限られてくる。逆に、誰とでも恒常的にチャットするような人なんてのは、それこそ暇人だけだと思う。
で、他愛のない世間話以外は、携帯で済ませてしまうことも多い…。いや、ちょっとした会話すらも携帯であって、わざわざメッセをつけることもない。
つまり、MSNにいる理由が、「何人かの限られた友人たちと世間話をするため」と言うものに置き換えて差支えがなくなっている。
となると、同程度のことが出来ながらも、サービス的にもパフォーマンス的にも優れたものに移行することはそんなに変なことではないと僕は思う。
優れたサービスがありながら現状に甘えるのは、思考の硬直、惰性に他ならないとまで思ってしまうが、そんな感想はやっぱりギーク的な思考なので大きな声では言えない。ほとんどの人にとっては「チャットソフトなんて別になんでもいい」のだから。

2007年3月9日金曜日

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続いて、『夜桜四重奏』から、町長。
この漫画も結構面白い。魅せる漫画だね。
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SUPERNATURALからディーン。
うん、似てるとか似てない以前の問題なのはわかってるから何も言うな。そもそも僕が男キャラ描くこと自体が稀なんだから。
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ああ、なるほど。とあるコメントを読んでピンと来た。
もし家庭に、全自動で掃除を行ってくれるロボットが普及したとき(今でも簡単なものはあるが)、それでも学校では箒と塵取を持って掃除をすることを続けるのだろうか?

なーんでもでーきちゃうバット エスカリボールグー

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('A`)

昨日、とある会社の説明会&一次選考として適正試験やったんだが、途中からやけに頭痛が酷くなって、帰宅して飯も食えず布団でのたうちまわった挙句20時ぐらいに意識飛んで目覚めたら朝だった('A`)うん、PCも切らず徹夜で夢見てた。
やることあったのに何もやってねえ('A`)
まあ今からやるけど。

適正試験っても、知識を問うような問題じゃなくて、「文字列の規則を見つけ出して次の文字を当てる」だとか、「絵の規則に基づいて次の絵を推測する」だとか、中学1年生レベルの算数の問題だとか、どちらかと言うとIQテストみたいな雰囲気が強かったので面白かったな。IQテストっつーと、前に身内でやったとき僕はIQ118だか9だかで一番低かったんだよな。まあ音楽聴いてた所為で集中出来ませんでしたァ!って言う言い訳もあるんだけど。
僕は考え事をするとき右下の方を向いて考えることをこないだ自覚した。これって右脳を使ってる証拠なのか?!右脳って非言語系なんだよな。つまり僕の考え事は概念操作に近いということか。注)この結論は短絡です

今日でひとまず学校は終わりだが、僕の手帳は就職関係のイヴェントで一杯だ。長崎に行くとかどうとか言ってたけど、かなわねえ。無理。

<勉強>
・確定拠出型年金
 第三者機関から寄与される、月次手当て型の金。現在では、退職金制度を廃止し、これを導入している会社も多いらしい。
 理由:退職金の大前提が、その会社が『存在している』ことであるため、つまり会社がなくなってしまえば退職金に大きく関わるということ。それを防ぐために、ある種前払いと言うような形で定期預金されるとのこと。

2007年3月8日木曜日

ねこにゃんダンス ねーこにゃんダンスー ねこにゃんダンスッ!

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2巻が出たのでP嬢に借りた。これ段々面白くなってきたぜ。最初はなんか業界事情を軽いノリで描いてるなあって感じだったけど、それってバイト女子高生に優しくしてる視点に過ぎなかったのかッ!って感じで、徐々に厳しい側面が露になってきてオモロ。次巻ではデスマーチに参戦したりするんだろうか…。
MATSUDA98さん可愛いよMATSUDA98さん。

+++

昨日うちに姉の飼ってるロシアンブルーが遊びに来たんだが、うちにいるシェルティーをめっさ怖がって猫にゃんパンチ!「ギャイン!」と大袈裟な悲鳴をあげて逃げるシェルティーでした。ミニチュアダックスには興味は示しても警戒はあんまりしてなかったのになあ。やっぱり体格のデカさの問題なのでしょうか。でも猫好きなのにアレルギーな所為で触れない僕ガイル。
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日本の小学生、将来への期待少なめ…日中韓調査で判明

お国の事情が違うから同じ土俵で語るのがおかしいと思ったりもするけど、国内の内政問題として捉える限り、大量労働社会時代を送った団塊世代、そのJrとしてバブルの恩恵を受けたバブル世代、バブルがはじけて就職氷河期だといわれて今なおニートやフリーターの数が多いとされる氷河期世代、そして僕ら以下の世代、となるわけだが、そうして世代別に見たときの歪がこの調査の結果なんじゃないかな、と思っちゃったり。
この調査の結果を悲観的に捉える人は、少なからず「なんで勉強が良い将来に直結しないんじゃないか」って言う、少し上の世代の価値観に基づくものを持つ。
うーん、全体を分析することなんて出来ないよな。どうしたって、総論としていったときには、「平たく言うと」ってことになる。で、この場合平たく言うと、「今の子供は勉強が将来の安定を保証するものじゃないって思ってる」、ってことになる。でもこれはおかしな話で、小学生と言っても6歳ぐらいから12歳ぐらいまでいるわけだし、そんな年齢の子が社会の現状に対してどうこう言える思考力を持ってるとも思えないし、そうなると、この結果ってのは小学生の社会観に関する調査結果なのではなくて、親が子に対して教えている「自分たちの教訓」と言うことに他ならないんじゃないかってワケだ。
で、現在の小学生の親は、どのくらいだろ、うちの姉ぐらいの年齢か。ちょうど30~35あたり。レンジを伸ばすと30代全域ってことになるんだが、上記で言うところの氷河期世代、つまりバブル崩壊を目の当たりにして、リストラで色々なものが崩壊していく様を目の当たりにしているということだ。その頃僕は小学生だったから詳しいことはわからないけれどもね。
「今の努力は将来結実しない」と言う悲観論は、穿った見方をすれば「望むことがない」と言う贅沢論になる。少なくとも都心部に住んでる人の半数が、本当に「今何したってしゃーねーよ」って風に諦観漂わせてるのか?そんなわけはない。諦観と言うなら、「もう何もすることがないよな」と言う食傷気味なニュアンスのほうが正しいんじゃないかと僕は思う。ありていに言えば、物質的豊かさと精神的飢餓。

あーこれまた何言ってるかわかんなくなってきたな。
そもそも社会的現象を個人レベルまで落として語ろうとするのが間違ってるんだよな。そこに統計の罠がある。統計で示される数値と、個人の意識レベルってのは必ずしも一致しない。と言うか、特にこういう意識に関する統計ってのは真に受けちゃいけないんだけど、ある種の指標になることも確か。
だから、大袈裟に言ってアジテートすることだって難しくはない、と言うかマスメディアと言うのは概してそういうプロパガンダ的な側面があるわけだが、個人が社会的統計を持って他人を批判するからおかしくなるんであって、特にそういう抽象的な統計の場合は少なからず自分の意識を変革させることが重要。

まあ、権力のない一個人の出来ることっつったら、周囲の人が奈落の底に落ちないように見守ることぐらいだ。社会を変える前に周囲を変えろってわけだな。

2007年3月7日水曜日

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「文章ヘタ」でも「自分たちと同じキモチ」…ケータイ小説、女子中高生に超人気
4 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/03/03(土) 14:37:49 ID:ZsXeAsYO0
>自分たち同じ体験をしている

小説に「共感」を求めてるのか…
共感が人生にいったいどれほどの価値があるというのだ
まったく同意。
小説を読む醍醐味って全然違う切り口からの視点であったり、考えたことないような論理展開、自分とは違った価値観に基づく解釈等を楽しむものだと思う。だから僕って小説を速読することが出来ないんだよ。評論系の新書とかだったら、基礎事実とデータによる分析が大半で、あとはちょっぴり主観があるぐらいだから、読もうと思えば立ち読みで40分ぐらいかけたら読めるってもんなんですけど。

2007年3月6日火曜日

『ねじれた味のラズベリー!』

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数日前に『毎日就職ナビ』に登録して、自己PR文をこのブログの戯言を書いてるみたいにだらだら書いたら、一日10件ぐらいドラフトメール来るんだけど、毎日就職ナビに登録してる企業ってそんなに人材不足なのか?それとも超売り手市場といわれてる煽りか?って思う。聞いたことある企業1:聞いたことない企業9ってところかしら。
まあまだ3月頭だし、今は名の知れた企業だけを念頭においていれば良いというのが僕の所見…と言うのも、僕にはある程度の目標みたいなのがあるからだ。具体的には言わないけど。あえて批判的に言うならば、僕の目標を達成出来る可能性があるならば、ベンチャー企業でも構わないっちゃあ構わない。
だけれど、転職が当たり前(特にこの業界は)なこの時代に、初っ端からベンチャー企業に入るのは、つまるところ僕にとってリスクしか見えないわけで。もしベンチャーで成功と言うのがあるのなら、それは精々大企業に買収・あるいは提携することぐらいしか思いつかない。そして、どの道転職、あるいは自立と言う道が視野にあるのなら、前職となるのが名もないベンチャーよりかは名の知れた大企業と言うほうが強い。もちろん、今で言うと不二家みたいに、一晩で没落の道を歩むような大企業もあるわけだから、その辺はしっかり選ばないといけないけど、そこさえちゃんとすれば、大企業に勤務していたという実績はどう転んでも強みになる。仮に前述したような道を何らかの理由で諦めたという場合でも、社会的な保証は小さな会社よりかはある。大きな企業であればあるほど、外聞と言うのがあるからな。
また、僕はこれからの日本社会は完全に淘汰の時代に入っていくと思っている。それは国内的な問題ではない。グローバルな問題としてだ。
元々人的資源以外なんの資源も持たない日本が、あらゆる紙面で問題になるぐらいに人材教育をしてこなかった上、BRICsなんていう21世紀丸出しの国々が押し寄せてくるわけだからな。「英語の勉強はしといたほうが役に立つよ」なんていうレベルじゃもはやない。特にIT業界からすれば、もはや死活問題になる。
よって、僕は僕の意見に従って就職活動を行う。ちなみに某大企業の一次面接は通過した。面接は得意なので安々と落ちる気がしない。自己PRなんかはいつも自己嫌悪してる自分のことを言えばいいだけだし、展望や希望なんかを聞かれてもいつも考えてることを口にすればいいだけだ。何も臆することはない。悪友と話してるほうがよっぽど頭を使いそうだ。

『どんな容易なことにさえ 自らを閉ざして 気付けないこともあるのだ』

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これからの時期、本屋にはズラリと『絶対受かるSPI対策!』だの『面接必勝法!』だのが並べられるのだが、ああいうものが売れる理由が(少なくとも買う人はいるだろう)、僕にはよくわからない。
SPIに関しては概して知識を問うようなものだが、これは普段から新聞読んだり、基礎学力があれば普通に解けるようなものがほとんど。とは言え、まあ例えば理系の人なんかにすればアショカ王がどうのなんてサッパリだし、文系にとってはmol係数なんてサッパリなわけだから、そういう意味じゃ買う理由にはなるんだろうけど、でもだからと言って高校の参考書と同じと見做すべきものでもないと僕は思うわけだ。単にレベルで言えば高等教育で学ぶ内容のほうが確実に上だからだ。SPIなんてむしろ基礎知識を問うものに他ならない。だからSPIの問題集を買って徹夜で俄か勉強してる人ってのは今まで努力してこなかったってことだ。と言うか、『社会人としての基礎学力・知識』を問うためのSPI試験で、学生らしい徹夜俄か勉強をするのって、思考力ないよな、って思う。最低ラインが『身についてるか』どうかを試すものなのに、すぐ忘れてしまうような勉強の仕方をしても後で苦労するだけなのにな。まあ、そういう『努力して切り抜けることが出来る』と言うことが大事なのかも知れないけど。モノは言い様だね。でも学力や知識の本質は継続にあると思うんだけどな。

…ごめんなさい、自分の基礎学力の無さを棚に上げて理想論を話してましたorz
んでまあ、一番悩ましいのが面接必勝法。面接の必勝法なんてのがあったら面接で落ちるのはよっぽどの駄目人間だ。マニュアル化されないのが人格ってもんなのに、それをマニュアル化しようとしてどうするんだと。らしさやアイデンティティってもんがないのか君らはと。面接官に対してある程度自分を飾るのは当たり前だ。だが、そのメッキがマニュアルであるのは僕的にはよろしくない。そのメッキは個々人が持つ愛想や世辞であるべき。面接のときにコミュニケーション能力を見ると言うのが正しい見解であるならば、やはりメッキは薄いほうがいい。言葉を『選んでる』のと『読んでる』のって、見る人が見ればすぐ違いはわかるからね。まあ、元来僕は誰に対しても愛想が良いらしい(だから人付き合いが面倒になるわけだが)ので、そういう意味で言うと「面接なんて普通通りに行けばいいんだよ」なんていう面接のマニュアル化に対する批判ってのは所詮は強者の論理なのかも知れないけれど。あーもう偉そうなことを吐いてる自分に自己嫌悪だ畜生。自己分析・客観分析を行った後に批判が多く出るのは性格の悪い証拠。

『生まれてくる朝と 死んでゆく夜のRoman』

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SUPERNATURALの4話ぐらいで出てきた、鏡の中に住む怪異である『ブラッディ・メアリ』。お勉強の合間にゴシゴシと。
久々に絵とか描くとダメだなー。毎日とは言わなくても時々描くようにしよう。。。

2007年3月5日月曜日

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アドビ、「Photoshop」をウェブアプリ化へ--無償版として提供予定

うん、かなりいい具合になってきた。
様々なアプリケーションがWEBアプリとなる流れの中では、そのアプリケーションの開発能力よりも、それらの運用を支えるものの存在が重要視されるようになるだろう。
と言うより、ウェブアプリをブラウザ上だけでやってのけるという発想には、実現性に限界がある。ウェブアプリの台頭、と言う観点でのみ論じるならば、次に起きうる革命は、ブラウザではないインターネット接続ツール、だろう。

インターネットと言うものが、『情報を得るためのツール』から、必要なタスクをこなすためのアプリケーションを利用する媒体へと変化する。
そうなると、益々『ネットワーク』『セキュリティ』『DB』と言う三本柱が太くなってくる。
そして、変化が非常に早く、相当に複雑化したプログラミングにおいては、横並びの共同開発と言うものが主流になる。アジャイル開発。

フフフ、面白い時代になってきたものだ。

2007年3月4日日曜日

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頼ることと甘えることと利用することは、現象的に見れば同じことだと思う。
問題は、誰が誰にどう伝えるか、であって。
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春は学びのシーズン――いまチェックしたい電子辞書

電子辞書の恩恵を受けたことが一度もない僕が来ましたよ。
一時期持ってたけど、ていうか学校に持っていったりもしたけど、普通の辞書を引くほうがよっぽど良いと思って電子辞書は使わないことにした。
でも最近のって当然ながら高性能なんだよなあ。英和・和英・国語辞典だけじゃないみたいだし。
まあ、同じ調べるなら電子辞書よりも、ネットに接続出来るウェアラブルデバイスが登場するのを僕は待つけどね。
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YouTubeにBBCチャンネル登場

やっぱり
googleは
機を見るに敏だ
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NTT東西、次世代ネットに300億円

NGNってイマイチよくわからない。電話網にただ代替するものでもなく、かと言ってインターネット2のようなものでもなく・・・。

2007年3月1日木曜日

『運命よ、お前が私の瞳から光を奪おうとも、この唇からは、歌を、奪えない』

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夜に考え事をしていて鬱々とした気分でマイナス思考にしかならなくても、一晩じっくり徹夜で夢なんかを見てみると、そのマイナス思考が馬鹿げたものに思えるというのはよくあること。
だから、夜に考えたことを実行するのは得策ではないという結論に至るわけだが、毎晩毎晩同じ結論のマイナス思考に至り、次の朝には一笑に付すという毎日を繰り返すのはとても疲れることだと思う。どうにもならない。
人生は、不条理だ。

2007年2月26日月曜日

『羊の夜をビールで洗う』

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土曜日は、茶汰君たちとウワサになっていたジョジョ映画を見に行った。
第一部を映画化、と言うことで、あの濃厚な5巻分の物語をどう映像化するのかとても楽しみだったが、心底ガッカリした。駄作といわれるために生まれてきたような映画だった。
先ず、ジョジョ信者はセリフを全部覚えているために、いわゆる「名台詞」といわれるものが出てこないと憤慨する。この作品の上映中、終始憤慨しっぱなしだった。それぐらい、抑えておかなくてはならない名セリフが出てこなかったのだ。「波紋?呼吸法だと?」まで言っておいて、「フーフー吹くなら、このDIOのために、ファンファーレでも吹いているのが似合っているぞッ!」を言わないのは、詐欺です。ジョジョ詐欺です。
次に、展開にやはり無理がある。たった5巻分とは言え、ストーリー上外せない部分がとてつもなく多く、そのエッセンスをどこまで濃縮還元してくれるものかと期待していたが、結局は無理があったようだ。タルカスとブラフォードは外せない敵なのにあっさり外し、一瞬チラッと出てきたけど一瞬でやられてしまう雑魚キャラレベルにまで堕ちていた。ガッカリ。
作画と音楽と声優は比較的安定していたのだが、内容がもう散々だった。と言うか、スピードワゴンが出てこないことにかなり驚いた。その代わりに、チョイ役のキャラの声優を、スピードワゴンと言うお笑いユニットが務めていた。どんな小ネタだyp。
DIO様の声が緑川光と言うのはアジャストしていたように思うし、その他の声優も合っていた。
ツェペリのおっさんが死んじゃうところが原作とえらい違ってたので、当然、一部ではカルト的人気を誇るガイアーさんとか、裏切り者のストレイツォとかは出てこなかった。トンペティさんは冒頭でちょっと出てきたけどあれはマニアじゃないとわからんような希ガス。
展開があまりに速すぎて、エリナとジョナサンがどれだけ仲が深いのかとか、DIO様はどれほど厄介かってのかがまったく描かれていなくて困る。特に、最後にDIOと対峙したのに、パンチ一発で決めてしまうとか酷いだろwww原作だったらジョナサンがPLACKの剣で一度真っ二つにするんだけど生きてる!みたいなサプライズがあったのに。気化冷凍法とかも、なんの説明もなくいきなり当たり前のように使ってきたからちょっと唖然。
とにかくあれだ、ブレイブストーリーにしてもそうだったが、基本的に長編は映画化に向いてない。長編には長編にするだけの理由があるのだ。例えば、『ちっちゃな雪使いシュガー』の実に22話はどうでもよくて、だからこそ最後の2話が泣けるというように、オチに重みを感じさせるという意味で長編の形を取ってる作品も少なくないと思うので、やっぱりなんでもかんでも映画化にするとか言うのはやめといたほうがいいと思うんですよ。そういう意味では今度の蟲師の映画化とかも危険極まりない。だって予告編見たけど、原作の内容を少しずつかいつまんだような内容になってるから、一つ一つの話に重みが感じられずに始終貫かれるという危険性が高い。
もちろん、原作つきの映画なりと言うのは、原作を読むことが前提にしている部分もあるといえばあると思うけど、原作をただ映像化しただけのような劣化コピーに留まるような作品になり、しかも原作の設定をある程度知っていることが前提とかになると、それはもうハッキリ言うと作らないほうがマシ、と言えると思うんだけど、その辺どうなんだぜ?

+++

日曜日、この日は中学の同窓会だった。18時から近くの居酒屋で11人で飲んでいた。前回やったときは35人ぐらいはいたような気がしたが、1/3に減ってしまっていた。なんとなく幹事は人望がないように思う。と言うか同窓会を開くことが選挙のための免罪符になっているようで少し思惑が気に入らなかったが、まあひとまずなんだかんだで楽しかったので良い。なんかやけに僕がイジられてた気がするんですが…と言うかみんな困ったら僕に振りすぎwwwチラチラこっち見てヘルプ求めてくるなwww
同窓会が終わったあと、生ビールジョッキ1杯とカクテル3杯でトマト顔になった僕とヲタななじみのP嬢で僕の家で二次会だ!と言うことで僕の家で『撲殺天使ドクロちゃん』をまったり観た。『デ・ジ・キャラット』に通じるテンションの高さでなかなか飽きないアニメだと思った。同窓会時はメイド喫茶の話題が出ても涼しくスルーしていたぐらい隠れヲタを決め込んでいた僕だが、うちに帰ってきてドクロちゃんを観始めた瞬間、「ウホッ、この声って沢城みゆきさんじゃね!?」(←結局違った)とか言う絶対ダメ音感を披露するぐらいヲタ全開な僕でした。P嬢がウサ耳を持ってきていたので、それをかぶって部屋を暗くして撮影してもらった。なんか妙な写真が出来上がった。ハードボイルドウサ耳男。いわゆるメソウサ。画像をブログに載せろと言われたが、やっぱキモ恥ずかしいので載せない。P嬢のつけたところを撮ろうと思ったが、うまく撮らせてくれなかった。
その後コワスコワス言いながらこたつ潜ってひぐらし祭をやった。P嬢は速読でかつ理解力があるので助かる。ウサ耳かぶってたけど。
P嬢を家まで送ってから僕も家に帰って、印刷しないといけないドキュメントがあったことを思い出したので印刷していると、P嬢からウサ耳かぶった写メールが届いた。どう控え目に見てもツンデレだぜ。

2007年2月25日日曜日

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大人の人に言って欲しかった24のこと、だそうで。確かに。
1. 世界は自分を中心にはまわっていない
2. 何をしていいのか分からないといってはいけない
3. 反抗するならほんとうの反抗をしなさい
4. ひとと同じことをしてはいけない
5. 同じところにいてはいけない
6. 今見ているものは見えているとおりではない
7. よいことなんていつまでも続かない
8. とにかく終わらせなさい
9. 自分の得意なこと以外はしてはいけない
10. ゼロからスタートしてはいけない
11. 3年間ぐらいは捨ててしまいなさい
12. 生きていることなんかには意味はない
13. よいことからは逃げまわろう
14. 自分がやっていることをひとに話してはいけない
15. 友だちはいらない
16. 今日はないと思いなさい
17. 出遭いは二度とない
18. マイペースでやってはいけない
19. 一番になってはいけない
20. 上をめざすな
21. 背伸びをしなさい
22. 自分ひとりでできることは何ひとつない
23. 自分のことは考えるな
24. 一番大切なことは想いをお使いに出すこと
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街中に突如現れた大きな穴 民家20軒近くがのみ込まれる



なんじゃこりゃ…ただの陥没か…?

2007年2月23日金曜日

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エストニアで世界初のネット投票を導入した総選挙

ほー。遂にきたか。ネットが選挙に生かされるのって、直接ネット民主制だよな(謎
政府が政府活動でネットを利用するのとはまたちょっと違う。国民と政府の間を埋めるものとして作用する。いや、選挙も立派な政府活動か。
個人的には、ネット投票する際に候補者の演説が動画でいつでも見れるようになったり、党のマニフェストが一覧で見れるようになるといいなあって思う。だって今選挙行って投票するときって参考にするもの何もないんですもの。ちょっとぐらい吟味したいよな。投票率が下がったのって、国政に対する意識の低下とかじゃなくて(いやそれももちろん大きいけど)、国政を身近に知る機会を損失してるからだと思うのよ。まあそんなことを言い出すと、「自主的に調べないのが悪い。だって、義務だもん☆」なんて萌える正論が飛んできそうだから言及はしないけれど。
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子どもは選択肢の「後者」を選ぶ!?

なんか昔誰かから聞いたような気がするけど、
順番にかかわらず、キッパリと選べる選択肢を持たせてあげるのって、案外難しいのかも……。
とあるように、考えれば完全平等な選択肢って難しいよな。ひょっとしたら、選択肢の順列で無意識に格付けされる可能性だってあるし、それに後に聞いたものは前に聞いたものよりも鮮明になるわけだし。まあ、細かいことは何もわからんけどね。単なるイメージの話。
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今日でインターンは最後だけど、認印持っていかないといけないから、忘れちゃいけないんでリマインダを一応セットしておいたんだけど、メールが届く前に、「あ、そういえばリマインダセットしたっけ」→「そういや認印要るんだったな」って風に、リマインダの本来の役割が全然実感出来ない(;´Д`)

ああ、昨日ひぐらしのなく頃に祭買った。
絵がめちゃ萌え絵になってて、しかも声優がハマってるから、内容同じでも萌え面白い。
沙都子が可愛すぎる。あれは反則。声が良すぎる。
でもこうホワホワ思ってると、後半の激変っぷりが余計面白くなるんだよな…wktk
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蟲師二十景

蟲師は世界観がたまらんからな。このノスタルジィな雰囲気がむちゃ好き。
でも、今度映画化されるけど、主演がオダギリジョーってのはどうなんだろう。ちょっと鋭すぎるような気がしないでもないんですが。
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国家公務員、「週3日制」で子育て支援・離職防ぐ狙い

やけに大胆な試みなような気がするんだが大丈夫なんかな。

2007年2月22日木曜日

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学校の勉強が理不尽なものになりがちな理由。

わかりやすい例え。手段と目的の入れ替わる様を巧く説明してると思う。
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葬式とか通夜で故人の死に顔の写メ取る人ってどういう教育受けてきたの?
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シューティングゲームの歴史 【日本語字幕付き】

主にメジャーな作品のみ。最近の流れじゃ東方は欠かせないと思うけど出てこない。
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持続可能で国民の満足度の高い医療の実現に向けて

ICTをとっとと導入しようぜってことかな。ネットワーク・セキュリティ系のエンジニアがたぶん足りないと思うけど…。
公的医療保険をセーフティネットとして効率的に機能させるためには、全ての医師が最新の医療知識に基づく効率的な医療を行えることが前提となる。そこで、保険医の更新制を導入し、医師の継続的な技術の向上に対する意識付けを行うことが求められる。
僕は医療業界のことは全然わからないけど、教師もIT技術者も、およそ変化変革に晒されてる業界における資格制度はほぼ免許更新性になる勢いが見られるけど、それ自体には別に反対しないけど、なんだかなあ、って思うのは、「一度取ってしまえばあとは安泰」って言うものから「ずっと勉強し続けなくちゃいけない」って言うものに変わるわけだから、敬遠される原因たると思うわけよ。それってなんか淘汰っぽい。まああれだね、「将来何をしようか」と考えてる人にとっての参入障壁にならないことを祈るばかりだね。
保険診療上、回数制限が設けられている診療行為についても、患者の自主的な選択を基本に、制限を上回る医療行為を自己負担とすることで、原則自由に認めていくべきである。
なお、患者の快適性や利便性を向上させるための選択的なサービスの提供は、医療行為に該当せず、保険診療と併用しても患者の病態に影響を及ぼす懸念はないため、医療機関に十分な説明義務を課した上で、患者の合意を前提に、自由に認めるべきである。
事実上、医療保険の自己負担率をさらに上げるためのもの以外に思えない。

2007年2月20日火曜日

『ありえない明日に憧れ』

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某ブログで目にしたのだけれど、情報処理能力と生産性は比例関係にあると僕も思う。一般論と言えば一般論なんだけど。
プログラマーはプログラマーとしてすごいのではなくて、従来の業務を圧倒的な効率で持って終わらせることが出来るからすごいのだ。そして、それにおいては、如何に美しいプログラムを書けるかとか言うようなマニアックなコーディング能力的なことではなくて、どういう『方法』でやれば最も効率性が高く、生産性が高く、汎用的で、拡張性があるのか、と言う論理思考に主眼が置かれる。僕は数学とかが猫の水泳ぐらいダメなんで、完全に対岸の火事の話をすることになるんですけれども。ていうか、機械が発明されて工業革命が起こったのと同じように、その機械に仕組みを与えるプログラマがゴイス!といわれないのがわからないが、まあどうでもいいや。続き。
仕事時間の大半を費やし、多くの時間を悩ませる問題が、プログラマにかかればほんのちょっとの労力で済むようになる、と言う事例は確実にある。
また、殆どの業務でPCを使うことが当たり前になった今じゃ、なぜプログラマの労働環境がそこまで劣悪なのかわからない反面(わからないというのは総評であって、個別に見ていけばいくらでも反駁する余地はある)、おそらくコーディングする能力はあっても業務を効率化させる能力に乏しい人が多いだけなんじゃないかと言う寂しい疑念が過ぎりざるを得ない。少しでも楽をしよう、自動化しよう、と言う発想があって、ほんのちょっとのプログラミング能力があれば、どんな仕事においても絶対に上手く立ち回ることが出来る時代だ。まあ、今が過渡期だというのは認めるが。

例えば僕は某写真館で幼女の画像を加工するバイトとしていたわけだが、そこで僕の作ったマクロは大変重宝され、辞めた後でも何度かお呼び出しをくらうことがあったというぐらいだ。別にすごいアルゴリズムを考えたわけじゃなく、アナログなルーチンワークを単に機械化することによって生産性の向上、増加する仕事量への対応が出来るようになった、と言うだけだ。たいしたこともしてない。素地なんていらない。PCさえあれば、ソフトウェア的な仕事ならなんだって出来る。イレギュラー対応はまた別の話になるけど。
今もまた仕事を請け負った。インターンでの仕事だから大したことではない、いわゆる単純作業に分類されるものだが、量が量だけに2~3日中と言う期限を明示された。そして僕は膨大な対象データを俯瞰し、全容を把握してから、マクロを組んだ。結果、4時間で終わった。正規表現万歳。
生産性と言うのはそういうことだ。要領と言うのはそういうことだ。見積もり以下の作業時間で仕事をこなすための手法。面倒くさがりのためのメソッド。もともと僕は面倒くさがりなので、楽になるならそういう労は惜しまない。(後述するが、時間をかければいいってもんじゃない仕事は多い。)
が、なぜかよくわからないが、かけた時間が多ければ多いほど自慢をしてくる人と言うのが存在する。「あれ、二徹して仕上げたんだけどさ~」とか。自虐ネタなら笑ってやればいいんだが、そういう時間のかかる仕事を短い時間でこなしたほうがよりクールだということがわからないのだろうか。現に、学校でのグループ作業で、他のグループも当然同じものを作っていたわけだが、徹夜を繰り返して学校も休みがちになり、なんと驚くことにソースの長さが4000行に達するって言う強者がいたが、同じ処理をするにも僕は700行ほどだった。そしてみんなが修羅場だと慌てているのに僕はキッチリ睡眠時間は6時間。学校で残って何かすることは殆どなし。一日の作業時間は大体3~4時間くらいだったか。茶汰君も似たようなことを言っていた。「同じグループの子が2日間悩んでいるのを見て、俺が見てあげたら10秒で解決したよ」と。まあそれは極端な例だが、主にコミュニケーション的な方面での生産性にも関連するだろう。早く相談してれば良かったのにね、って意味で。
とまあ、プログラマの卵が犇めき合うこの学校組織にいて、こういう現状を垣間見ると、確かに巷でよく言われてるような「人月の神話」ってやつを実感する。今言ったような生産性の違いがあるのにもかかわらず、時間報酬制と言うのは合ってないというのも一理ある。まあ、人月モデルそのものがメインフレームを対象にした2~30年も前のものだから、WEB2.0の現在、通用しなくなっても当然なんだけれど。ちなみに僕はゾンビ2.0。
だからと言うわけじゃないが、WCEに関しては当然の動きと見る動きも一理ある。あくまで、この業界に限って言えば、の話だが。
まあこれは難しい問題なんだが、僕なりの解釈で言えばこうなる。

とある仕事を任されたツンデレAちゃんは、1週間納期の仕事を3日で終わらせてしまいました。よって、新しい仕事を貰ってその週は過ごしました。残業はしませんでした。

一方、同じ仕事を任された眼鏡ドジッ子Bちゃんは、1週間納期の仕事を、ラスト2日間はろくに眠らずに、なんとかやり遂げました。残業はよくしていました。

「生産性」と言う観点で見れば、会社にとって利益に直結しているのはどう考えてもAちゃんなのに、労働法規時間労働制の元では、当然、割いた時間はBちゃんのほうが多いわけだから、労働時間の対価として報酬を得ることが当たり前の概念な現在、Bちゃんは当然の結果としてAちゃん以上の報酬を得ることになる。

当たり前の感覚を持っているなら、両者の言い分くらい察せるだろうと思う。でも、困ったことに両方が正しいのだ。それは地盤としているものが違うからなのだけれど。

さて、そうなるとどうなるか。戦前の精神論を現代に持ち込んでいるラストサムライな人でない限り、Aちゃんのほうが評価されて当然だと思うだろう。それがWCE推進派の主張だ。つまりツンデレ好きだ。まあ、実際この例の状態が数年続けば、最終的に評価されるのはAちゃんだろうと思う。PMとかに格上げになるだろうね。
けど、賃金と言う観点でのみ見れば、そりゃあ金は生きるのに必要なわけだから、Aちゃんは生産性の高さを武器に、報酬支払い制度のおかしさを説くわけだ。けど、BちゃんもAちゃんの主張のような裁量労働制を受け入れられるとたまったもんじゃない。時間と報酬の等価交換って概念が骨の髄まで染み付いてるBちゃんにとっちゃ、生産性によって報酬が変わるというのは死ねといわれてるようなもんだ。
そもそも、単純に時間と人を割けばある一定のものが出来るというものでもないからな。時間をかけるだけじゃどうにもならないもんだから生産性と言う言葉が独り歩きするぐらい自立する。

これが、IT業界の現状。惨状?だから、WCEは一方で過労死斡旋法だと批難され、他方では現代に見合った、経営陣にやさしいバファリンのような制度だと見られる。米国では随分前に導入しているらしいから、単純に日本でも導入する可能性が高い、と識者は見てるらしい。まあ、全体的に仕事量がかなり増えてる現況では、優秀だけど多忙なホワイトカラーにとってはそんな問題はキモではないかも知れないけれど。生産性とか時間単位とか言う言葉だけじゃ解決出来ない類の仕事ってのもあるだろうしね。でもそういうものをいちいち勘案していたらいつまでも何の話も出来ない。

デスマーチが頻発する理由は別にBちゃんみたいな人が多いからだってわけじゃないけれど、原因の一端を担っているというのは、プログラマの卵である同じ学生を見ててよくわかる。
でも、時代の流れ(あくまでこの業界ね)は確実に、成果に見合った報酬を、と言う風になってきているんだけど、反面、パート労働法改正案に見られるように、非正規雇用者と正規雇用者の格差間を埋めるためにEUみたいに同一労働同一賃金みたいな話にもなってきている。格差そのものが問題なんじゃなくて、二極化が問題だってのに、おかしい話だけどね。しかしこの問題はほんと入り組んでるな。

ついでだから書くが、非正規雇用者と正規雇用者が仮に同じ仕事をしてたとしたら、お互いの言い分は圧倒的に正しい。

もし完全な同一労働同一賃金ならば、正規雇用者は、「なんで同じ仕事をしてるのにアルバイトと同じ給料なんだ」と言うだろうし、賃金に差があれば、今度は非正規雇用者から「なぜ同じ仕事をしてるのに社員とは給料が違うんだ」と言うことになる。実際、社員より有能なアルバイトと言うのはどこにでもいる。今まではその差を社会保障と言う形だったりボーナスだったり終身雇用と言う安定性で鎹としていたが、転職は当たり前で年金はどうなるかわからない(年金は積み立て型じゃなくて世代間扶養だから貰い手の数が支払い手の数を圧倒すれば自然と破綻する。)で、いわゆる社会不安が増大してるために、その鎹も役立たなくなってきているという形。
社会的・将来的な保証と言う面を無視すれば、働かなくても食っていけるというニートの誕生は、倫理的感情的にはともかく、批難されることなく「幸せだね」と一言言えば済む話だけど、ニートがクローズアップ現代されるのはそういう不平等さや、将来を見据えていない楽観さって部分に尽きるんだろうと思う。まあでもこれは違う話。

否、と言うか、同一労働同一賃金と言う共産主義的な概念の元では、雇用形態そのものが今とは違う形になるのか。契約オプションはどうなるか知らないけど、職業の違いだけで、非正規であるとか正規であるとか言う区別はなくなるのか。なんというフラット化した世界。どう見てもフリードマンです本当にありがとうございました。

まあ、無理矢理包括すると、今は雇用と言う制度自体に見直しがかけられる時代だから、今度の労働法制改革が楽しみですね、と言う話。労働ビッグバン。

2007年2月16日金曜日

邪魅の雫 より

0 件のコメント:
「世間ってのは何です?」
君と僕だと中善寺は云った。
「は?」
「君でも、僕でもない、君と僕だ。此処には君と僕と関口君とを交えた世間がある。其処では現在、関口作品の批評を巡る話題が流行している。これは関口君が云い出したものだが、僕が受け付けなければ生まれなかったものだし、途中から入ってきた君が拒否すればそこで終わっていたものだ」
「関口さんが生み出したもんではないと」
「そう。僕自身は好んでこんなくだらない話を語りたくはないし、益田君にしてみれば寝耳に水だ。でも、僕等三者の間では現在その話題が続いている訳だな。それは、現在此処だけで語られているものな訳だから、まあ僕等三人が形成する世間でのみ有効な話題なのだ。でもね、どうやら僕等はそれを普遍的な話題として語り合っている。世間で作られたものなのに、世界を語っているような誤解がある。これが流行だ。でも、そんなものはすぐに廃れる。たぶん、後数分で廃れる。それは僕等の関係性を左右するようなものにはなり得ない。」
やっぱり
京極堂の話は
含蓄がある

2007年2月15日木曜日

『 「箱庭を騙る檻の中で 禁断の海馬に手を加えて 驕れる無能な創造神にでも成った心算なの…」か…』

2 件のコメント:
キシリトール(アップルミント)を噛んだ直後に熱いお茶を飲むと、
しょうゆラーメンの味がする。

2007年2月10日土曜日

『あと何回くらい繰り返せば辿り着けるの?』

4 件のコメント:
「青春18きっぷ」特別価格8千円で JR20周年記念

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!!!
おし、計画立てるか。
何処行こうかなあ。うーん…宮城か…長崎…かな。海辺の旅館探してそこで2~3日間過ごす。
あーでもそれだと5日間使える切符が余りそうだから、一つの所に留まるのは勿体無いか。まあ余ったら余ったで誰かに譲るとか、またどっか行くとかしたらいいんだけど。
…先ずは行ってみたいところをピックアップだな。
あ、なんだったか、香川かどっかに大きな昔の硬貨の形をしたオブジェ?なるものがあるとか。桃鉄で知った。まあ香川は距離的にも通過点にすることしか出来ないけど…。
前に九州一回りした(とは言っても全県行ったわけじゃないけど)ときに思ったんだけど、九州って18切符使うと勿体無いんよな。コストパフォーマンスが悪いっつーか。距離を稼ぐって意味では意義のある使い方なんだけど、地理的な問題で小回りが利きにくすぎる。「どこでも降りれる」ってのが18切符の強みなんだが、それが発揮しにくい。つまり、一度降りたら絶望的な状況になること請け合い、と言うわけだ。深い霧に覆われた阿蘇山を途中から歩いて降るとかアホなことしなきゃよかったと真剣に後悔したよあんときは。耳元でスピッツが歌ってなきゃ死んでたね。ああ、ゾンビの誕生さ。
北海道は、帯広から釧路までで、大阪東京間ぐらいの距離があるから、そう考えると一日で札幌釧路間を横断出来る18切符ってすげえって思うんだけど、九州はなんかものすごい微妙なんだよな。いや、旅するって意味でね。絶対特急バス使ったほうが効率いいだろ、って思うし。
まあでもその辺含めて考えてみるべきかな。そのまんま東率いる宮崎も行ってみたい気がするけど…居れても2日だな。僕は柳田國男じゃないんだから。
旅するときの持ち物は財布と携帯とスピッツと古典文学、あと最低限の衣類。強行軍でない限り時刻表はそこまで重要ではない。地図も要らない。僕の歩いたところが地図になるんだ!

2007年2月9日金曜日

積読リスト消化

4 件のコメント:
最近、積んでいた本をひたすら読んでいる。残すところあと2冊…



Kに借りていたもの。
世界観は好き。でも、意図された読みにくさが、本当に読みにくい自体になっていて魅力半減。雰囲気出すのはいいんだが、別に文体とか文字は普通でいいのに。





皇国の守護者の小説。Dに借りてたやつだけど。
これほんま面白い。血が滾るな。生々しいし。でもやっぱヤンと新城はちょっとかぶるわ。性質的には逆なんだけど、常に疑い続けるアナーキストってあたりの本質的なところが。




クソおもろい。この人はある種のムーブメントを引き起こす才能あるんじゃねーの?って思った。展開が、『読ませる』展開なんだよな。




西尾維新もそろそろ終わりか……『化物語』は最高に面白かったんだけどな……。こんなのが12ヶ月も続くと思うとちょっと買う気が失せてくるかも知れない…。


で、残った2冊はこれ。



合計1000P超だから1週間とちょっとはかかりそうだな…。
積読リストはこれで全部消化したことになるけど、読みたい本が積んでた間に多く溜まっていたので、少しずつ買いながらまた読破していこう。
いやあ、本っていいなあ。


つか、なんか妙にリアルな夢を見て変な気分だ……。

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今日みたいな冬らしい空の低い曇り空は好きだ。
僕の記憶には色がないので、こういう灰色の景色を見ると昔のことを思い出す。