ページ

2007年1月30日火曜日

ぐちぐち

0 件のコメント:
あーもう畜生め。
僕の管理責任だとか言われそうだが、やる気のない人間のやる気をコントロールするのはマネジメントじゃない。それはカウンセリングって言うんだ。
無気力だとか無能だとかは個人の問題であって周囲の問題ではない。もちろん、環境にある程度依存することは認める。一つの窓のない部屋の中で黙々と作業し続けることが良い環境かといえば決してそうは言わない。
だが、その反面自由は与えられている。それは、与えられた自由を行使出来ない僕らが悪いのであって、環境の所為にするのはお門違いと言うものであって、責任のなすりつけも成り立たない。
大体それなら、その自称「劣悪」な環境下でもまだやる気がある僕はどう説明するんだ。
『特別』か?都合の良い言葉だな。
それに、些かの報酬すら貰っていず、むしろ社員さんからは形とは言え労いの言葉すら貰っているのだから、諾々と受け入れる他ないのだ。
「金を貰っていないから」なんてのは遁辞に過ぎないし、大体そんなこと言うやつは金を貰っても意欲が沸く以前に義務感に疲弊してたいした仕事はしない。したとしても良い仕事では決してない。
それはとどのつまり『自主性』ってものに尽きるのだが、それを磨くのがインターンシップってやつだろう。
チームで行ってるからってリーダー責任を暗黙のうちに了解されても困る。
だから今日、僕は突然やる気を失くした風を装ってみた。すると、「急に無責任になられても困る」みたいな表情をされたが別に批判も糾弾もなく、むしろ「それならオレも何もしない」みたいな態度でキーボードを打つ音すら聞こえなくなるほどだった。
偉そうなことを言いつつも、僕自身、自分に欠点が多いとわかってもいるし、一番自分に腹が立つのは、そういう愚痴を吐くことは出来ても、学校の体面、会社に対しての面目等を考えてしまって、本人たちに何も言うことが出来ないことだ。それに、無能だの無気力だの罵っているが、そんなのは主観的なものであり、自分を基準に据えたものなので、特に僕なんかが言う資格なんてないとも思う。僕だって別の人から見たら無能かつ無気力だと捉えられるかも知れないし、逆に彼らの立場からしても、僕を基準に一般論を語って欲しくないとも思っているかも知れない。良い意味でも悪い意味でも捉えられるから、慎重に行くべきだとはわかっているのだが、それでも、なんとなく近々キツく言ってしまいそうな気がする。僕だって人間だ。我慢の限界ってやつもある。だが一応自制せねば…。言葉の暴力は誰よりわかってる。人と接するときは言葉は選ばねばならないことも。