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2009年1月26日月曜日

『とにかく歩こう 前に進んでいれば、いつかどこかに着くさ』

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アンメルツヨコヨコとは良い盟友になりたい。水上です。

こういう挨拶って、ブログを初めてかれこれ5年ぐらいになるけど、もしかしたらこれが初めてかも知れない。それくらい、一般的とは程遠いという証左なのかも知れない。

先々週の金曜から先週の土曜まで、8日間の間に飲み会が4度もあった。4度。4回。Four times.
財布の中身をyとし、僕の贅肉をxとすると、y=1/3x。
メタボの道も一歩から。だけど残念、メタボ・ロードは一方通行なのだ。でも僕はがんばって少しでも抗おうと思う…

日夜ニュースを見てて思うけど、定額給付金の話にしたって、国民総非協力体制にでも入っちゃってるのかと思うぐらいの非協力さ。なんだありゃ。サイレント・テロか?

一国の総理が経済刺激策として定額給付金を提案した途端、バラマキだのなんだと非難轟々。
いわく、「実効性に疑問の声が上がる」と。
じゃあ誰もが確実な実効性を持つ策を提案してみてくれよ、批判している方々。
とにかくどこのチャンネルのニュースを見ても批判批判批判ばかりで、最近はもういっそニュースを見ないようにしようかなんてことを考えてしまう。

何もしないうちから、頭から批判って、正直賢いとは言えないですよね。批判出来れば賢いなんていうのは賢くない人の勝手なイメージですよ。この世で一番簡単なのは、堕落と批判。
全体主義を謳うわけじゃないけど、皆もっと協力的になったほうが良い。いがみ合ってばかりなのは生産的じゃない。

んで定額給付金の話だけど、僕の友人たちも、「もらってもすぐ消費に回せるような人がどんだけいるんだ」とひどく懐疑的。そりゃあ、生活が苦しい人は使うよりもまず貯蓄に回すだろうさ。そんなのは間違いない。

でも、給付金の狙いはそこじゃないだろう。

2兆円を国民に配りました。その中の1千億円が消費に使われるとします。
1万2千円が財布の中に突然出てきて、今まではちょっと買えなかったノイズ・キャンセリングヘッドホンでも買おうかな、なんて思う僕みたいなのがいるとする。
そんな消費欲を想定している各企業は、「定額給付金キャンペーン」みたいなので、ちょっとお買い得な商品をズラリ。
ノイズ・キャンセリング・ヘッドホンが1万5千円だとすると、実質僕は3000円しか出さなくて済むわけだけど、その3000円ってのは余剰消費金ともいえる金だ。
単純に、1千億円の消費をする仮定として、一人当たり1万2千円だからざっと83万人近い人が買い物をするわけだ。
で、その一人一人が3000円の余剰消費金を出したらどうだ。250億円も消費したことになる。余剰消費だけで250億。これが多いのか少ないのかは僕は知らない。
だけど、2兆円を配って何も動かないはずがないと言うのはわかる。1億ウン千万人の人が一斉に皆貯金に走るかと言うとそんなわけはないし、小売店の方だって1万2千円が使われる想定の上で、キリのいい値段でセールとかやったりするだろうし、配った金以上ってことはないだろうけど、結構お金動くと思うよ。まあ、何度も言うようにマクロ経済学なんて僕はよくわからないから、2兆円給付に対してどれだけの額が動けば「実効性があった」といえるのかは知らないけどね。

「それだったら介護事業に2兆円出せよ」みたいな声があるけど、それこそほとんどの人にはどういう効果があったのか見えない金の使い方だ。仮に老人ホームの設備が良くなって介護労働者の賃金が300円上がったところで、僕にはそれが給付金の成果なのか何なのかわからない。(給付金と政治を結びつけたがる人はこの点に食いついてくるだろうけどね)
だったら、消費低迷に歯止めをかける可能性がある一律給付のほうが僕はまだ支持出来る。
それに、貯蓄にまわす人が大半だとしても、それはそれで良いことだと思うしね。日本経済の被害が他国と比べてまだマシなのは、その貯蓄の多さに起因すると言う説もあるぐらいだし。

しかもさ、定額給付金の政策にNoを言う人が大勢いるけど、その中の半数以上の人が、実際に給付されたら受け取ると答えているんだから一貫しないよな、って話だ。なんで何もしないうちから批判ばっかりしてるのか僕には理解が出来ない。本当に欠陥のある政策なら施行した後に大問題になるだろうし、支持率の急落と政権交代はそれからでもいいと思うけどな。
結局批判したいだけなんでしょ?と。

疑うことより信じるほうが難しいし、否定するより肯定するほうが勇気がいる。
少なくとも、何もかもを否定していくような、頭の固い人にはなりたくないものだね。