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2007年5月3日木曜日

『愚かな提案があるのだがどうだろう……私で良ければ君の、話し相手になりたい』

民間刑務所で Ruby によるソフトウェア開発者を養成、アウトソーシング業務を

昨日この記事を知って、なんだかなあって思ってたら、

プログラマーの方に質問です。
受刑者にプログラミング言語を覚えさせるとしたらどの言語が最適だと思いますか?
理由も含めてお答えいただけたらと存じます


はてなに質問した後で民主主義的に決めたことだったのなwww

そういう風にWEBを意思決定に使うのは良いことだと思うけど、受刑者にソフトウェア開発…ってのがどうにも気に入らない。

確かに僕も、昔受刑者を使って何かさせれば一つデカいことでも出来るんじゃないかと妄想したことはあったが、以下の理由から却下した。

1:刑務所に入ることが就職斡旋を受けるかのような受け取られ方をされると結局のところ犯罪を増加させることにしかならない。つまり、単純に受刑になっていない。
2:ソフトウェア開発と言う仕事の価値を貶める。また、刑務所に入るような人に知的作業をさせるのはある種リスクが高い。

特に①が理由としては大きい。ビジネスモデルとしては、手っ取り早く人材を育てることが出来て良いかも知れないが、倫理的にどうなのって思う。
結局のところ、刑務所に入る意味を問うことになるのだけど、「犯した罪に対して服役し更生を促す」ものではないのか?
「社会復帰させて更生を促す」のであってはなんだか本末転倒だ。「職に困れば犯罪を犯してここに入れば良い」と考える人が出てこないとは僕は思わない。それでなくてもホームレスよりは居住環境としては安定していると名高い刑務所だ。

ロシアだかどっかの思想家が考えた、犯罪率を最も低くする刑罰の一つに、「一日かけて砂の山を移動させ、翌日に元の場所に戻すという刑罰を導入すれば、服役者は1ヶ月も持たずに自殺する」と言うものがあったが、これが刑罰の端的な意味を最もよくあらわしてるんじゃないか。
が、これは少しジレンマに近いところがあって、「刑務所に入るのを恐怖させることによって、結果犯罪率を抑止する」のか、あるいは「刑務所に入った者に、働く喜び等を知ってもらい、結果としての社会復帰を望む」のか、だ。
上記のロシアの極端な例で言えば完全に前者であって、これは「刑務所に入ったら終わり」。
今回記事にしたものは完全に後者であって、「犯罪を犯しても働くところはありますよ」。
現在の刑罰は先ず軽重を審議されるから、ちょうどバランスが取れていると思うけれど。

こういう言い方は嫌いだが、犯罪を犯した時点でまともな人とは一線を引くべき。前科のある人が再犯を犯す確率が高いのは(特に性犯罪者)既に統計で知られてる。ソースは僕の記憶。
更正するかしないかは本人次第であって制度で後押し、ましてや強制するもんじゃない。
考えられる結果論だが、例えば犯罪を犯した者が民営刑務所の「受刑」を受け、普通の人よりも高い生活水準に達してしまった場合、まっとうに生きてるのが馬鹿らしいと考える人はいないだろうか?
もちろん、過去受刑を受けて出所したあと、何か巨大な事業を成功したという事例も探せばいくつもあるだろう。『シンドラーのリスト』を見ても、オスカー・シンドラーがやってたことはこれと大差ない。が、シンドラーが使っていたのは社会的に不当な差別を受けていたユダヤ人であって犯罪者では決してない。あれを参考にするのは良いにしても基準が全然違う。

まあ、受刑した人がこの会社に入るのならば、どれだけ仕事が良くても決して外聞は良くないだろうね。試みとしては面白いと思うけど、少なくとも僕の考える社会倫理に反するな。

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