ページ

2007年11月10日土曜日

NetBeans追記

0 件のコメント:
NetBeans5.5であんなに見にくかったUIが…
6.0でこんなに見やすくなっているなんて…やはり喧伝されているのは伊達じゃなかったようだ。
やべえ、これは良いUIだwwwwwwwww

インストールは、
http://download.netbeans.org/netbeans/6.0/beta2/
ここから落とした.shファイルを実行するだけ。
メニューには追加されるんだけどコマンドラインからじゃ起動出来ない。うーん。

java6がなんだか妙に軽い気がするんですが気のせいでしょうか…

『生きている証を時代に打ち付けろ 貧弱な魂で悪あがきしながら』

0 件のコメント:
仮免取れたよーヽ(´ー`)ノ
修了検定のとき、4人中僕は2番目で、1番手の野郎のテクを真後ろで見ていたわけなんだけど、エンスト3回、脱輪1回、直線ではローギアのままだし指示器は出し忘れてるしで彼だけ落ちていました。なんともはや。緊張する気持ちはわかる…ていうか僕もかなり緊張してクラッチを上げる左足が少しギコちなかったぐらい。でも終わったときに何か言われるんじゃないかと思ってたけど、「運転巧いね!路上でもその調子で頑張ってね!」って言われてホッとして嬉しかった。
そんなこんなで来週からは路上教習だ!だだだ


今読んでる途中の『富の未来』って本の中で、著者のアルビン・トフラーがおもしろい喩えを用いていたので、部分的に割愛しながら紹介。アメリカでの、様々な分野での変化の速度を車に例えている。
時速100キロ

時速100キロの高速で突っ走っているのは、アメリカの主要な制度の中で変化がもっとも速いもの、企業である。企業は、社会の他の部分で起こる変化の多くをもたらす原動力になっている。

時速90キロ

企業とあまり変わらないほどの高速で走る車があり、その車に乗っている人たちを見て、驚く人もいるだろう。
変化が二番めに速いのは、全体的にみたときの社会団体だ。社会団体は活気に溢れ、変化を求めることを仕事としている。反企業、親企業の連合、職業団体、スポーツ団体、カトリック協会、仏教寺院、プラスチック製造業協会、反プラスチック活動家団体、新興宗教団体、税金嫌いの団体、鯨愛好家組織などなどである。

時速60キロ

数千年にわたって、世界のほとんどの地域で、多世代の大家族が家族の典型であった。
工業化と都市化が進んでから、家族の規模が核家族化した。工業と都市の条件には核家族のほうが適していたからだ。現在では、家族の形態、離婚の頻度、性、世代間の関係、異性との出会い、子育てなど、家族に関するさまざまな側面が急速に変化している。


時速30キロ

労働組合である。1955年、アメリカの労働組合は雇用者の33%を組織化していた。いまではこれが12.5%に過ぎなくなった。
労働組合には今でも果たすべき役割があるが、生き残るためには新しい道路地図と高速の車が必要である。


時速25キロ

政府の官僚機構と規制機関はさらに動きが遅い。
政府は意思決定が極端に遅く、空港に新たな滑走路を建設する許可を得るまでに10年異常かかり、高速道路の建設が決まるまでに7年以上もかかるのが一般的である。


政府10キロ

だが、官僚機構の車ですら、バックミラーにはさらに遅い車の姿がうつっている。タイヤはパンクし、ラジエーターからは蒸気が噴き出し、後ろからくる車に迷惑をかけている。このポンコツを維持するために年間4千億ドルがかかるなどありうるだろうか?この車に乗っているのは、アメリカの公教育制度である。
アメリカの教育制度は、大量生産用に設計され、工場のように運営され、官僚的に管理され、20世紀初めの経済を完全に反映している。
時速10キロで動く教育制度は、その10倍の速度で変化する企業での仕事をこなせるように、生徒を教育できるのだろうか?


時速5キロ

これには国際連合、国際通貨基金、世界貿易機関や、もっと知名度の低い多数の国際機関があり、国境を越える活動の規則を制定している。
なかには万国郵便連合のように、1世紀を越える歴史のある機関もある。ほぼ75年前、国際連盟の時代に作られた機関もある。残りのほとんどは、世界貿易機関と世界知的所有権機関を除いて、半世紀前、第二次世界大戦のあとに設立されている。


時速3キロ

だが、国際機関よりも変化が遅い制度がある。それは豊かな国の政治構造だ。
いまの政治制度は、知識経済の複雑さと猛烈なペースを扱えるようには設計されていない。


時速1キロ

法律である。法律は生きていると言われる。だが、何とか生きていると言えるに過ぎない。議会が新しい法律を作り、裁判所が既存の法律に新たな解釈を加えることで、法律は毎日のように変化する。だが、変わる部分は法律全体のうち、微小とは言わないまでもごく一部に過ぎない。
もちろん、法律は急激に変化するようであってはならない。ゆっくりとしか変化しないからこそ、社会と経済に必要な程度に予測可能性が確保され、経済と社会の変化が急激すぎるときにはブレーキをかけてくれる。


ここで抜粋した部分は、各車の説明の1割ほどに過ぎないものなんだけど、こうして要点をまとめるだけでも何とも含蓄のある言葉だと思う。



さて、で、昨日の話の続きだが、結局Ubuntuの再インストールをしたw
一晩かけてUbuntu7.10のisoイメージをDLして(サーバーがおかしいぐらい重かった。Bittorrentを使うべきだったかもしれない)、幸いにも残っていたCD-Rに焼き付けてすぐにインストールに取りかかる。

BIOSでCDブートに設定してCDを入れる。1CDLinuxだからすぐに起動した。デスクトップに転がっているインストールボタンを押し、後は質問に答えていくだけでインストールが始まる。

が、インストールを終えたあと、再起動をかけてみると、なんとdiskが見つからないとか言われた!なんでだよ!
Kernelを選ぶ選択肢が黒い画面に出てきたので、書いていたメッセージを参考にしながらいくつかコマンドを打ち込んでもOSは立ち上がらず。

前向きな僕はめげずに、もうHDDはフォーマットしてるんだから失う物など何もない!と言わんばかりにもっかい再インストール。

ダメだった。同じ症状。

クソウ。どうなってやがる。再度インストール。ダメ。再度インストール。行けた!!

なんかよくわからないが、なんとなくマスタブートレコードがおかしくなってたような感じ…。

目出度くUbuntu7.1が立ち上がったので、色々とアップデートやらインストールやら。
FirefoxのExtension関係がもっとも大事なので真っ先に取りかかる。えーっと、GMarksを入れてClipMarksを入れて…テーマは何にしようかな。あ、ちょうどVistaのLook&Feelのテーマがあったからこれにしよう。それに合わせてGNOME Themeも変更だ!
ブックマークは全部GoogleBookmarkにあるので、数年前までみたいにいちいちブックマークを登録しなおす必要がない。楽ちん。
メールも、今までだとアカウントの設定のし直しとかしてたなあ…ていうかOS入れ替えるたびにメッセージがなくなるのはマジで困ってた。今はもうそんな悩みとは無縁だね。無縁仏。

ひとまずブラウザ周りの設定が終わったので…って、これくらいしかすることない罠。
ある程度必要なアプリケーションは元々内蔵されてるからなあ。

あー、とりあえず色々動画が見れるようにだけしておくか…と思ってTotemのpluginを入れようとするが、どうやらサーバーが落ちてるっぽい。
仕方ないなあ。今は様子見。そんな急に必要ってわけでもないしね。

なんか、リアルタイムでギターにエフェクトをかけれるアプリケーションがあったのでインストールしてみるも、サウンドカードとの相性が悪いのか他の原因があるのかよくわからないが、playすることが出来なかった。残念。でも、mixerでマルチトラック録音が出来るアプリケーションがあって、僕のギターをPCに繋いだらすぐに録音することが出来た。なぜかちょっとだけエフェクトもかかってたり。まあ、いつかまた遊んでみよう。

統合開発環境の一つである、Sun microsystemsが提供しているNetBeansIDEってやつが何やらEclipseの対抗馬に充分なりえると言う話がまことしやかに囁かれてきたので、さてどんなもんかと思ってインストールしてみた。

…が、フォントが汚ぇ!なんじゃこりゃ。見にくすぎる。
使う以前の障害にぶち当たったので、まずフォントから直すことにした。
/etc/netbeans5.5/netbeans.conf

に、設定情報を書き込む。
netbeans_default_options="-J-Xms32m -J-Xmx196m -J-XX:PermSize=32m -J-XX:MaxPermSize=96m -J-ea --fontsize 16"

と、--fontsizeの項目を追加することで、メニューのフォントサイズを変えることが出来るのだ!
これとは別に、毎回毎回
netbeans --fontsize 16

と書いて起動する方法もあるんだけど、いちいち面倒くさいしね。
fontfamilyの設定の仕方はどこにも書いてなかった。無理なのかしらん。

ある程度のところで妥協するのはさもありなん。とりあえずは弄ってみよう。
新規プロジェクト…WEBプロジェクト…
なんとTomcatが内蔵されているらしい。Eclipseはpluginとして入れなくちゃいけなかったので、その設定で四苦八苦した時期もあったが、NetBeansはそんな苦労とは無縁のようだ。無縁仏。

デフォルトでjspページが作られて、ボタン一つ押すとブラウザで勝手にプレビューしてくれる。
面倒臭いからここまでしかやってないけど、たぶんJava周りのことだけに関して言えばかなり有用だと思われ。
Eclipseも充分有用だけど、位置づけ的にはサードパーティだしな。本家が作ってるとなるとやっぱり細かいところが違うんだろう。
特に思うのがGUI開発の強み。
EclipseじゃあGUIのデザインはpluginを入れることでしか出来なかったんだけど、NetBeansじゃSWTのデザイナが標準でついてるっぽいから、まるでVSみたいにJavaアプリケーションを構築できる。

たぶん今後はJavaFXも組み込まれていくんだろうけど…どうなんだろうねその辺は。

Tracを早く使いたいんだけどまだやり方がわからない。難しいなあこれ…。

2007年11月9日金曜日

かえるにょぱにょん

0 件のコメント:
タイトルは無意味。

ubuntu使っていると、なにやら動作が遅い!と感じて、プロセスを見てみるとscim-launcherのCPU使用率が妙に高くなっていた。
scimというのはlinuxで使われる入力メソッドのことで、そのランチャーだから一連の機能を立ち上げるためのものってとこかな。リンク集みたいなもんだ。

そのscim-launcherプロセスがどうも止まっていたみたいで、だからFirefoxはもちろん、ほとんどのアプリケーションを立ち上げることが出来なかった。
scim-launcherプロセスをkillすれば、その他のアプリケーションを立ち上げることが出来たんだけど、入力に著しく問題が出るわけだ。

で、プロセスを右クリックして、「使用したファイルを参照」みたいなのをクリックすると、

/home/naoya/.anthy/

の中のlast-record2_defaultって言うファイルを参照しているみたいな形跡が。

なんぞこれ、と思ってひとまず調べてみる。変に弄って元に戻らなくなったら困る。
すると、

scimがCPUを100%近く使って起動しない

と言う記事で同じ現象にぶつかった人がいたので参考に。
ふむふむなるほど、変換履歴のログの読み込みで止まっちまってるわけか。

emacsエディタを開いて、最後の行だけ削除する。
そして再起動………まだ同じ現象だった!!
畜生なんでだ、と一瞬思って、直後自分を罵倒した。
その前の行の末尾でファイルを終わらせてしまったら同じことじゃないか!
と言うわけで、最後の変換履歴の末尾に改行を付け加えて保存終了。
再起動してみると、ちゃんと起動してくれましたとさ。


実は上記の経緯に至るまで色々と試行錯誤していて、Anthyとscimを何度も再インストールしていたりなんかしてたもんだから、どこがどうなってるのかよくわからなくて、最終的に起動したはいいんだけど変換がおかしくなってしまった模様。「つかう」って入力したら「塚宇」とかしか変換できなくて、いくら文節で区切っても他の変換が出てこない。だから「使用」って打ったあとに「用」を消さないと「使う」って入力できないwwwこれはストレスがたまる変換wwww
何がどうなってこんなことになったのかまだ未解決…。
たぶん日本語テーブルの問題なんだろうけど、一体それがどこに眠っているのかサッパリわからん…調べてみても資料がないし。
Ubuntu関連は元々英語資料のみが充実しているから日本語資料は少ないんだよな。
これが普通の処理系の問題だったら、頑張って英語サイトでも探すんだが、日本語入力に関することが英語サイトに載ってるとは到底思えないから、お手上げ状態になったらこれはもうフォーラムかMLで質問するか、あるいは再インストールするかしかないぜ!

フォーラムとか使おうにもアカウント取らなくちゃいけないっぽいしな…。
そうなると、再インストールしたほうがいいかも。色々触りまくってて設定がむちゃくちゃになってきてたところだし、大事なデータとかは全部WEBにあるから中身がなくなっても無問題だし。

ていうかUbuntu使って思ったけど、WindowsのデスクトップPCとしての完成度は異常。Windowsはすごいわ。


さてさて昼から授業ですよ。まったくもう消化授業も甚だしいですね。内容がほぼ絶無な授業が多い割りに出席率に厳しいから無駄に休むことも出来ない。友達と喋りに行ったり昼ごはん食べに行ってるようなもんだよな最近…ああ勿体無い。

2007年11月6日火曜日

『運命をねじ伏せ従える心算でも 時を掴もうと伸ばしたその手では短すぎた』

0 件のコメント:
なんか変な夢見た。河童に憑きまとわれた夢。
河童って言っても最初は全然わからなくて、ただの小さい人なんだと思ってた。
やけに馴れ馴れしくしてくるもんだから、「鬱陶しいなあ」と思って出来るだけ離れようとするんだけどうまく行かない。必ず先回りされる。
馬鹿力でかなわないし、なんの話をしても知識が豊富でついてくるしで手に負えない。
でも、なんとなく僕の希望に沿う行動を取るんだと言うことがわかってきたので、「ちょっと友達と飯を食べにいかなきゃならないんだ」と言うと、「じゃあオレが運転する車でいくといいよ!」と言う。
友達数人に軽く事情を説明して河童に運転してもらう。どこかで一旦皆降りて、再度皆が車に乗るのを見計い、携帯を取りだし、電話をするフリをする。
そして運転席に乗っていた河童に、ちょっと用事を思い出したから先に行っててくれ、すぐに追い付くよ、と言って僕は河童と離れることが出来た。
そして自転車で家まで帰ろうとするが、途中で河童に捕まった。車を先に店に置いといて、僕を追ってきたらしい。
観念した僕は河童を従えて色々と頼み事をするんだけど、突然姿を消してしまった。
後々調べてみると、その河童はそういう特性を持っていたらしい。特定の人にはりつき、言うことをしばらく聞くだけ。姿が単なる人だから河童には思えないらしいんだけど、れっきとした河童らしい。

よくわからない夢だった…。妖怪系の夢とか久しぶりに見たな。

2007年11月3日土曜日

『さらに高いところに駆け上るような、目覚めたネズミになる。長い長い長い旅に出る。いつか目覚めたネズミになる』

2 件のコメント:
部屋を掃除しているときに、もう本が多すぎてそろそろ平積みしないといけないようになってきたと感じてきたので、要らないようになった本を処分することにした。

過去の資格勉強に役立てた書籍たちが殆ど。だいぶお世話になった。専門学校時代は履歴書に全部書けないぐらい多くの資格を取れたことを改めて実感。やっぱ4年間を勉強に充てれたのは良かったのかな。


で、部屋の押入れの一部を改造すべく、100均に行って組み立て式のラックを買ってきて組み立てた。
これで、必要に応じて本をまとめて格納できるようになった。また一定量貯まったらラックを追加しよう。
押入れの中は結構広いので、多くの本を入れることが出来そうだ。


僕の部屋はある程度の広さを確保するために家具類の配置や本やディスクの格納の方法を工夫してはいるんだが、どうにもそれの限界を感じ始めている…将来は書斎みたいなんがないとダメだな僕はwww

2007年11月1日木曜日

『よごれた雨 消えない影 なにもかもを受け止めて これが僕らの住む世界』

0 件のコメント:
春から9月第1週までやってた学祭でのグループ制作。あれの影響がかなり尾を引いてるのですw
と言うのは、クラスの中で後ろ指を指されてる人たちが少なからず出てきていると言う事実。
それがどういう人たちなのかというと、一言で言ってしまえば「迷惑をかけた人たち」。
迷惑と言っても形は様々で、単純に投げられたタスクをこなさなかったと言ったものから、空気を読めずに周囲の反感を買ったと言う例まである。
純粋に行った仕事量だけで見れば評価されるべき人も、「相互評価」と言うものになってみれば評価されなくなると言うことはどうやら往々にしてある。能力の有無や貢献度が評価を左右するわけではないと言うことだ。
その相互評価の結果、リーダーが欠点になると言うおかしい現象が起きたりもしたけど、なんのことはない、そのメンバーの話を聞いてれば、まあ当然だなと思うのである。

そんなこんなで、相互評価と言うある意味で平等、ある意味では冷酷なシステムの前であらわになった人となり(あらわになったのが能力ではなくて人となりであるところが面白い)が噂になり、新規グループで新たなプロジェクトが稼働している現在でも多大な影響が色濃く出ている部分に社会的な人間関係の縮図を見るのは僕だけではないだろう。

まあ周囲で起こる出来事がどうであれ、飄々と生きる僕には直接的には関係のないことなんだけど、一番の問題が、僕の発言力がクラス内で妙に高いと言うことだ(これは茶汰君も同様だと思うが)。ただでさえ、現在の僕のグループはクラス内でも能力的な意味合いで見れば上位クラスにいる連中ばかり。学祭ではクラスで最も成功したグループのリーダーと言う面倒な肩書きがついて回ってるために、リーダーが僕ではないと言う事実はちょっと生地の薄い隠れみのだ。

うーん、別に他人をこきおろしたいわけでも自慢話をしたいわけでもないんだけど、人間関係を整理したとき、自分のポジションを出来るだけ客観的に考えると、どうしてもそういうニュアンスが拭えない。だからあんまり言いたくないんだけどね。
とにかくまあ、最終的に24人編成のグループに統合された上でプロジェクトのほうは進むらしいから、そのときにリーダーにならなければ僕の学生生活は穏当に終了出来ると言うことだな。なんとか手を打たないといけないが…あるいはリーダーになったところでなるたけ負担の少ない楽な方法を…。苦労することが美徳とは僕は思えないのでw出来るだけスマートな方法で、「戦わずして勝つ」のが最上。
そういう意味では、学祭のときに僕のグループだったメンバーが皆「あんまり苦労した覚えがないんだけど…」と言ってくれたのは、僕にとっては達成感を感じられることだった。皆に苦労させずに高得点を確保出来たと言う意味でね。まあ、メンバーたちはもっと苦労の果てに達成感があるものだと思っているのだと思うけど。
僕の中のリーダー像は、メンバーに苦労をさせてないかどうかと言う一点に尽きると思う。苦労を強くことで成果を出すのは、その時点で戦略的に間違ってるのだ。どんな人にも一長一短があるのだから、適材適所を貫いてうまく立ち回らせることが戦略としては上々、となる。

話はイキナリ変わるけど、なんか少林寺やってたときの同輩で一つ年上の人が、現在アメリカに留学しているらしい。今度僕も10日ほどアメリカいくからちょっと今からコンタクト取ってみようかな…w

2007年10月27日土曜日

カオス

0 件のコメント:


これはあかんwwwwwwwww昼ご飯食べながら見てたんだがカオスすぎて食べ物が喉を通過できないwwwwwwwwwww

いぬみみずかん

0 件のコメント:
茶汰君への寄稿用一枚絵オワタ─────(゚∀゚)─────!!
なんか久々にちゃんと一枚書いた希ガス。
シャーペンで適当(かなり適当)にラフを書いてスキャンして、saiでペン入れしながら細部を整えて、photoshopでグレースケールで濃淡を塗り塗り。
無駄に時間がかかってしまったなあ。一日1時間ぐらいしか作業してないから3~4日かかってしまった。でも日を置けば悪いところが解ったりするから良いんだよね。

2007年10月26日金曜日

『転んだ者を笑ってはいけない。彼は歩こうとしたのだ』

0 件のコメント:
今日は学校が昼から(しかも15:00から)だったわけで、午前中+昼下がりまでは何もなかった。なので、それを利用して、クラスで仲の良いやつらとボウリングに行ってきた。

僕はDやEとかとしばしば11Gとかやったりするので、経験的にスコアもそこそこ出るようにはなってる。
そんなこんなのおかげで、僕はなんか独走状態だった。一度だけトップを奪われたけど。
前のバイトでのボウリング大会でもそうだったし、そのほかにもボウリングに行ったりして思うんだが、やっぱりDやEと行くときのスコアを基準にすると駄目だな、と言うことw普通は150とかバンバン出ません。ちなみに今回の僕のハイスコアは179。最近はコンスタントに170オーバーが出るようになってきてるので良い具合。20Gに1Gくらいは、200オーバーを出せるぐらいになりたいな。

彼らは僕より2歳年下なので、「いやあ水上さん、年の差が出たね」なんて揶揄して言ってくるけど、それは2割ほどしか当たっていないw単純に経験値の差なんだろうと思う。一人、スーパーパワー型のやつがいるんだが、そいつは狙いを定めることが出来ないので結果的にスコアは低くなってしまう。いくらパワーがあっても、使いこなすことが出来なければ結果は出ない、なんて抽象的で教条的な言葉に落ち着きたくはないけど、まあそういうことだ。命中補正は自分の投げ方を解った上で行わなければならないことなので、つまりは経験こそがモノを言うってことだ。うん。
もっと色々なことを経験しろよ若者。なんて年老いたことを言う僕。そろそろ冗談に聞こえない年齢かも知れない。

2007年10月22日月曜日

『人が見ればきっと笑い飛ばすようなヨレヨレの幸せを追いかけて』

0 件のコメント:
自動車教習所の学科試験を臨むにあたってちょっぴり勉強したところで疑問が出たので自己解決した(何

よく、「最初の持ち点は15点で…」とか聞くけど、教本のどこにもそんなことは書いていない。
それどころか、違反をした場合、点数は減算ではなく「加算」だと書いてる。よくスピード違反で「点数引かれたー残り1点だー」とかも聞くけど、厳密には引かれてるんじゃなくてプラスされてるっぽいですね。

そうした記述から、たぶん「持ち点が15点」なんていうのはおそらく便宜上のものなんだろうなあと思って調べていたら

運転免許の点数についての質問です。 私の友人なのですが、普通免許では15点満点...
>普通免許では15点満点の点数をもっています。
まず、この考え方が間違えています。
19点の違反とかしたら、どう計算するの?マイナス4点ですか?
免停30日を基準に考えると、持ち点は6点満点
免停60日を基準に考えると、持ち点は9点満点
免停90日を基準に考えると、持ち点は12点満点
免取(欠格期間1年)を基準に考えると、持ち点は15点満点(←あなたの言っているのはこれですね。)
免取(欠格期間2年)を基準に考えると、持ち点は25点満点
免取(欠格期間3年)を基準に考えると、持ち点は35点満点
免取(欠格期間5年)を基準に考えると、持ち点は45点満点
なお、これは、前歴0の状態のみで、前歴が違うと、持ち点が変わってきます。

減点法で計算すると、複雑になりますので、本来の加点法で考えたほうがシンプルですよ。
ですよね。

車の免許の点数って15点ですよね。例えば違反して減点されたその日から1年なにも捕...

免許の点数に持ち点などありません。
みんな0点からスタートで事故や違反をすれば違反点数が加算され、一定レベルになると免停とか取り消しになります。
点数は違反で加算されるのはもちろん、事故(人身事故)でも事故点として加算されます。
Yahoo!知恵袋からだけど。

「便宜」って便利だけど、こういう場合はちょっとややこしくなるだけだね。

2007年10月20日土曜日

『地に蔓延りし我ら罪人の群 願わくば、君が澪音の世界に囚われないことを・・・』

0 件のコメント:
ああ、なるほど。
Eclipseのアップデートがなんか知らんが失敗するなあ、とか思ってたら、権限の問題だったんだな。
普通にショートカットから起動していたんだが、それだと僕の通常アカウントでの実行になって、アップデートする際に /usr/lib/eclipseあたりに追加するときにそれが出来ない。
だから
sudo eclipse

で実行することによって、目出度くアップデートすることが出来た。

『じっとしていたら叩かれて 素直に進めば潰される』

0 件のコメント:
なぜヨドバシのオーディオコーナーとかで聞こえる音楽の音質があんなに良く聞こえるのはどうしてなんだぜ?
僕の自室のオーディオ環境も決して劣悪ではないんだけど、あんなの聞いてたら新しいのが欲しくなる。
てか、僕の持ってるスピーカー(ONKYO:GD-70AX)もヘッドホン(Pioneer:SE-DHP800)ももう6年前のやつだから、いくら当時最新だったとはいえ、今はもっと安価で高性能なやつがあるんじゃないかと思うと、ついつい財布の中身を確認したくなりますよね。
まあ、買わないけど。

友人のKから「またバンドを再開したい」と言う旨の、一見切実とも取れるメールが来た。いや、実際逼迫してるような文面だったんだけど。
僕は音楽は楽しいしまたやりたいんだけど、今な色々な意味で過渡期だから、またやるのはいいけどすぐには無理だぜ、と返信した。
実際、今またバンドとかやり始めたら、クソほど忙しくなるのは自明だしな。会社に入って少しして自分のペースがわかりはじめて余裕があれば、趣味でまたやろうと言うことで一応落ち着いた。
まああれだね。僕を必要としてくれてるってのは嬉しいことだね。

教習所のほうは順調。うまく行けば今月中には仮免を取れるかな…?
同乗の先生の一人に、やけにムカつく人がいて、ちょっとしたミスでも鬼の首を取ったかのように批判してくる。
それが嫌で嫌で仕方ないので、めちゃくちゃ集中してノーミスで教習時間を過ごしたら、50分中35分はほぼ無言wwwwまあそれぐらいがちょうどいいんです。
そのおかげで、S字とかクランクとか一度も乗り上げてないしね。坂道発進とかも、他の先生に「巧い」と言われたニヨニヨ
うちの親父曰く、「教習所の先生は運転の方法を教えるのが仕事だから巧いように見えるけど、実際の路上の運転で言えばそんなに巧くはない」そうですが…親父巧いからなあ。

Emacsエディタの使いかたが難しいんだぜ 。・゚・(ノД`)・゚・。
慣れればぶっちぎりで最速かつ最適らしいが…慣れるまでの敷居が高するぎ。
プロの人は全ての作業をEmacsで済ますとか言う都市伝説まであるぐらい高機能なエディタだが…とにかくコマンドをまだほとんど覚えてない上に使いこなせてないからよくわからない。
まあ頑張ろう…

2007年10月15日月曜日

Windowsから脱却してみた

0 件のコメント:
Ubuntuと言う、最近一部で流行っているらしいLinuxディストリビューションにOSを移行した。
移行して5日目になるが、普通に使う分にはまったく問題ない。
むしろ、Windowsと違って、変なエラーが出たりしないし、非常に軽い。
感触として思うのは、Windowsはいろいろ入っている中から、カスタマイズするときに不要な部分を削ぎ落とす、と言った感じだが、Ubuntuは(と言うかLinux全般は)始めは最小限で、カスタマイズ時に必要なものだけ入れると言うような感じ。
だから、PCの電源を入れてからブラウザをショートカットで立ち上げるまでに2分もかからない。動作は極めて軽快かつ安定。

アプリケーション面で少し不便になるかな、と思ったら、言うほど影響は出ていない。
と言うのも、もうほとんどがOSSやSaaSのものを利用しているから、OSなんて本当に関係がないのだ。WordやExcelなんて、OpenOfficeで十分に代替出来るし、google docsを使うのもいい。
極端な話、Ubuntuに移行する前から、自宅のPCでなくても同じことが出来るような環境構築に努めてきたから、自宅のPCがWindowsからLinuxに変わったところで、なんの問題もないのだ。

全音楽ファイルは別HDDに保存してあるから、Ubuntuからも、それをマウントして使えばいいだけの話だし。
各種メッセンジャーも、いまやブラウザで一括サインインしてくれるサービスがあるから、それを使えばいい。全体としてWindowsほどは重くはならない。

ただ、使えるソフトウェアが少なくなった。
フリーソフトのほとんどはWindows上で動くものだから使えない。
ゲームにしてももちろんそうだ。

だから、マルチメディア関係のものに関しては少し不便さを覚えるけれど、実際的なことに関してはまったく問題ない。
むしろ、余計なことが出来なくなった、と言う点で、自身に集中力を高めさせる良い契機になったと前向きに解釈することさえ厭わない。
それに、どうしてもWindowsを使う必要があるときなんて言うのは、それこそノートPCを立ち上げれば済む話だ。
特に、僕が使っているmp3ウォークマンは、転送ソフトがWindows上でしか動かない。だから、新しい音楽を入れるときには必ずWindowsを立ち上げないといけないんだけど、そのときだけノートPCを立ち上げて、接続してリッピングして転送すればいい。
リッピングしたmp3ファイルはSambaを利用して別HDDに転送しておけば、Ubuntuからも読み出せることが出来るし。

2007年10月11日木曜日

『波は押し寄せる 終わることもなく でも"逃げたりしない"と笑える』

2 件のコメント:
以下に記すのは10月3日の晩から6日の朝にかけてP嬢と行ってきた東京旅行。
ハッキリ言います。めちゃくちゃ長いです。僕が18の頃から書いてきた中で間違いなく一番長い。だから、もし全部読んでやる!って言うよくわからない意気込みをお持ちの方は、どうぞ時間あるときに有機栽培コーヒー片手にごゆるりとお読みください。




9月末から風邪を引いていた。だから、家にいるときは薬を飲んでずっと寝るようにして(もちろんご飯はしっかり食べて)過ごしていた。
そのおかげか、3日には体調は完璧。少しまだ鼻声だったけど、体調はまったく万全になっていた。
僕が荷物を持ってP嬢の家を訪れたのは20時少し前。荷物を確認してから家を出る。

地下鉄で天王寺まで出て、天王寺からシャトルバスで大阪駅まで移動だ!なんと言うかもうwktk。バスの揺れが僕の貧乏揺すりが原因なんじゃないかと思えるぐらいにwktk。

大阪に着いて僕はP嬢に卵の鳴き方を教え(えっぐ、えっぐ、と鳴く)、寒い風が吹き荒れる中バスは到着。ニーソにうるさいP嬢は視界に入る絶対領域について逐一コメントをしていたが、そういうP嬢はニーソではなかった。それはたとえるなら、芸人のギャグを批判する人間が何の持ちネタも持っていないかのようだった。正しいのかどうかはサッパリわからない。

夜行バスに乗り込み…寝た。乗り込んだ夜行バスは、『スペシャル快眠バージョン』とも呼べるべきもので、なんと頭蓋を覆ってくれるメットみたいなものがあるのだ。それは椅子に搭載されていて、まるでオープンカーの幌のように頭蓋を覆う。ベビーカーにもよくあるアレだ。それを装着すると視界は遮断され、P嬢の視姦からも逃れることが出来、安眠を確保できた。

朝7時半に東京ディズニーランド前に到着。

なんともはや、僕が来るのは実に10年ぶりだ。中学校の卒業旅行で来た以来だ。P嬢はそれから毎年のように来ているヘビーユーザーなので、ここでの勝手は彼女に全て任せることにした。

なんと、ミッキーマウスな電車まで走っている。オリエンタルランドの金のかけかたは異常。

そして僕らがここを蹂躙するのは翌日のことである。本日は前菜を戴く日なのだ。
しかしステッチ(ご年配はこう言う)に目がないP嬢は、世界で何番目かに大きいディズニーショップ『BonVoyage』に立ち寄り、少し買い物をしていた。僕はとらのあなディズニーバージョンとも言えるほどの店舗の濃さにツブラな目をパチパチさせながら、NightmareBeforeChristmasのグッズを見ていた。

P嬢の買い物が終了する頃には、随分と人も多くなっていた。僕らが歩いていく方向とは逆の方向に、つまりTDLの方に向かってやたらと人が歩いていくのはまるでコミケ当日さながらだった。僕らがその一員になるのは翌日のことになるのである…。

この日は東京をぶらぶらする予定だったので、重い荷物をひとまず宿泊予定のホテルに置いておこうということだった。僕らが宿泊する予定のホテルはTDLの提携ホテルで、TDLから10分に1回、直通のシャトルバスが出ている。それに飛び乗っていくのが最も楽なのだ。

さすがに朝にホテル行きのバスに乗る人はいないらしく、僕らの貸切だった。バス内に設置されていたモニタに映し出される映像を見て予習をし、地平線の向こうに高く聳えていたホテルに到着した。


仮チェックインを済ます前に洗顔等をし、荷物を預けた。フロントの前に、なにやら「カボチャの重さをピタリ当ててみよう!」なるものがあったので、僕とP嬢は備え付けのアンケート葉書に、予想する重さと自分たちの住所を書いて投函した。なんと、ピタリ当たると1泊2日の無料宿泊券が当たるらしい!当たると良いね。ちょっと高級な感じの漂うホテルだし。

ホテルを出て、新浦安駅まで歩く。途中に某大学があり、そこに通学する生徒が多数見受けられた。

「あいつらってもう全員年下なんだよな…」

と言うと、なんだか年齢を意識してしまって年を食ったなあ、という気分になる。


午前9時、朝食はまだ済ませていない。これから向かうところは明確ではあるのだが、腹が減ってはなんとやら。しかも、僕は朝コーヒーを飲まないと脳が活性化しない不憫な体質なので、コーヒーが苦くて飲めないP嬢には申し訳ないがコーヒーショップに寄らせてもらい、そこでテイクアウトでコーヒーを飲ませてもろた。脳スッキリ(゚∀゚)

駅の改札をくぐるときに、関東ではICOCAが使えるのかと訝しんだ。確か僕の記憶では、だいぶ前に対応していた気がするんだが…。イキナリ改札に持っていって、ハイ通れませんでした、では後ろの乗客に悪いので、先にICOCAにチャージできるかどうかを試してみた。すると、すんなりチャージできたので、ICOCAは関東で使えることが判明。スキップしながら改札をくぐった。

京葉線で3駅ほど行き、新木場駅でりんかい線に乗り換え。京葉線はそこそこ混雑していたが、りんかい線は空きすぎていてどこに座れば良いのかわからなかった。とりあえず適当に座して、またもや3駅ほど行く。

東京テレポート駅に到着。午後過ぎまでココにある東京ジョイポリスで遊んで過ごす予定なのだ。

お台場が目立つ位置にあったので、そこを目指して歩きまくる。交差点で立ち止まっていたが、通行人が大阪人も戸惑うほどガッツリ信号無視をするので呆気に取られて僕らも負けじと信号無視して横断歩道を渡る。東京人は信号を守るものだと思っていたが…いやはやそれはどうやら偏見だったらしい。あれだけ堂々と横断歩道を信号の色に関係なく渡ることが出来る能力があれば、大阪に来ても問題ない。


フジテレビに対してローアングラー魂を発揮する僕。

フジテレビ前でサザエさんがいた。写真撮影してもらえるみたい。

フジテレビでは特に何も面白いことは…と言うか、普段からテレビを見ない僕なので、何かあったとしてもその面白さを理解出来なかっただろう。フジテレビの中にあったプリクラを見てP嬢が「…コレいつの機種だ」と言っていたのが一番面白かったぐらいだ。
特に何もなかったのでフジテレビを脱出して、本格的に朝食を取ることにしよう、ということで、近くにあるショッピングモールであるDECKSに向かう。

…が、ココは全店舗11時にならないと開かないのだった。ショッピングモールの割りに遅くないか(´・ω・`)

仕方ないので、1FにあったTURRY'S COFFEEに行った。僕はバタートーストとアメリカンコーヒーを、P嬢はサンドイッチとオレンジジュースを頼んだ。

ダラダラと食べながら、ヲタマップを開いて昼からどこのメイド喫茶でメイド分を補給するかを相談していた。僕が個人的にメイド喫茶に行くことはもはや許されないが、P嬢と一緒ならば良いらしい。88%の確率で変態呼ばわりされるが。まあ貴重となった機会なのでメイド分を補給させていただこう。午後に。

11時になったので、東京ジョイポリスへ移動。全てポイントカードでの決済という、一介のアミューズメント施設にしては大掛かりなシステムだった。500円でカードを購入して、改札と大きな自動扉を通って店内へ。

店内に入った瞬間に、右手にいた店員に「いらっしゃいませ!こちらでは…」と、すぐにジェットコースターの広報をされた。落ち着き払った僕たちは、ひとまず広報を華麗にヌルーし、P嬢の持ってきた景品が当たる抽選券を受付に持っていった。そこでもらったのは、ディズニーの巾着袋とキーホルダー。ウォルト狂のP嬢は大変喜んでいた。

店内は酷く閑散としていた。なんと言うか、どこの場末のゲーセンだよ、ってぐらい。

店員と客の比率が50:1ぐらい。呼び込みが明らかにピンポイント。興味を惹かれる前に拉致られる。怖い。

「空いてるのは良いことだが限度ってもんがあるよな」

というのが僕らの共通意見だった。

どこを回ってもどうしようもないほど人気がなかったのだが、まあとりあえず何か体験してみないことには面白さはわからねえ!ということで、最初は軽く『ワイルドウイング』なるものに搭乗してみることにした。

『ワイルドウイング』は、飛行機の操縦者であるロドリゲスと、その相棒であるナンシーとで行われる空の旅のアトラクションである。USJのスパイダーマンみたいなもんである。

スクリーンから目を逸らさなかったので結構楽しめた。ナンシー可愛いよナンシー。でも搭乗時間はたぶん4分ぐらいだった。まあそんなものだろう。

一つ搭乗することで多少テンションのあがった僕らは、立て続けに何かやってみようと言う気に少しなった。

僕は『忌火引草』か『生き人形の間』に行きたかったが、P嬢のテロリスト顔負けの抵抗により断念することに。
お化け屋敷は駄目だと言うことで、『ハウス・オブ・ザ・デッド・ザ・スペシャル』で妥協してもらうことにした。
まあ僕はゾンビ好きだし、P嬢は「ゾンビなら非現実的だから別にいいよ」と言ってくれた。

なんかスタッフの人のテンションがおかしかった。演出なんだろうけど。クラスに一人はいるよね、ああいう人。

『ハウス・オブ・ザ・デッド・ザ・スペシャル』は…まあガンシューティングだった。ゲーセンにあるのと特に何も違わない。スクリーンが前後にあって、勝手に乗り物が後ろを向くぐらい。うーんww

お次は『24』。あのアメリカドラマの『24』を模したアトラクションだ。
あらすじはこうだ。僕らはCTUの新米で、訓練生として簡単なミッションを課せられた。なんと東京ジョイポリスにテロリストが潜入し、ジョイポリス内のシステムを壊そうとしているらしく、いくつかの情報を元にそのテロリストを暴き出し、そしてシステムの破壊を阻止せよ!というものだった。
このミッションの成功率はかなり低く、3割ぐらいらしい。
僕たちは一枚のIDカードを手渡され、それを、ジョイポリス内に点在する端末にかざすことによってテロリストの情報を得られる、という仕組みだ。得た情報は、カードと共に手渡された手帳に記して、最後の推理に役立てましょう、とのことだった。端末からの情報は一度しか得られないらしい。なんてこった。
というより、ジョイポリスのシステムを破壊しても客が少ないから特に実害が(ry(アッー

まあそんな突込みは心の中だけにしておいて、早速ミッション開始である。
先ず5つの端末の位置を確認して、順番どおりにカードを挿して情報を得ていく。
…なんか得られる情報が断片的過ぎたけど。
んで、全端末の情報を得た僕らは頭を抱えた。
僕らに課せられた目的は3つ。

1:犯人が誰か推理すること

2:犯人がテロに使う道具を仕掛けた場所を特定すること

3:犯人が仕掛けたものを解除するコードを推理すること

なんだが、1と2はなんとか推理することは出来たが、3がいくら考えてもわからない。
ていうか、短い時間で細部まで克明にメモしていたP嬢のA型っぷりには感服。あのメモがないと正直わからんかった。
いくら頭を捻ってもわからないものはわからないので、理由を適当につけて最後の端末にアクセスし、回答を入力することに。

1度目は…最後のコードでミスった。なんかよくわからなかったから。

2度目に挑戦したとき、よく画面を見てみると、めちゃくちゃ単純なことだったwwwwこれはwwwwwP嬢のメモがないとわからない類のものwww逆に言うとメモしてれば誰でもわかるwwwww

…というような按配で、ミッションをクリアできたことをスタッフの人に伝えると、「すごいですね!」とお褒めの言葉をもらった。これで訓練生ではなくて正社員らしい。なんかまた事件があったら呼ばれるらしい。これで名実共に僕らもCTUの一員ってわけだな。スパイの温床として名高いCTUの。

クリアの記念に、ステッカーをもろた。

CTUの一員になった記念に、UFOキャッチャーで遊ぶことにした。P嬢のUFOキャッチャーのプロっぷりは異常。僕が1個取るまでに10個ぐらい取ってしまう。スティッチが取れてよかたな。

そろそろ遊ぶものもなくなってきたので(アッー)、最後にミニジェットコースターに乗ることにした。これはまあただのジェットコースターなんだけど、コーヒーカップみたいにグルグル回りながら移動するのだ。ちょっと遠心力が強まってて面白かった。
そんなこんなでジョイポリスを辞去。色々な芸能人が訪れたことを示す額や写真が、出口に飾られてあった。なんとハーレイ・ジョエル・オスメント君も来たらしい。

時刻は1時ぐらい。これから向かうは秋葉原だ。本場のメイド喫茶を堪能するのだ。僕は秋葉原には何度も行っているが、メイド喫茶には行ったことがなかった。あ、一度だけあったわ。
僕らのいたジョイポリスから秋葉原までは、色々な交通手段が考えられたが、電車で行くのも味がない、と思い、ここらへんは水上バスがあったことを思い出したのでそれを使っていくことにした。

お台場から。海上交通が発達している。


船上から。風は涼しいが陽射しが強い。P嬢にスク水の日焼け後が出来そうだった。


遠くの空に飛行船が飛んでいた。P嬢曰く、「飛行船が飛ぶときは景気の良いとき」だそうで。景気いいんですかね。

水上バスで浜松町まで行くことが出来た。久々に遊覧船に乗った。甲板ではちょっと日差しが強かったが、潮風はなかなか心地良かった。

浜松町から山手線で5駅ほど行くと秋葉原に到着。
久々に降り立った秋葉原はテンションをガッツリ上げてくれた。と言っても、僕もP嬢もほんの数ヶ月ぶりなんだけどね。僕は就活のついでにちょっとだけ来たし、P嬢は個人的にちょっと来た。まあ前回はガッツリ回ったわけではないので、今回はしっかり回ろうと思った。


とりあえずゲーマーズ本店を写真に収める。これがあるとアキバ!って感じがするよな!

駅前に、コトブキヤが出来ていたので早速入り、フィギュアを物色することにした。このコトブキヤはかなり広い。僕の家の50倍ぐらいある。
入り口に、もえたんのお菓子が売っていたので後で買うことを決意した。
3Fに、数々の抱き枕が売られていた。P嬢は目を笑わせずに勧めてきた。ヌルオタの僕は抱き枕には決して手を出そうと思わないので安心したまえ。

が、お気に入りの作家の同人誌はしっかり買う僕は、K-BOOKSに立ち寄って、まったくモー助さんの同人誌で、持っていないものを総舐めした。一冊210円って、安いよな。もう商業作家なのになんでこんなに安いのか…。好きな作家さんの本を見ると、色々とやる気が出てくるから買わずにいられない。

適度な現実逃避は心に良いと言うが、僕にとってモー助さんのファンタジーな作品はまさにその通りで、読むたびに二次元分が潤うってわけだ。まあニュアンス的には好きな映画を見るってのと変わらない。

オトナ向けの場所であるK-BOOKSで用事を済ませた頃には、そろそろお腹も減ってきている頃だった。なにしろもう14時半だ。
というわけで、昼食も兼ねてメイド喫茶に行くことにした。


秋葉原でも結構有名なフォトスポット。『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルテ』では、ここでモナーが発生してしまっていた・・・。

『@ほぉ~むCafe』は、国内最大手と言っても過言ではないほどのメイド喫茶で、この店に所属するメイドが次々にCDを出したりしてデビューしているぐらいだ。メイドルはこの店の専売特許だ。
店舗も数多く、本店・本店下・茶房・ドンキ店、と、秋葉原のメイド喫茶にしては異常な密度を誇る。僕らが今回お邪魔したのは本店のほうだ。
怪しげなエレベータに乗り、着いたところには待ち行列。僕らの前には6人1組の人たちがいた。行儀良く並んで待つことにした。
しばらくするとメイドさんが案内をしてくれたので、禁煙席であるカウンターに座った。
入ったとき、店内にいたメイドさん8人が一斉に「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」と声を揃えて言ってくれたのだが、それがP嬢の琴線に触れたらしく、感激していた。ああいうのがいいらしい。
店内は客がいっぱいで(まあ待っていたんだから当然か)、60分制限が設けられているほどだった。
その60分という短い時間の間に、萌えてご飯を食べてコーヒーを飲んでコミュニケーションをとらなければならないわけである。とても忙しい。
店員さんを呼ぼうと思っていると、なにやらカウンターの前にあるステージでお披露目が始まった。どうやらCDの宣伝らしい。
本当に素人か?と思うような言動だった。女って誰でもこんな風にアイドルっぽくなれるんですかね…gkbr。
聞き流しながら、後方に控えていた店員さんを呼び、注文をする。僕はスパゲティとブレンドコーヒーを、P嬢はイチゴジャムの入ったカレーライスとオレンジジュースを。

僕の頼んだスパゲティが来た。なにやらパスタの上にかかっているミート・ソースをかき混ぜてくれるらしいのだが

「じゃあ、一緒に混ぜましょうね♪”まぜまぜ”と言ってくださいね?」

なんて言われてしまった…。仕方ないので、「ま・・・ぜまぜ・・・・まぜ・・・まぜ・・・・」と言っておいた。なんとか混ざってくれた。スパゲティには後日改めて謝礼を送りたい。

だが、本当の地獄はこれからだ。

なんでもこの店、全ての食べ物に対して客の前で「美味しくなるおまじない」をかけるらしく、魔法少女も赤面モノの呪文を口にする。
P嬢の頼んだカレーライスが来たときは、ネコっぽいメイドさんが一人で大暴れしながら呪文を唱えていたんだが、僕のスパゲティに対しては

「じゃあ、これから”美味しくなるおまじない”をかけますので、一緒に言ってくださいね♪」

「エッ・・・ボボ、僕がですか…」

「はい、それでは、○×☆&@♪と一緒に言ってくださいね♪」

これなんて羞恥プレイ?他の客は誰もそんなこと言ってませんよ?アドリブでこれとは、可愛い顔してドSすぎるだろこの人…。
P嬢に助けを求めるが、コレもまたSッケが時々多くなるので当然助けてくれない。むしろこの状況を楽しんでる!?
仕方ないので、恥ずかしいのを我慢して呪文を唱えると…

「もー!ちゃんと言ってくださいよ!」

と怒られた。

「すす、すみません……本番に弱くて…」

とりあえず言い訳をしておいた。

「次が本番だと思ってくださいね!」

この人中学時代は絶対に委員長やってた。

早くこの拷問の時間が過ぎますように…と祈りながら呪文を唱えた…。P嬢も唱えてくれた。でも全然ノリ気じゃなかった。「ザムディン!」とか言ってた。それなんて86歳?
唱え終えてふと思う。これは「美味しくなる呪文」ではないのだろうか?
「可愛いメイドさんが唱えてくれるからこそ美味しくなる」のであって、呪文そのものに効力はないと思うのだが…。
つまり、僕みたいなキモオタがそこに介入することによって、良くてプラマイ0、単純に考えてマイナスなのだ…。

しかし腹が減っていたのでマズくてもいい…というかあんな羞恥プレイをさせられるとは思わなかった。
そしてP嬢はカレーの中に入っているイチゴジャムに苦戦していた。僕も食べさせられたが、なんと言うかミスマッチすぎた。とりあえず甘いものを入れればいいってもんじゃないぞ。
そうこうしているうちに、規定時間である1時間が過ぎようとしていたので、そろそろ辞去しようかと言うことで、近くにいるメイドさんを呼び、勘定を済ませた。
実のところ、水色メイドさんに勘定をしてもらいたかったのだが、一人の常連さんの対応をずっとしていたので、僕等が水色メイドと絡むことは出来なかった。テラしょんぼり。

@ほぉ〜むCafeを出てお腹もいっぱい夢もいっぱい。だが僕等の東京メイド蹂躙ツアーはまだまだ終わらない。適当に歩いてオタ臭いショップをうろつきながら、次の対象を探す。僕等の目は獰猛な野獣のそれであり、まったくアキバに相応しい目つきだったことだろうと思う。

『CureMaidCafe』と言う老舗の店がある。僕が高校生のころ初めてメイド喫茶なるものを知ったときに唯一存在していたのがこの店なのだ。昔から行こう行こうと思っていたので、この機を逃していつぞ行く!機は熟した!
と言うことで、少し遠い場所にある『CureMaidCafe』に足を運んだのだが、残念ながら定休日だった。なんてこった!!!希望を失った僕等は、次にどこに行こうか決めあぐねていた。
手持ちのヲタマップを広げ、もう一度よく話し合う。
P嬢のメイド事情通っぷりはまるで大阪人と思えないほどなので、その言に従い、『シャッツキステ』に向かい、突撃した。

『シャッツキステ』と言う店も、またそれなりに古い。そして、実に根強い人気を誇る。
P嬢の友人が、シャッツキステをイチオシしていたと言うことだったのだが、その理由が「落ち着く場所」だった。
どのように落ち着く場所なのか・・・僕等はすぐに理解することになる。

ビルの5Fまで、狭い階段を登り、開店しているのかどうか疑わしくなるようなドアを押して入ると、メイドさんがいた。お帰りなさいませ、と言うメイドさんは比較的長身で、ボブカット。裾の長い、いわゆる『正統派メイド』のなりをしており、声も穏やか。僕は一瞬で理解した。ここは『エマ』のような世界を忠実に再現しているのだと。
装飾も、衒ったものは何もなく、ただ中世のそれを意識していた。そこかしこに本が置かれていて、僕等以外の客はどうやらそれを読んでいるようだった。
2人である旨を告げると、メイドさんは僕等を小さな部屋に案内してくれた。そこは唯一の個室であり、どうやら先着らしかった。
入口にメイドさんが座り、僕等がこの店が初めてだと知ると、この店の説明を始めてくれた。

この店にはメニューといったものが存在しない。
あるのは紅茶とお茶菓子のサービスだけであり、他は客に一切を任せることになっていた。紅茶もお茶菓子も、どれだけ要求しても構わない。
料金は30分で500円。
その独特なサービスを説明された僕等は、ひとまずメイドさんが入れてくれた紅茶を口に運んだ。
周囲(と言っても小部屋だが)を見渡してみると、中世に関係する本がいろいろあった。図書館に蔵書されていそうな本ばかりだった。
店内は秋葉原とは思えないほど静かで、ここも『メイド喫茶』とは思えなかった。それほどメイド喫茶と言うイメージとはかけ離れていた。メイド喫茶と言うよりも、ここは『隠れ家』だ。
しばらくは本を読んでいたりなんかしたけど、ふと天棚にボードゲームがあることを見つけたので、P嬢にそれを勧めた。
そのボードゲームには『Toskana』と書いてあった。初めて聞く名前だった。
メイドさんがこちらに来て、このゲームの説明をしてくれた。このゲームは、イタリアのトスカーナ地方を模した盤の上で繰り広げられる、いわゆる陣取りゲームだ。
僕もP嬢もこういう対戦型ボードゲームは大好きなので、一通りのルールを聞いてからすぐにやり始めた。

・・・結果、戦歴は2戦1勝1敗。だが、取った陣の総数で僕は1ポイント負けていたので、総合的に僕の負けになった。たった1ポイント!!!!!!

そうしているとちょうど60分になりそうだったので、時間が過ぎないうちに退去することにした。二人で2000円分を支払い、シャッツキステを後にした。
なんと言うか、本当に独特な場所だった。僕がもし頻繁に秋葉原に通う豪傑であったら、ここの常連になっていたかも知れない。それぐらい雰囲気は良かった。僕等が店を出たのは17時のことだったけど、その頃には随分と客も増えていて、相席の嵐だったぐらい人気だった。

裏通りを進んで、さてこれからどうしようと悩む。あと1件行くつもりだったが、もう弾切れだった。
しかたないのでヲタマップを開け、めぼしいところに行くことにした。

途中、ASBIT CITYで、もえたんのお菓子を二人分購入した。P嬢はなんでも一般人の友達に渡すらしかった。楽しみだ(・∀・)

もえたんパッケージ

もえたんパッケージ2

ちなみに僕はすみちゃん派。

『Cafe with Cat』に到着。ここはとらのあな本店の真上にある喫茶で、厳密にいうとメイド喫茶ではない。
猫メイド喫茶だ。
店内はセンスの良さが伺われる内装。ロゴも可愛く、それでいてシンプル。どこを見ても猫1色で、統一感があった。
だが、スタッフの人が少しゲフンゲフン・・・

僕はこの日何杯目になるかわからないコーヒーを頼み、P嬢はピーチティーとパフェを頼んだ。
そこで僕は、P嬢に@ほぉ〜むCafeで学んだ、『美味しくなるおまじない』をかけてくれと頼んだ。すると、P嬢はいかにもやる気とは無縁の表情で
ドーンm9(゚-゚)
と言った。僕は泣いた。
P嬢に取ってこいといわれたので、ドアの近くにあった本棚から『ドウジンワーク』を取ってきた。僕はまだ読んでいなかった『メイド諸君!』を取ってきた。
1冊読み進めたところで、お腹の調子が悪いP嬢の代わりに僕がパフェを食べきった。『ドウジンワーク』を読み終えたところで、僕がパフェを残らず食べたことに気付き、「あーーーーー!!!」と雄叫びをあげていた。なんかこんなシチュエーション、『りぜるまいん』でなかった?

そこでまたもや1時間ぐらい過ごし、すっかり暗くなってきたのでそろそろ戻ろうと言うことで、『Cafe with Cat』を辞去した。

新浦安駅に着き、近くのダイエーで記念のプリクラ(でも内容はいつも通りカオス)を撮り、食料品売り場でどん兵衛を買ってホテルに戻った。
そしてどん兵衛を食べてから休んだwあれだけメイド喫茶をハシゴして、その度に食べたり飲んだりしてたら、夕食も必要がないってもんだ。それに、夕食は少ないほうがメタボ対策にはいいんだぜ?


朝はホテルの朝食バイキングで食べた。なんか朝食バイキングとか久しぶりだったのでガツガツ食べた。最近僕とP嬢の間ではコーンスープが流行っているのでそれは忘れずに。
仕度をして、内線でフロントにチェックアウトの旨を告げた。

TDL行きのシャトルバスに乗り込む。平日だと言うのにバスはほぼ満員だった。子供が多い、とは言っても、小学生とかではなくて、もっと小さい幼児だ。
バスの運転手さんのリップサービスがとても面白かった。
大声で泣き出す赤ん坊に対してアナウンスで「バスが遅くてお怒りのお客様、申し訳ございませんがもうしばらくお待ちください」と言うのはウィットに富んでいて皆が笑っていた。

以下、行動を記すが、ここまで仔細なことが書けるのは、全てA型のP嬢のメモのおかげである。
8時半に並び始めたが、この時点で行列がものすごいことになっていた。なんていうか、平日って言うレベルじゃないよね?ってぐらい。

おまいら仕事は?

9時に開園したにも関わらず、僕等がゲートを通れたのは9時18分のことだった。つまりここでは毎日がコミケだってことだ。そして、ここではP嬢が歴戦の勇者だと言うことだ。
ゲートを潜って走り出す。目的はスペースマウンテンの視察と、FastPassの入手だ。FastPassと言うのは、通常の列に並ばずにショートカットしてアトラクションを楽しめると言うパスなのだが、どういうシステムになっているのかは詳しくはわからない。
9時20分に、FPを取得。すぐさまスペースマウンテンに並び始める。ここでは30分待ちだった。昼頃になると200分待ちとか当たり前だそうなので、これはまだまだ少ない方らしい。しかも、なにやらアトラクション自体が改装していたようだった。どこがどう変わったのかは、中学の修学旅行以来の僕にはわからなかった。
スタートレックのような気前のいいゲートを通過して搭乗。暗闇を高速で進むのは方向感覚が失われるようで非常に楽しかった。僕の気分はユリアン・ミンツ少年だった。

次に、パレードを観賞するために、ウェスタンカントリーまで移動した。ここで場所を確保して、一等地でパレードを観るのだ。

途中、ミニーの耳と尻尾を装着していたP嬢に対抗して、僕はリロ&スティッチのエンジェルの耳を購入して、つけた。それ以来、僕は異様に周囲の視線を意識するようになった。

TDLのパレードは実に見ごたえがある。老若男女問わず楽しめるようになっている!無論僕も楽しんだ。今回は特に、通常のパレードではなくて、ハロウィンパレードなので、随分違う様相だった、と興奮気味にP嬢は証言していた。


パレード開始。ホネホネロックが滑らかに迫ってくる。

踊り狂うメイドたち。

こんな感じのが次々に来る。

タカビーなデイジーたん

デイジーたん、ポセイドンを叱るの図

11時5分にパレードが終了し、そのまま近くのFPを取得する時間まで、射的をして楽しんだ。
手持ちは10発。当たった数は、持ち弾がなくなった直後にプリントされる。
僕は9/10。P嬢は1/10だった。うはははは。


近くにあったスケアクロウ。

11時25分に、ビッグサンダーマウンテンのFPを取得し、43分に、先ほど取ったFPを使用して、バズ・ライトイヤーのアストロブラスターっていうアトラクションに乗った。これはトイ・ストーリーのアトラクションで、射撃ゲームだ。既に9回ほど乗ったことあるP嬢は、どのタイミングで高得点の的が出てくるのかを全て記憶していたが、結果の点数は僕よりも低かった。どんだけwwwwwwww

そろそろ昼ご飯を食べに行くかーってところで、目の前にあったゴーカートに乗った。このゴーカート、お子さんでも楽しめると言う設定にしているためかどうかわからないけど、ハンドルはあってないようなものだった。進路にレールがあるのはもちろんのことだったが、ハンドルを曲げても車が曲がらない。これなんて故障者?せっかく教習所で鍛えたドライビングテクニックを試そうと思っていたのに、これじゃ試せない。
あっと言う間にゴーカートは終わって、12時40分にキング・オブ・ハーツへ昼食に行った。
20分ほど並び、広い店内の一角に案内される。僕が頼んだのはチキン。P嬢はハンバーグだった。実はこの時、暴力的な眠気が僕を襲っていた。食べながら寝てしまうんじゃないかと戦々恐々だった。
食べてから外へ出ると眠気も飛んでいった。
13時40分に、ホーンテッドマンションのFPを取得しに行き、その足でビッグ・サンダー・マウンテンに乗った。僕等の前には3人のDQNが乗っていてイチイチうるさかった。が、まあジェットコースターの面白さには関係がなかったが。

その後、中央広場のところにあったオブジェクト@ハロウィン仕様をパシャりに行った。ディズニーに来たぜ!ってなるよな。


同じ場所にあったものを夜に撮ったもの。ライトアップが綺麗。

夜20時から、ハロウィンコンサートが中央広場であるのだが、それは指定席と一般席で観覧席がわかれている。一般席はだいぶ後ろのほうなので観るのに苦労する。指定席は見やすいが、取得は抽選になる。
14時40分にその抽選に行った。機械にチケットを挿入すると、その場で当選かどうかがわかるシステムになっているのだが、僕等の前に並んでいた女性が当たるのを目の前で見てしまったので、「絶対当たらんわー」と言っていた。だから半ば絶望的な気分でチケットを機械にかけてみた。すると、当選した。ヒャッホウ!
席は中央よりは少し後ろあたり。でも、一般席よりは格段に見やすくなるはず。何より、椅子がある!

スキップしながら抽選会場を出て、そのあとワールドバザールに戻り、その一角にあった、お絵描きの出来る『ディズニーギャラリー』なるものに行った。
ここではお絵描きが出来る。誰でも、ミッキーマウスの絵が書けるようになるらしい。
ミッキーマウスの絵を書いても、それをアップロードしたらすぐに捕まるんだからあんまり意味がなうわなんだお前何をするやm

そこは、ディズニー作品の展示室のような場所で、奥にあった大きな部屋でお絵描きの極意を学ばせてもらう、と言うものだった。体験希望者は多く、席は満員だった。
選んだお題は、海賊風ミッキーマウス。ジャック・スパロウがミッキーマウスになったようなものだ。
A3用紙と鉛筆を渡され、司会者のお姉さんの言葉に従って絵を書いていくと、アラ不思議、カリブの海賊風のミッキーの出来上がりじゃないですか。
センスの良いファイルをもらったので、そこに自分の書いた紙と鉛筆を入れて、館を出た。

17時半に、ミクロアドベンチャーを楽しんだ。
ミクロアドベンチャーとは、ミクロキッズと言う映画がベースになっているアトラクションで、自分が小さくなったことを擬似的に体験することが出来るものだ。USJで言うところのターミネーターのように、3Dメガネをかけて楽しむ。
ミクロキッズは、僕が小学生のときに一度見たことがあって、あの庭を走り回るミクロサイズになった子供たちの映像を今でも覚えている。
このアトラクションの目玉は、なんと言ってもネズミが駆け上がってくる場面だろう。あのゾワゾワした感じは辛抱たまらん。全観客が失禁する。

18時に、晩ご飯。晩ご飯をいつ食べるか、と言うことで話し合ってるときは、タイミング的にはこの時間と後の時間のニ択だったんだが、後になってこの時間しかないな、と言うことが明らかになった。
晩ご飯を食べたのは、中央横にある大きなレストラン。僕の家の近くにあるファミレスの20倍ぐらいはある。そこで僕はドリアを注文し、P嬢はミッキーマウスの形の皿に盛られたそぼろ丼を注文した。

夜の『エレクトリカル・パレード』までまだ時間があったので、『ジャングル・クルーズ』に乗ることにした。

これは、アマゾン川を船で周遊すると言う趣旨のアトラクションで、子供たちは左右に見える動物などを観ることで楽しみ、大人たちは船頭の面白くないのが面白いジョークを聞いて楽しむ。
無論、僕たちの乗ったのは真っ暗な夜だったので、動物たちも鮮明には見えず、比較的シルエットであった。(そりゃあ、ライトアップされてるやつも多いけど)

19時半になったので、エレクトリカルパレードを観覧する。今回は時間前から席を確保していなかったので、後ろからの立ち見となる。しかし、このパレードで往来するオブジェクトたちはかなり大きいので、観るのに苦労は必要なかった。そして、過剰なほどの電飾で綺麗だった。

あああああアリスしゃまぁああああ(なーくんの声で)

モンスターズ・インク。緑のやつの目がすごかった。


ピカピカに輝いたニモは表情がやけにニヤニヤしていて

トイ・ストーリーの主人公(所ジョージさんが声のやつ。名前は忘れた)は電飾がなかったので少し暗かった。

ノリの良い音楽と共に暗くなった道を灯しながら通り抜けたパレードが過ぎると、次に始まるホーンテッドロッキンストリートを観るために、抽選であたった席へと移動した。
20時50分にライブが開始。

これがまた最高だった。なんと言っても曲のノリがいいし、各キャラクターたちもうまい具合にノせてくれる。もしも最前列、もしくはライブ参加列に加わっていたならば、汗をかくぐらいノリノリになっていたことだろうと思う。ハピハピハピハピハーロウィーン♪

21時半にライブは終了。閉園まで後30分である。
楽しむ予定の残るアトラクションは『ホーンテッドマンション』のみ。これはハロウィン仕様なので絶対に行っておかなくてはならない。夜だし。
しかし、TDLの勝手がわからない僕は、残り30分だったら無理じゃね?とか本気で思っていた。しかしP嬢は大丈夫と言うのでその言葉を信用し、FPを使って入った。
今回はハロウィン仕様と言うことで、ホーンテッドマンションをNightmareBeforeChristmasが乗っ取ってしまっていた。NightmareBeforeChristmasを見たことがない僕だけど、十分に楽しむことができた。
アトラクション自体は、自動でレーンに沿って動く球状の乗物に乗って場内を観覧するものなんだけど、見える風景が素敵すぎる。NightmareBeforeChristmasの世界観であるらしく、退廃した世界の雰囲気や、それでいておどけたオブジェクト。透明のゴースト。雪の結晶が降り注いでいるのもまたとても良かった。

アトラクションは15分程度で終えることができたので、P嬢の言った通り、確かに閉園には間に合った。僕等は少し早足で正門へ向かい、荷物を預けていたコインロッカーから荷物を出し、バス乗り場へ向かった。

バスに乗り込んでからは、寝つくのにまったく時間を要さなかった。横浜で一度乗客を乗せるために止まったはずだが、それには気づかず、目が覚めたら浜松のSAだった。行きとは違い、ほとんど目が覚めずに大阪まで行くことができた。少し体が痛かった。

8時半に天王寺でバスは止まり、僕たちは地下に降りて地下鉄に乗る。電車の中は閑散としていた。
最寄駅からP嬢の家まで歩いているときにP嬢は「家に着くまでが旅行」と言った。だから、僕が書くのはここまでだ。
非常に濃密で有意義な2日間で、楽しかった。
(結局その一言で締めれるのかよ!と自分でも突っ込みたくなるが、正直それ以外に適した言葉が存在しない。行動ならば筆舌に尽くせるが、感慨や満足感と言ったものは筆舌には尽くせない。)

2007年10月10日水曜日

う。。。

0 件のコメント:

あまりに更新しなさすぎるのも如何なものかと思うので、少しだけ。
秋休みを利用して東京に遊びに行って来たことを、時間があったときにコツコツ書いてはいるんだけど、なかなかボリュームがあるのですぐには書き終われない。現在、大体文庫本で言うところの4Pぐらいの量がある。そしてまだそれでも全体の半分程度…。
というわけで、ブログの記事を書いてはいるんだけど、すぐにうp出来る代物ではない、と言うことだね。

こないだ僕とDとEの3人でまたボーリングに行って来たんだけど、負けた。11Gやってアベレージが140。DとEは150超えてたのに…。まだまだだなあ、僕も。
そのボーリングも、朝8時半にたまたまメッセにいたEと喋っていて突然決まったことなんだけどね。
E「やあおはよう…良い朝だな…」
僕「やあ…まったくすがすがしい朝だ。どこかに飛び出したくなる日和だな」
E「つまり午後からカラオケかね…」
僕「いや…カラオケは気分ではないな」
E「つまりROUND1か」
僕「やぶさかではない」
僕「どうせDと会う用事があったから僕はDと楓に連絡を入れておく。そっちはTとKに要請しておけ」
E「理解した」

と言う流れで、朝10時に皆に連絡が行き届き、全てが決まった。
鳥取にいるのがわかってるのにあえて楓にも連絡を入れるところが僕ららしい。
しかも、「ボウリングするんだが来るか?」とかの質問形式ではなくて「12時からボウリング開始だ」と言う断定口調。これが僕らクオリティw
Kは稲刈りで来れず、Tは福井に行ってたので来れなかった。
だから、序盤の好調な成績を写メでTに送ったとき、
「相変わらずの結果で何より。まあ、オレがいたらオレが一番なんだけどな」
というメールが来たので、僕ら3人は
「どの口がそんなことをほざいているのか…」
という返信をすると、Tの口がアップで映し出された画像が送られてきたので、
「綺麗な青空だな」
とだけ返信しておいた。

まあなんだ。秋休みはなんか全然家にいなかったような気がする。充実した連休だった。
ってのが近況。
東京旅行の記事に関してはたぶん今週中にうpできます。いや、します。

2007年9月29日土曜日

ブルースカイはラノベといわれてもおかしくない

2 件のコメント:

ブルースカイ (ハヤカワ文庫 JA)
桜庭 一樹
早川書房 (2005/10/07)
売り上げランキング: 54619
おすすめ度の平均: 3.0
2 うーん
3 「少女」という概念
1 だからなんなんだ











僕が桜庭さんを知ったのはこの本が最初になる。ちょうど本屋に足を運んだときに、この本が置かれているのを見て、あまりのシンプルな表紙に惹かれて、それ以来気になっていた。
こないだ、ハードカバーのノンフィクションの本を読み終わって、今度は小説でも読もうと思って手に取ったのがこれ。2年ぶりぐらいの邂逅。
んで、一気に読破したわけだが、こういう村上春樹的な物語は僕は嫌いではない。むしろ好きな部類に入る。
中世・近未来・現世を繋ぐ物語だが、まあ展開としては別段特筆するべきものはないけど、近未来の世界観設定が好み。
男は退化し、女が強化された世界。そこには「少女」と言う概念が存在せず、あるのは「青年」と言う概念のみ。

中世では、子供は子供でいることが許されず、すぐさま大人になることが要求された。家事手伝いその他労働力としてだ。そこには「少女」や「少年」と言った、大人への過程は存在せず、ある日突然大人にならされてしまう。
現世では大人への過程の時間が長くなり、「少女」や「少年」と言った概念が生まれる。大人でも子供でもない中途半端な期間。
近未来では、少女は子供にして既に大人であり、少年は大人にしていまだ子供。少年たちは過去における少女と自分たちを投影し、目の前にいる同年代の大人の女性たちを見て苦悶する。

まあ、結構面白かった。文章も読みやすいからサラッと読める。







電波的な彼女 (集英社スーパーダッシュ文庫)
片山 憲太郎
集英社 (2004/09)
売り上げランキング: 33994
おすすめ度の平均: 4.5
5 一見の価値有り!!
4 イライラするけど面白い。
5 本当の電波的

韓国映画の「猟奇的な彼女」とタイトルが酷似しているため、これが出た当初「またオマージュ小説か」と思っていたんだが、茶汰くんがやけに薦めてくるのでついに購入。一気に読破。これは面白い。
先ず、文章が洗練されてることが一番の魅力。こんな読みやすい文章は他にない。だから頭の中のイメージもすぐに出来上がったし、設定もすごくわかりやすかった。
不良男子であるジュウと、電波少女である雨の奇天烈な物語。
舞台は普通の高校だが、それを取り巻く社会が異常。あらゆる犯罪が跋扈する社会。まるで「時計仕掛けのオレンジ」のようだ。
その犯罪の一つがジュウの身近に起こり、犯人探しをしようとするのだが…というストーリー。こういうのをジュブナイル小説って言うんだっけ?まあこういうタイプのものを読みなれてる人であれば、展開は平凡だと思うだろうけど、卓越した文章力とポリシーの貫かれたキャラ設定、哲学的なセリフ回しなどを楽しむには一品だと僕は判断する。

2007年9月25日火曜日

大阪→奈良→三重→愛知→静岡→神奈川→東京→埼玉→群馬→長野→新潟→富山→石川→福井→滋賀→京都→大阪

0 件のコメント:

その日僕は午前中は自動車教習に行っていて、Dは仕事だった。僕のほうはともかく、仕事帰りにそのまま旅に出るというのはなかなかタフな行為であり、やっぱり旅行関係の仕事についているのは適職なんだろうな、と思わずにいられない。

僕とDが合流したのは午後16時半。Dの住むマンションまで自転車を漕ぎ、そのまま自転車をマンション内に止めさせてもらった。
天王寺に出て、関西本線に乗り換える。関西本線には快速のようなものは基本的に走っていない。確か柘植から名古屋までは走っているが、それまではずっと鈍行だ。まあ、ローカル線というのはこんなものだ。


午後の紅茶を傍らに置き、つまらない話をしながら名古屋へ向かう。


伊賀上野に到着。この頃にはもう真っ暗だ。でも別に降りたりしなかった。5年前に楓と降りたときのように、突然「赤福を食べたい」って気持ちにならなかったからだ。しかも、あの時は結局赤福なんて食べなかった。遠くにかすかに見える城まで歩いただけだった。


21時に名古屋に到着。ここで夜行特急が来るまでの間、時間を潰さねばならない。


何はともあれ、空腹だったのでひとまずきしめんを食べる。やはり名古屋と言えばきしめんだ。美味すぎて体脂肪率が5%上昇した。僕のメタボもそろそろ堂に入りそうだ。

僕とDはすぐに気付いた。名古屋の街では、夜の時間潰しは出来ない。それこそ、歓楽街にでも行かない限りは。
基本的に名古屋駅周辺はビルに内在する店舗で賑わっていて、そのビル内の店舗は大抵21時くらいで閉店してしまう。
駅周辺で開いているのは、居酒屋ぐらいのものだった。途方に暮れるまでそんなに時間は要さなかった。
地下街を歩けど歩けど店のシャッターはどこも降りていた。
22時に、唯一開いているコーヒー・ショップを見つけたので、そこで時間を潰すことにした。とは言え、ほんの30分程度だったけど。
コーヒー・ショップを出てからもまだ時間があったので、コンビニに入って立ち読みをして時間を潰した。ゴルゴ13が面白すぎて電車を逃しそうだった。

0時に無事に夜行電車に乗り込み、睡眠。どう考えても最長5時間しか眠れないので早いところ寝ておく。寝付くのに時間は必要なかった。

5時に東京に到着。天候は曇りだった。僕とDにしては珍しい天候。そこから京浜東北線に乗り換え、上野へ。電車の中は普通に人が多かった。さすがは首都だけある。スーツを着た若者が多かった。恐らく飲み会帰りだろう。
上野で高崎線に乗り換えて高崎まで。高崎に着いたのは7時半だった。このとき既に大雨だったのが、少し予定を狂わせた。
朝食を食べないと色々と始まらないので、駅構内で開いていた喫茶店に入り、モーニング・セットを注文して食べた。僕もDも朝はコーヒーを一杯飲まないと気分が晴れないのだ。

事前に申し込んでいたレンタカーを取りに行き、出発。もちろん運転はDだ。僕はまだ教習所通いのため、いくら運転をしたくでもまだ我慢すべきだった。

高崎から1時間半ほど走ると、目的地が見えてきた。

誤解しないでほしい。
僕たちは日本岩魚協会に属してはいないので、日本イワナセンターなんかに用はない。単に目的地の近くにあったからついカッとなって撮影してしまっただけだ。本当にイワナなんかに興味はない。本当だ。

吹割の滝に到着した。しかし、雨はまだ止まず、小便を漏らしてもわからないんじゃないかってぐらいの酷い豪雨だった。もちろん漏らしてなんかいない。
そんな豪雨のために、滝の近くまではいけないんじゃないかと言う危惧が僕らの脳髄を駆け巡ったが、杞憂に終わった。
だが、本当の危機はそれ以前にあった。
先ず、吹割の滝は、山ではなく谷にある。だから階段を下りなければならないわけだが、その階段が水浸しなのだ。
いや、水浸しってもんじゃない。あれは「水面下に階段がある」と言う表現が最も正しい。つまり、水に浸からずして階段を下りることは物理的に不可能なのだ。


お分かりいただけるだろうか?階段そのものが水没している。滑って転ぶどころの騒ぎじゃない。つまり、それほどの集中豪雨だったわけだ。

そして、インディ・ジョーンズやスタンド・バイ・ミーが大好きな僕らは24歳にして冒険心を抑えることが出来ずに、この豪雨の中、チャイルドのように「ハイキング・コース」へと踏み出す。もちろん経過は壮絶だ。いたるところが水没していたし、土砂崩れが起きるんじゃないかって戦々恐々としていた。当然、僕ら以外に人の影は見当たらない。


つり橋の上から。霧が立ち込めていてなかなか幻想的である。


獣道を進むと、滝を一望できる場所があったので、そこから撮影。晴れているともっと鮮明に撮れただろう。
この、川を横切っているのが吹割の滝だ。天然記念物に認定されており、『東洋のナイアガラ』として名高い。


滝の近くまで来てみた。迫力がすごい。引かれている白線が、近づける限界を示す。それより向こうは川の水があり、足を滑らすと確実に天に召される。
流れはかなりキツく、そのためか岩がとても滑らかに削られている。ツルツルだ。ツルピカハゲ丸君だ。ツルピカハゲ丸君がわかる君は確実に22歳以上だ。


さすがの鱒も、この滝は登れないらしい。そりゃあ、ほぼ直角に切り立っているのだから当然だが。


和んだ。


散策をし始めて1時間半ほど経過し、そろそろ温泉に入りに行こうと言うことで車に戻る前に、近くにイワナを食べれるところがあったので食べてみた。


なんと風情のあることだろう!囲炉裏で焼いてくれるのだ!僕の気分は既に中世ヨーロッパで虐げられている農奴である。もうもみくちゃにして♥
僕はイワナの塩焼きを丸ごと食べて、Dは珍しいイワナの刺身をその場で調理してもらって食べていた。僕も食べさせてもらったが、非常に美味だった。イワナの刺身なんてなかなか食べれるもんじゃない。



るるぶに載っていたウワサの温泉に来た。駐車場はほぼ一杯だった。昼間っから温泉に浸かりに来るとはまったく暇人が多いもんだな!僕らは旅人だから暇人ではない。暇人だから旅人になると言うウワサもあるが。
アルカリ性泉質の良い温泉だった。広いし、露天風呂からの眺めも良い。

温泉を出て、近くの道の駅に売られていた饅頭とお茶を買って食べた。
そしてまた車を発進させる。次の目的地は草津温泉だ。

草津に到着。車から出ると、普通に寒かった。町にあった温度計を見ると、15度だった。日中で15度!さすがは雪国である。もはや秋なんて超越していると言うことか…。


草津温泉の湯畑は、ウワサの通りすごい。なんと言うか、町全体が温泉の匂いに包まれているのだ。
確かにこれは日本一の温泉街だ。城崎や湯布院とは規模が違う。


この『西の河原』と言う温泉は、『さいのかわら』と読む。
有名な、親不孝をした子供が送られる、三途の川のほとりの地獄のことを『賽の河原』と言うが、漢字が違うだけで本質は同じだ。
ところどころに鬼の像が建てられ、ところどころに石が積まれていたことがそれを証明する。
さすがに温泉の中を撮影するわけにはいかなかったが、ここの温泉はとてもだだっ広い。たぶん200人ぐらいは入れるだろう。


これは『西の河原』のほとりにあった川だが、これは水ではない。流れているのは全て温泉だ。だから湯気が立ち込めている。
このように、草津温泉ではあらゆるところに温泉がある。


これも『西の河原』の園内の風景だが、見える液体は全て温泉だ。


温泉から上がり、お土産やらを購入し、屋台で適当に焼き鳥とか食べた。
Dが土産に日本酒を買うと言った。しかし、Dは運転手なので飲むことは出来ない。よって僕が試飲し、どれを買うかの指標にすることにした。僕が飲むことが出来る役得に対して憤慨していたDだった。でも、購入を決めた日本酒はとても美味かったので、僕もDもそれぞれ一本ずつ買うことにした。

2時間ほどかけて高崎に戻り、レンタカーを返却した。返却する前にガソリンを満タンまで入れたんだが、なんと15リットルしか減ってなかった。かかった費用はわずか2000円程度。これはDの見積もりの1/3だった。燃費の良い車だったのだろうか?よくわからない。

とにかく高崎に19時に戻ってきた僕らは、岐阜(過去、高山に行った帰りに寄った)や名古屋での教訓を生かして、真っ先に晩御飯を食べることにした。油断しているとまたもや食べる店がなくなってチェーン店しかなくなる、と言う事態になってしまうので、それは避けたい。
ちょうど、駅ビルの中に鳥料理を専門とする店があったので入った。
この店は群馬県のみに展開するチェーン店なのだが、非常に美味い。なんと言うか、こんな鳥料理は未だかつて食ったことがないってぐらいに美味かった。ここで出された鳥のカラアゲに比べたら、王将で出されるカラアゲなどただのジャンクフードだ。

腹も一杯になったところで、またもや夜行急行の時間まで待ち時間が発生した。
ので、駅前のカラオケで時間を潰すことにした。眠たくなったら寝ればいい、と言うスタンスで。
適当に数時間をカラオケで潰して、時間になったので駅に向かう。


深夜の高崎駅前。なんと言うか、名古屋よりも明るいかも知れない。いやマジで。僕とDの中で、名古屋株が急激に下がっていった。
駅のホームで待っている間は非常に寒かった。
午前1時に金沢行きの急行が来たので、乗り込み、疲れていたのですぐに寝た。


金沢に到着したのは午前6時だった。
駅の中2階にコーヒー・ショップがあったので、クロワッサンと一緒に購入。駅からは出ずに、すぐに福井行きの電車に乗った。
福井までは2時間ほどかかったので、その間本を読み音楽を聴き、寝た。



8時前に福井に着いた。
越前鉄道で一日フリー切符が800円で売られていたので購入した。終点の三国駅までの片道運賃が750円なので、往復するだけで十分に元を取れる。


長閑な風景が続く。天気は快晴。

芦原温泉駅からバスで20分ほど行くと東尋坊に着いた。
東尋坊は福井県屈指の名勝である。同時に、自殺の名所としても全国的に有名だ。
そこは切り立った崖で、和歌山の三段壁と似ている。
サスペンス劇場などのラストシーンで、崖から飛び降りるシーンにもよく使われるとか使われないとか。


中央の商店街を抜けると、日本海が見える。角度的に見えないが、すぐ目の前に東尋坊がある。


崖の下に止まっているのは、遊覧船。お金を出して載ることで、東尋坊付近をフェリーで回ることが出来る。


東尋坊はこのように、非常に険しく切り立った崖だ。
間違えて足を滑らすと、すぐに涅槃に旅立つことが出来る。悟りを開きたい人にはマジオヌヌメ。


僕は高所恐怖症だけどここまで頑張りました。
かなり怖かった。高さが半端ない。

帰りに商店街でイカの丸焼きを食べて、帰りのバスに乗って帰った。
余談だが、イカの目玉と言うのはとても性能が良く、人間に負けず劣らずの構造を有しているらしい。でもイカの目玉というのは気持ちが悪い。ギョロっとしていて。

午後1時半ごろ、敦賀に到着した。今は便利なことに、敦賀から大阪まで新快速で一本で帰ることが出来るのだ。
新快速が来るまで、敦賀で時間を潰すことにした。
町の中央にある商店街は人気が少なく、しかし道幅はとても広くて、歩道内には何故か童謡が流れいた。「もってけ!セーラー服」でも流せば集客力も大幅にアップするのに。


敦賀は、桃鉄では日本海周りで北海道に行くのに欠かせない重要な土地だが、現実世界では少し冴えない。
昆布が特産として有名で、また、銀河鉄道999の作者である松本零士の故郷としても有名だ。
だから、境港みたいに、道のあちこちに、銀河鉄道999のキャラの銅像が建っている。

時間になったので新快速に乗り、大阪へ帰ってきた。18時だった。
地下鉄で最寄り駅まで移動し、Dの住むマンションに置いてある自転車を取ってから、僕は自宅に帰った。

旅をするといつも、少ししんみりとした気分になる。言い方は悪いが、誰もいない土産物屋で客を待っている店主を見かけると、いつも「この人はもう何年もこうして同じ場所に座り客に物産を売っているのだろうか」と想像してしまう。僕はそういう想像をするたびに、頑張ろうと思う。誇れるほどのたいしたことはしなくとも、せめて、語れるほどの生き方をと。